第16話 リンと初めてのMPK その2 『作戦会議』

「さて、それでは諸君! 作戦会議を始めるわよ」


「お〜!」


「わん」


「くま〜」



 初心者の洞窟の中で、二人のプレイヤーと二匹の召喚獣が、そんな声を上げて何か相談を始めていた。



「とりあえず現状を整理すると、私たちの後を誰かが一定の距離を保ちつつ付け回しています」


「はーちゃん、なんでそんなこと分かるの?」


「ん〜、私たちがダンジョンの道を曲がるたびに、私たちを急ぎ追うプレイヤーがいるのよ。次の別れ道を曲がったら、立ち止まって後ろを見てみなさい。できるだけソッとよ。私たちが尾行に気付いたことを相手に知られたくないからね」


「うん!」



 リンが元気に返事しながら角を曲がり、ソット道を覗くと――


「あっ、本当だ! いま誰か道を曲がろうとしてたのに道を引き返して隠れた人がいるよ」


「いやいやいやいやいや! リン、確かにソッと頭を出したけど、思いっきり道の角から顔を全部出して見ないで! あとコタロウとクマ吉に至っては、後ろを振り向いてガン見しているだけだから! それはソッと見るとは言わないからね!」



――大きな声でハルカのツッコミが入った!



「しー! はーちゃん! 声が大きいよ。尾行さんにバレちゃう」


「ええ! ここ、私が怒られる場面なの⁈」


「わん、わん」


「くま〜」



 リンが人差し指を鼻の前に立て『シー』と、静かにとジェスチャーでハルカに注意を促すと、二匹もまた『そうだ』と言わんばかりにうなずいていた。



「なんだかな〜、でも……リンの『シー』ポーズ、可愛い!」



 ツッコミを注意され、なんだかやるせない気持ちになるハルカだったが……リンの可愛い仕草を見た瞬間そんな気持ちは霧散していた。『パシャ!』と、心のカメラでシャッターを切るハルカ……脳裏にある『リンLOVE写真集』にリンの姿を保存すると、ホクホクな笑顔でリンに抱きついていた。



「や〜、はーちゃん抱きつかないで、尾行さんにバレちゃうよ〜」


「ふ〜、今日も無事にリン成分を補充できたわ。って、とりあえずこの先に開けた広場があるはずだから、そこまで行きましょう。視界が開けているから広場のど真ん中にいれば、何か仕掛けてきてもすぐに分かるし、みんな行くわよ」


「はーい」


「わう」


「くまー」



 テクテクとハルカを先頭に歩き出す二人と二匹……それほど時間を掛かず、広場へと到着する。


 そこは大きな広場だった。洞窟の天井に光苔がビッシリと生え、広間の中を隅々まで照らし出している。直径五十メートルを超える空間には、コボルトを始め見たことがないモンスターの姿が散見され、一定の距離をウロチョロと徘徊する姿が見えていた。



「あわわ、はーちゃん、モンスターがいっぱいいるよ?」


「あ〜、ダイジョブ、ダイジョブ♪ このゲームのモンスターは、こちらから手を出したり、大きな音を立てない限り、一定距離にいるプレイヤーにしか攻撃を仕掛けてこないのよ。相手の動きを読んで歩けば、戦闘はある程度回避できるわ。私の後をついて来て」



 するとハルカがモンスターがいる広間の中へ、ズンズン歩いて行く。



「待って、はーちゃん〜」



 リンと二匹がそれに続く……途中立ち止まり、モンスターが前方を通り抜けるのを待ったり、早足で走り抜けたりもしたが、無事にモンスターと戦うことなく広間の中央へと一行は到着した。



「はへ〜、本当に一度も戦わずに着いちゃった」


「これだけ開けた空間と明るさがあればね。この中心部分は、あまりモンスターが湧かないみたいだから、周りのモンスターの動きを注意していれば問題ないわ。広場の出入り口は二箇所あるから、もし他のプレイヤーが広間に入ればすぐに分かるし、いざとなったら反対の出入り口から逃げればいいからね」


「あっちの出入り口は?」


「この初心者の洞窟は、グルッと中でつながっていて行き止まりがないのよ。袋小路がないから追い詰められる心配はないわ」


「はーちゃん、このゲーム私と一緒で初めてだよの? なんでそんなこと知っているの?」


「ああ、そりゃ攻略サイトである程度の知識と情報は仕入れているわ。初心者のダンジョンの構造も頭に叩き込んであるからね」


「さすがはーちゃん!」


「フッフッフッ!」



 リンに褒められて、ご満悦なゲーマーハルカが腰に手を当て胸を張る。



「さて、それじゃ、あの後ろから付いてくる誰かをどうするか決めましょう」


「はーい!」


「わん!」


「クマー」


 

 モンスターが闊歩かっぽする部屋のど真ん中で、和気あいあいと話し始める二人と二匹……はたから見ると、ちょっと異常な光景がそこにあった。



「とりあえず、私たちを尾行しているのは確定ね。さっきから入口付近をウロチョロしてる奴の姿が見えるし……あっ! リン右からコボルトよ」


「うん! コタロウお願い」


「ワン!」



 するとリンの足元でお座りしていたコタロウが、スクっと立ち上がりリンに近づいてくるモンスターに吠えると……コボルトが、ついに長年探し求めた憎い仇を見つけたと言わんばかりに、猛烈もうれつな勢いでコタロウに襲い掛かって来た!



