第18話 リンと初めてのMPK その4 『新機能』

 ボールを咥えて立ち止まるコタロウに、鬼の形相を浮かべたモンスターたちが追いつき、せっかく開けた出口までの道を再び塞いでしまう。


 コタロウがこれでもかというくらい、モンスターの一団に袋叩きにされるが、鋼鉄の体にはまったくダメージが通らず、傷ひと付かない。もはやモンスターの集団など意に返さないコタロウは、口にしたボールを咥えたままブンブンと頭を振り、『獲ったよ〜♪』と自慢げにアピールしていた。



「リン、コタロウに煙玉を使わせて、しばらく動かないように命令して」


「うん。コタロウ! 『噛むバイト』、 そのあとは『お座り』だよ」



 リンの命令を耳にしたコタロウは、口にした白いボールならぬ煙玉を鋼鉄の口で噛み砕くと、白い煙が鋼鉄のボディーを覆い隠し、その姿が瞬時に消えてしまう。



「み、道が⁈ どうするの!」


「ま、マズイでござる。もうヒーラー佐藤のMPが!」


「もう【挑発】スキルを使うMPが……ヤバい、道を塞いだ奴らのタゲが僕たちに⁈」



 道を塞がれ、お代わりとばかりに連れてこられたモンスターのタゲが、コタロウからシュガー同盟の面へと移ったとき、MPが底を着いた四人にあらがすべはなかった。


 必死にモンスターの群れを突破しようと試みるが、ヒーラーのMPは尽き回復のヒールができなくなったため、タンクのHPは減りはじめる。必死にスカウトとアタッカーが再び道をこじ開けようとするが、取り囲むモンスターの壁が厚すぎて突破できない。もはやシュガー同盟四人の命は風前の灯火ともしびだった。



「クソッ、やられた。もう逃げられん。油断した、まさか同じMPK……同業者だったとは⁈」


「失礼ね。私たちを、あんた達と一緒にしないでちょうだい」



 モンスターの壁の向こうから、凛とした勇ましい声が聞こえてきた。四人の佐藤が声のした方へ顔を向けると……そこにはリンとハルカ、そしてクマ吉の姿があった。



「そ、そのモンスターは⁈ なんでレアモンスターがここにいるでこざるか⁈ そいつはたしかに倒されていたはずでござる!」



 姿隠しながら、リンたち一向を監視していたスカウト佐藤が、クマ吉を指差して声を荒げていた。



「ああ、別に私たちはレアクエストなんかはじめていなかったのよ。召喚獣をレアボスに見立てて、あんた達がMPKを仕掛けてくるか、確かめるためにひと芝居打ったのよ」


「クマ吉、名演技だったね。上手い、上手い♪」


「くま〜♪」



 リンに褒められご満悦なクマ吉が『エッヘン』と胸を張る。



「僕たちは、まんまとあなた達に騙されて、MPKを仕掛けてしまったわけですか?」


「そういうことね」


「クソ、お前ら何者だ? あまりにも手際が良すぎる。まさか初心者を装ったMPKギルドなのか⁈」


「人聞の悪いこと言わないでちょうだい。私たちは好きでMPKなんて仕掛けないわよ。降り掛かる火の粉を払っただけ。どう? MPKを仕掛けた自分たちが逆にMPKされる気持ちは?」



「ふざけるな! いいわけないだろう! 死んだら獲得経験値が失われるんだぞ!」


「この神気オンラインはレベル三十を超えてから、莫大な経験値を必要とするから、正直なところ死にたくないでござる」


「も、もうHPとMPが……ここまでです。一週間分の稼いだ経験値がロストは痛いですね」



 会話しながらもモンスターの攻撃は次々に繰り出され……HPがドンドン削られていく。MPも尽きたいま、回復はおろか包囲網を突破する余力も残されておらず、シュガー同盟の前には死の影がチラつき出していた。



