第26話 戦利品 挿絵あり

「リ〜ン! 大丈夫〜⁈」


「くま〜」


「はーちゃん、クマ吉、うん。大丈夫だよ。あっ! そう言えばカオスドラゴンは⁈」



 コタロウの頭を撫でていたリンは手を止め、横たわるカオスドラゴンの様子をうかがう。


 巨大な身体はピクリともせず動かない。頭上のHPバーは灰色になっていた。首元に空いた傷口は、いまだハルカの放った火の属性弾とクマ吉のファイヤークローの炎で燃え上がり、体を内部から焼くことで美味しそうな匂いが漂っていた。



「はーちゃん……なんか、お昼に食べた焼肉みたいな、いい匂いがするね」


「ドラゴンの焼肉か~、どんな味か興味はあるけど、コレを食べたいとは思わないわ」



 ふたりは、高校入学祝いにお昼に食べた焼肉を思い出し、思わず苦笑いする。



「倒せたよね?」


「リン、ちょい待ち……」



 動かない狂える竜を見ながら、ハルカは視界に映るメニューを操作し、ステータスを確かめる。



 名前 ハルカ 

 職業 ガンナー LV15


 HP 270/270

 MP 50/50

 STR 45(+10)

 VIT 1

 AGI 80

 DEX 13(+15)

 INT 1

 LUK 1


 ステータスポイント残り 50


 所持スキル 銃打

       弾丸作成

       精密射撃

       チェインアタック

       跳弾射撃 NEW



「おお、レベルが5も上がってる。経験値ザックザク! 確実に倒せているわね。リンも見てみい」


「うん、……あっ、私もレベル上がってる」



 名前 リン

 職業 召喚士 LV15


 HP 125/125

 MP 160/160

 STR 1

 VIT 1(+240)

 AGI 1

 DEX 1

 INT 1

 LUK 121


 ステータスポイント残り 50


 所持スキル ペット召喚【犬】

       機獣召喚 【ファイヤーベアー】

       機獣変形

       機獣意思疎通 NEW



「やったあ! はーちゃん、これでレアクエストもクリアーだね♪」



 リンとハルカの二人は互いに手を上げ、ハイタッチして喜び合う。



「一時はどうなるかと思ったが、無事に倒せてなによりだ」


「クマ〜♪」


「コタロウとクマ吉も♪」



 リンとハルカは片手を上げると二匹も加わり、皆でハイタッチを交わし喜び合う。



「いや〜、それにしても、いくらレアクエストとはいえ、あんな高レベルでインチキ臭いモンスターが出てくるなんて夢にも思わなかったわ」


「やっぱりあれ、普通じゃなかったんだ」


「ええ、いくらなんでも、リアクティブアーマーに再生能力……それに鋼鉄ボディーであるコタロウの盾すら溶かすブレスなんて、反則級もいいとこよ」


「あのブレスには参った。とっさに盾で防いだが、ドロドロに溶かされて使い物にならなくなってしまった」


「くま〜」



 クマ吉もコタロウを助けるために盾となり、カオスドラゴンのブレスにより溶けた装甲を見せる。



「クマ吉、痛くないの?」


「くま〜♪」



『平気〜♪』とクマ吉はお腹を叩き、問題ないとアピールする。



「たまたま私たちには、コタロウやクマ吉がいたからなんとかなったけど、初見殺しまであるとは予想していなかった。どちらかがいなかったらと思うとゾッとするわ」


「はい! はーちゃん先生、初見殺しってなんですか?」



 右手を上げ、元気よく質問するリン……それを見たハルカは、いつもの老人に扮した先生モードに入り、アゴに手をやりひげはないのでエアー髭は撫でる。



「フォッフォッフォッ、よいじゃろう。教えてしんぜよう。初見殺しとは、ゲームにおいて、事前に情報を仕入れておかなければ、絶対に避けられない攻撃や罠のことなのじゃ」


「はじめてのことで、避けられないから初見殺し?」


「その通りじゃ。しかも大抵は、一撃で露骨にプレイヤーを殺しにくるから、タチが悪いのじゃよ」


「たしかに、あのブレス攻撃は私とクマ吉だから耐えられたのであって、普通なら即死だろう。あれはかなり熱かったからな」


「くま〜」



 コタロウとクマ吉は、互いにブレスを受けた時の熱さを思い出し、シミジミとしていた。



「鋼鉄ボディーを溶かすほどの熱量だったからの。もし、初見で私らが受けていたら、こんがり上手に焼けましたを通り越して、蒸発していたのう」


「あわわわ、コタロウとクマ吉がいなかったら、危なかったね」



「そうね。まあ何にせよ、無事に倒せたんだから、よしとしましょう。それにしても今回は苦労した割には、アイテムドロップはなしか〜。金欠だから、何かしらのレアアイテムドロップを期待していたけど残念ね」


「はーちゃん、貧乏って辛いね……」


「働けど働けど、我が暮らし楽にならずね。あっ、忘れていたわ。リン、アイテム欄をたしかめよう」


「そういえば、直接アイテム欄にもドロップするんだっけ? 見てみるね」



 リンは慣れた手つきでメニュー画面を操作し、アイテムが増えていないか確かめると――



「何も増えてないや。残念……」



――なにもドロップしておらず、リンはガックリする。



「はーちゃんは?」


「おお! ドロップしているわ。防具が一式」


「やったね! どんなの? 可愛い系?」


「待って待って、いま装備するから♪」



 ハルカは素早く手を動かし、アイテムを装備していく。いつも大人びた表情の多いハルカだったが、新しい服を着る時のテンションとその顔は年相応のものだった。


「ジャジャーン! どう? 似合ってる?」



 装備

 頭【タクティカルヘッドギア】

 体【タクティカルコート】

 右手【デザートイーグルA】

 左手【デザートイーグルB】

 足【タクティカルボトムス】

 装飾品【タクティカルクロス】【タクティカルブーツ】【空欄】【空欄】



「うわ〜、カッコいい、はーちゃん似合ってる!」



 白い縦縞のセーターに、青い短パンを履き、左右非対称の長さである白いニーソックスが長い脚を包み込む。

 手袋と靴は黒を基調としたものを身につけ、スラっとしたシルエットのコートを着込む。

 胸元で光る金色の十字架クロスがアクセントとなり、可愛いというよりもカッコいいをさらに強調していた。


 リンの褒め言葉に、ハルカはドヤ顔でポーズを決める。


「ふふ、ありがとうリン。タクティカルアーマーシリーズといって、ガンナー専用の装備みたい。シリーズ一式装備で、防刃・防弾・衝撃・魔法・全属性ダメージへの軽減効果があるみたいね」


「いいな〜、私も可愛い系の服とそんな耳が欲しい」


「へ? 耳? リン、耳ってなんのこと?」



 ハルカはリンの言葉に訝しむ。



「え? その頭についてる可愛い猫耳のことだけど?」


「猫耳⁈」



 ハルカは自分の頭に手を置き確かめると……そこには、三角のフサフサした感触があった。


 まさかと思いアイテム欄から、身だしなみチェック用に買っておいた手鏡を取り出し覗き込む。するとそこには、凛とした顔でカワイイ猫耳を生やした少女の姿が映りこんでいた。



「いやいやいやいやいや! ないから! これはないから! なんでタクティカルヘッドギアって名前なのに、猫耳なのよ! タクティカルって『戦術的な』て意味でしょうに! ようは装備者がストレスなく戦える装備を指すの! 猫耳のどこに戦術的な要素があるっていうのよ!」



 ハルカは顔を赤くしながら、猫耳……タクティカルヘッドギアを外してしまう。



「え〜、はーちゃん、外しちゃうの? 可愛くてカッコいいのに?」


「リン……私は猫耳を着けて戦えるほど、メンタルは強くないの! 装備ボーナスは惜しいけど、ヘッドギアは封印よ! このゲームの運営、狙ってやっているの⁈ レアクエストの件といいタチが悪い。あとで絶対、苦情メールを入れてやるわ!」



 ハルカはいそいそとヘッドギアをしまい込む。



「もったいないな〜、はーちゃんカワイイのに……あ〜あ、私も可愛い服が欲しい」


「そうね。金欠で防具や服はケチってたから、初期装備のままだしね。よし、レアクエストの報酬が入ったら、半分はリンの服と装備の購入に使いましょう。私はこの装備があるから、しばらく必要ないし……でも頭の装備だけは買わせてね」