「ね、ねえ、お願いだよ。僕……死にたくないんだ。僕たちが悪かったよ。謝るから助けてよ。お願い」


「拙者らが悪かったでござる。助けてほしいでござる」


「すみませんでした。もう二度とMPKなんかしないから、助けてください」


「くっ、わかった。すまなかった。MPKギルドシュガー同盟は今日で解散する……だから助けてくれ」



 モンスターと戦いながら謝罪をする四人……MPが尽きたヒーラ佐藤は、戦いで手一杯の三人に代わり頭を下げて助命を嘆願する。



「はーちゃん……なんか可哀想だし助けてあげても?」



 ハルカの横で話を聞いていたリンは、許してあげてと声に出すが……ハルカは口元をキュッと引き絞りキッパリと言い放つ。



「リン、いくらリンのお願いでもコレだけはダメ。自分がやられて嫌なことを他人にしておいて、いざ自分の番になったら許してくれ? ふざけないで! そんな都合のいい話あるわけないじゃない。それにこの人たちは心から反省なんてしていないわよ」


「え?」


「今までいろいろなゲームをしてきたから、わかるわ。この人たちは心から反省なんかしていない。自分が助かるためなら、他人がどうなろうと関係ない。どんな嘘でも平気で吐くタイプよ」


 いつもと雰囲気が違う声に、リンが心配して隣のハルカに顔を向けると……そこには、ゾッとするほど冷たい視線を放つ親友の姿があった。



「は、はーちゃん⁈」


「ほんと、コイツら見ていると昔の自分を思い出して、情けなくなるわ。だからリン……ここで許すわけにはいかないのよ」



 すると、さっきまで頭を下げていたヒーラー佐藤が、憎たらしい表情を浮かべながら顔を上げる。



「あ〜あ、大抵はこれでコロッと騙されて許してくれるのにな〜、残念」


「ちっ、騙されないのか!」


「ダメでござるか〜。上位ギルドにMPKを仕掛けて負けるとき、たまにこの手で許してもらえるのだが、騙されてくれなかったでござる」


「仕方ありませんね。今回は負けを認めて素直に全滅しましょう」


「今回は俺たちの負けだ。だがな、お前らの顔と名前は覚えたからな。ダンジョンやフィールドでお前たちを見かける度にMPKで嫌がらせしてやるから覚悟しとけよ。それだけじゃない。リアルでもお前らを探し出して、嫌がらせしてやるよ!」



 四人の佐藤が悪びれた様子もなく、太々ふてぶてしい態度で、リンとハルカに答える。



「ね! 言った通りでしょう? 反省なんてする玉なら、MPKギルドなんてやっているわけないのよ。だから徹底的にやらないとね♪」


「はーちゃん、やり過ぎたらダメだよ? 約束!」



 リンが片手の小指を立ててハルカの胸の前に出すと、ハルカもまた小指を出して二人で指切りをする。



「リン、分かっているってば、約束!」


「うん、約束! えっへっへっ」


「ああ、リン……なんて天使な笑顔!」



 ハルカが思わずリンを抱きしめて至福のときを堪能する。本日二回目のリン成分補充にハルカはホクホク顔になる。



「さて、リン成分補充はこのくらいにして、この人たちをどうするか考えないと……私たちを付け狙うと宣言までされた以上、このまま放っておくのも面倒ね。ん〜」



 腕を組み、目を閉じたハルカ……ふいに何かを閃くと手をポンと叩き声を上げる。



「そうね、この人たちが今後、他のプレイヤーにMPKを仕掛けたら……ネットに今日のことをバラ撒きましょう」


「え、ば、バラ撒くって、はーちゃん何を……」


「ふっふ〜、初心者の洞窟で、私たちにMPKをしたあげく、やられたことをネットでバラ撒くのよ。MPKギルドが、初心者に逆MPKさられたなんて知れ渡ったら……いい笑い者だわ。間違いなく一生涯、他のプレイヤー達に馬鹿にされ続けるでしょうね♪」


「なっ! 俺たちを脅すつもりか⁈」



 ハルカの発言に、アタッカー佐藤が懸命にモンスターへと大剣を振るいながらハルカを見ると、そこには……黒い笑顔を浮かべた少女の姿があった。



「脅すなんて人聞きの悪い……真実を述べているだけよ、ストーカーさん」


「えっ? はーちゃん、この人たちストーカーさんなの?」


「さっきリアルで、私たちを探し出して嫌がらせしてやるって、いっていたでしょう? 二十年前ならいざ知らず、いまやネットでストーカー予告しただけで捕まる時代よ? ゲームの中とはいえ、訴えれば何かしらの社会的制裁は受けるでしょうね♪」


「ふざけんな! アレは言葉のアヤだよ、言葉のアヤ! それにゲームの中での話だ。そんな話しても誰もまともに聞くもんか!」


「そうですね。それにたとえ訴えたとしても証拠がありませんよ」


「でござるな。この神気オンラインは始まって日が浅く、写真や動画データーの保存機能は実装されていないでござるからな。証拠がなければ誰も信じないでござる」


「はっはっ、ない知恵を絞ったのに残念だったね!」



 悪意ある感情を言葉にする四人の佐藤……それを見たハルカが口を開こうとしたとき――



「わう?」



――『証拠?』と言いたげた声で、煙玉の効果で姿を消して、お座り待機していたコタロウが吠える。


 ノソリと足を踏み出したコタロウが姿を表すと、コタロウがリンとハルカの足元へと駆け出してお座りする。



「あっ、コタロウ? どうしたの?」


「わん、わん!」



 コタロウがリンに『見て、見て〜!』と吠えると……いきなりコタロウの胸部装甲が左右にスライドし、内部からスピーカーがり出してきた!



「え? こ、コタロウ⁈」



 突然のことに驚くリン……するとコタロウの目が眩い光を発すると、カメラレンズから、指向性の光が発せられ、空中に映像が投影される。そこにはリンとハルカ……そしてシュガー同盟の面々が映し出されていた。



『今回は俺たちの負けだ。だがな、お前らの顔と名前は覚えたからな。ダンジョンやフィールドでお前たちを見かける度にMPKで嫌がらせしてやるから覚悟しとけよ。それだけじゃない。リアルでもお前らを探し出して、嫌がらせしてやるよ!』



 コタロウのスピーカーから、アタッカー佐藤の声が大音量で流される。



「えと、はーちゃん……これって……」


「うん……分かっているよ……リン……」


「やっばりそうだよね……コタロウ……これクマ吉が映っていないよ〜」


「クマー!」


「いやいやいやいやいや! 待ってリン! そういうことじゃないから! ここはコタロウが、プロジェクター見たいな機能を唐突に披露されて、それにツッコミを入れるところだから! クマ吉が映っていないとか話す場面じゃないから! そもそもクマ吉が二足歩行している時点で、背が高すぎて、画面から見切れて映るわけないからね!」


「そっか〜、クマ吉……残念だったね。次は一緒に映ろうね」


「クマ〜」



 意気消沈していた召喚獣をリンがそっと慰め、『次こそは映る!』と新たなる思いを胸にクマ吉が立ちなおる。その一幕を見ていたハルカは、苦笑しながら視線を移し、驚愕の表情を浮かべている四人の佐藤たちを冷ややかな目で見る。




「なっ! これはまさか俺たちの会話か⁈」


「まさか録画機能が実装されていたでござるか⁈」


「まずいですよ。こんな証拠があったら……」


「ぼ、僕は関係ないよ! 捕まるならアタッカー佐藤だけだよね? ね?」


「なっ、ヒーラ佐藤、裏切るつもりか!」


「いや僕らは関係ないですよ。捕まるならアタッカー佐藤だけですから」


「でござるな」


「てめーら!」



 互いに罵り合うシュガー同盟の四人……もはや連携もへったくれもなく、モンスターたちに袋叩きにされ、ドンドンHPが減っていく。




「それにしてもコタロウすご〜い! えらい、えらい♪」


「ワン!」



 映像が止まり、スピーカーを体内に収納したコタロウが、『褒めて褒めて〜』とリンの周りを駆け回る。



「うん、私もだいぶコタロウに毒されてきたかな……もう大抵のことじゃ驚かなくなっているわ。これを悲しむべきか喜ぶべきか……判断に迷うところね。とりあえずコタロウは録画機能とプロジェクター、それにスピーカーを完備っと……うん! 慣れてくると十徳ナイフみたいで便利だわ!」