「やった〜、じゃあ、服を買いに早く町に帰ろう。楽しみだな〜。あっ、そういえばレアクエストって、クリアーするといくら報酬がもらえるんだっけ?」



 自分の装備代に使える金額を確かめるため、リンはクエストメニューを開くのだが、そこでリンの表情は曇る。



「あれ? はーちゃん……こ、これ……⁈」


「え⁈」



 リンの震える声に何か嫌な予感を覚えたハルカは、リンの表示するクエストメニューを覗き込む。



◆【強制クエスト】継続中……

 レベル70

 初心者の洞窟に現れた混沌の竜を退治せよ!

 報酬 10万ゴル

 必要討伐数 1匹

 期限 あり

 発生条件

【機獣召喚】スキル所持者がパーティー内にいること


 発生条件を満たすと、強制的にクエストは開始される。

 プレイヤーはクエスト中、以下の制限を受けます。

 ・クエストのキャンセルは不可。

 ・ゲームを強制終了させた場合、クエストは失敗と判定されます。

 ・このクエストで召喚獣のHPがゼロになる、もしくはクエストに失敗した場合、召喚中の召喚獣データは消去され、以後は召喚できなくなる。



「これ……まだ、クエストが終わっていない⁈」



 と、ハルカが叫び、死んでいるはずのカオスドラゴンに顔を向けた時だった。突如、死んでいたはずのカオスドラゴンの全身が、赤く発光する。



「リン!」



 次の瞬間、カオスドラゴンの死体は大爆発を起こした。広間の中を余すことなく駆け抜ける爆炎と爆風……それにあわせて放たれたウロコが、辺り一面をズタズタに引き裂いていく。



「クマー!」



 リンは爆発に耐えようと身構えたとき、クマ吉がリンに向かって倒れ込み、ハルカを巻き込んで下敷きにする。



「クマ吉!」



 ガンガンとなにか固いもの同士が、激しくぶつかる嫌な音が断続的に鳴り響く。周囲の温度が急激に上がり、吸い込む空気の熱で肺が焼けるような感覚をリンは覚えた。時間にして十秒もたっていないであろう。しかしそんな短い時間で、広間の中は爆発とウロコによる攻撃で、いたる場所が傷つき焼けただれる。



「つう……リン、大丈夫?」


「う、うん。とっさにクマ吉が守ってくれたから、ありがとうクマ吉」



 クマ吉の下敷きにされ、九死に一生を得たリンとハルカ……。



「……」



 リンの声にいつもなら『クマ〜』と答えるクマ吉の返事がない。



「クマ吉?」



 なにかおかしい……リンがそう感じたとき、『ガン、ガン!』と何か、金属が硬いものにぶつかるような音が不意に聞こえてきた。



「リン、状況がわからない。まずはここから抜け出すわよ。ついて来て」


「う、うん」」



 嫌な予感を覚えたハルカは、わずかな隙間を見つけると、這いずり下敷きから抜け出していく。リンもそれに続き、やっとの思いでクマ吉の下から抜け出すと、先に這い出たハルカの横に立つ。


「はーちゃん、なにこれ? ゴホッ! ホコリが凄すぎだよ」



 ハルカの横で話掛けるリンが咳き込む。だが、いつもならすぐにリンを心配してくれるハルカの視線は、前を向いたままだった。


 普段と違う雰囲気に不安を感じたリンは、目を凝らしハルカが見ている方向を凝視する。粉塵のように細かな塵が辺り一面を覆いつくし、数メートル先の景色も見えない。だが、何かがいる気配だけは感じる。


 すると不意に洞窟の広間に風が吹き、辺りの粉塵を押し流していく。二人の視界は少しずつ晴れ、風が粉塵を完全に吹き流した時……リンの目の前に、凶々しい爪で体を貫かれ、カオスドラゴンの腕に力なく寄りかかる騎士コタロウの姿が現れた。



「グゥオオォォ!」



 勝利の雄叫びを上げるカオスドラゴン……リンはその光景を呆然と眺めるのであった。



……To be continued『リンと極限の世界』

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