「だね、はーちゃん。冷蔵庫とか電子レンジ機能がつくと便利そうだね」


「リン、一応ファンタジーゲームだからねコレ……せめてロボット掃除機のルンパくらいにしときなさい」


「それも便利そうだね、えへへ♪」


「わん♪」


「くま〜♪」


「テメエら罪を俺になすりつける気か!」


 和気あいあいと笑い合う二人と二匹……そんなリン達の耳に、タンク佐藤の荒げた声が聞こえてきた。



「僕は今回のMPKは乗り気じゃなかったんだ! だから僕は関係ないからな! ギルドシュガー同盟は抜けます。では」


「僕は別にリアルにまで手を出そうなんて考えていないからね。ギルドは辞めるよ。訴えるならアタッカー佐藤だけにしてね。じゃ!」


「拙者は元々、アタッカー佐藤のやり方に反対していたでござる。いい機会なのでギルドを抜けるでござる。さらばでござる」



 三人の佐藤は、もはやモンスターと戦いもせず、ただ突っ立ったまま。攻撃を受け続けていた。HPがゼロに達すると……そのまま抵抗することなく地面に倒れ伏してしまう。横たわった死体は、いくつかのドロップアイテムを地面にまき散らすと、すぐにその姿を消してしまう。



「クソが! 俺にすべての罪を擦りつけて逃げやがった」



 残されたアタッカー佐藤が悪態を吐いてモンスターに袋叩きにされる。見るみる内にHPは下がっていく。しかし仲間にも見捨てられた佐藤には……もう、どうでもよかった。


「いや、別に擦りつけてはいないでしょう? 自分で言ったことなんだし……仲間にも見捨てられて哀れね。で? ストーカーさんはどうするの? このまま、あの映像を持って警察に行ってもいいのよ?」


「……わかった。どの道、もうギルドシュガー同盟は今日で解散だ。もうMPKはしねーよ。これでいいだろう? じゃあな」



 仲間にも裏切られ、ひとりになってしまったアタッカー佐藤が、寂しそうにリンとハルカに謝罪をいれると、自暴自棄になり大剣を地面に投げ捨てる。それを見たリンは……。



「あのMPKさん、人に迷惑を掛けるのはいけないけど、普通にゲームで遊ぶのは問題ないから……だからまた一緒に遊ぼう」


「……お前なにいっているんだ? 俺と遊ぶ? バカじゃねーの?」


「ん〜、だってMPKさんはロールプレイングをしていたんでしょ? なら、次は別の役を演じればいいんだよ。だからまた一緒に遊ぼう」


「……」


「MPKを仕掛けて来た相手と遊ぼうって……はあ〜、仕方ないな。リンがそういうなら、今回のことは水に流してあげるわ。警察にも行かないわよ。リンに感謝しなさい」


「ワン♪」


「くま〜♪」



「変な奴らだな……調子が狂うぜ。へっ、じゃあ、またな」



 その一言を残して、アタッカー佐藤がついにHPを全損させて、地面に倒れるとアイテムをドロップしてその姿が消えてしまった。



「……今度は一緒に楽しく遊べるといいな」


「リン……なんて天使! 尊い! 尊いわ!」



 リンに思わず抱きつきハルカと、その周りを二匹もはしゃぎはがら走り回る。



「や〜、はーちゃん抱きつかないで〜、あっ! そういえば、はーちゃん」


「ん? どしたのリン?」


「うん。MPKさん達が居なくなったけど……このあとはどうするの?」


「このあと……?」


「わう?」


「くま〜?」



 リンが指差す方を見るハルカと二匹の目に……ターゲットを失い、次々とリンたちにロックオンするモンスタの群れの姿が見えた!



「みんな……ふぉ、フォーメーションRよ!」



 ハルカのその言葉と共に、モンスター達が一斉にリンたちに襲い掛かって来るのであった!



 …… To be continued 『掃討戦』

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