「グゥゥゥッ!」



 コボルトがコタロウの頭に喰らいつき、カジカジと歯を立てて噛み砕こうとするがコタロウは意に介さず平然と噛じられていた。コタロウの頭に喰らいつき離さないコボルトを鬱陶しく感じたコタロウが、前足を振り上げ鋼鉄の肉球を叩き込もうとしたとき、ハルカがそれを止めた。



「リン、それを倒しちゃうとまたリポップ再出現して面倒だから、しばらくキープして」


「分かった〜、コタロウはそのまま『お座り』だよ? いい?」


「わん♪」



 するとコボルトにかじられているのを無視して、コタロウはお座りして待機モードに入る。コボルトは相変わらず頭に喰らい付いたままだった。



「でもはーちゃん、あそこにいる人……本当に私たちのレアクエストのアイテムを横取りしようとしているのかな?」


「まあ十中八九、MPKからのレアアイテム狙いでしょうね。このゲームはイベントか決闘デュエルシステムで対人戦を申請しないと、プレイヤーに攻撃できないし…… って、コタロウは相変わらず親の敵みたいに噛み付かれてるわね」


「でも、もしあの人がMPKって人じゃなかったら、大変だよ? あっ! コタロウ血が……大丈夫?」


「ワン♪」



『問題ないよ〜』と言いたげな声でコタロウが返事をする。



「じゃあ、戦う前に確認はしよっか? MPKを相手が認めたら容赦なくっちゃいましょう。リン、あの血はコタロウのじゃないわ。ロボットだから血なんて流れるわけないじゃない」


「あっ、本当だ、コタロウ良かった〜、でも痛くないのかな?」


「わん」



 よく見れば、それはコタロウの血などではなく噛みついたコボルトの口から垂れ流れるものだった。



「リン、コタロウを心配するだけ無駄よ。HPバーは一ミリも減ってないし……あの鋼鉄ボディーがダメージを負う姿なんか想像もできないわ」


「わん♪」



 平気、平気と尻尾をブンブン振りながら、元気に吠えるコタロウ……その尻尾に反応して離れた場所にいた別のコボルトが、一斉に走り出し噛み付いた!



「コタロウ、人気者だね〜」


「いやいや、リン、これを人気者とは呼ばないわよ……」


「わう〜」



 平然とお座りするコタロウの鋼鉄ボディーに、三匹のコボルトがこれでもかと力いっぱい噛み付き、みな口から血を垂れ流していた。



「えへへ、でも……これ何匹くらい引きつけるられるのかな?」


「ん〜、そう言えば? ……よし、試してみましょう。リン、ちょっとコタロウに、そこらを散歩してくるように命令してみて」


「ええ⁈ コタロウ大丈夫かな?」


「まあ、初心者の洞窟に出るモンスター程度じゃ、傷一つ付かないから問題ないわ」


「そっか〜、じゃあコタロウ、ちょっと『お散歩』!」


「わん♪」


 リンの命令に、コタロウがブルブルと体を震わせて体にみつくコボルトたちを振り落とすと、リンのハルカを置いて広場の中を走り出した。



「くま〜」



 すると『待って〜』と言わんばかりに、クマ吉がコタロウの後を追いかけて行った。



「二人共〜、あんまり遠くにいっちゃダメだからね〜」


「わん」


「くま〜」 


「ワオーン!」


 コタロウとクマ吉が軽快に走り出すと、その後を追って振り落とされたコボルト達が……『ようやく会えた親の仇ぃぃぃぃ!』と、必死の形相で口から血を撒き散らしながら追いかけて行く。



「それじゃ、私たちはコタロウとクマ吉が帰って来るまでに、これからどうするか考えるとしますか」


「だね、はーちゃん」


「まずは私たちの後を追ってきている人が、MPKなのかのどうかを事前に確認するまではいいとして、問題はどうやってそれを確かめるかなのよね」


「う〜ん。やっぱり普通に『MPKさんですか?』って聞いても答えてくれないよね」


「まあ、MPKはハラスメント迷惑行為だから、やる側にそう聞いたとこで、とぼけるだけでしょうね」


「ん〜、でもなんでそんなことするのかな? みんな仲良く遊べばいいのに……」



 リンが不思議そうな顔で、首を傾げながら悲しそうな表情を浮かべていた。それを見たハルカは、憂いたリンのレアな表情を心の中にある『リンLOVEアルバム』にバッチリと収める。



「ああいう手合いは、相手が慌てふためいたり、怒って突っかかってくるのを見て楽しんでいるのよ。それに今回は私たちが受けているレアクエストを狙ってのことでしょうね……」


 

 するとリンが閃いたと言わんばかりに手をポンと叩き満遍の笑みを浮かべ、それをハルカがパシュパシャと心のシャッターを連写してアルバムに加えていく。



「そうだ! あの人たちの目的がレアクエストなら、私たちとパーティーを組んで一緒にやればいいんじゃないかな? そしたらみんなで楽しめるよ?」


「まず無理でしょうね。あの手の奴らは、『みんな一緒に』てのが嫌だからMPKなんてセコイ真似しているのよ。だから残念だけど、リンの提案を受け入れてはくれないでしょうね」


「そっか〜」


「それに……プレイヤーが他のプレイヤーを害するのは良いとは言えないけど、逆に駄目とも言えないのよね」


「え? どうして?」


「だって、私たちはMMORPGをやっているのよ? RPGはロールプレイングゲームの略称で、与えられた役を演じるって意味があるわ。私たちはシステムの仕様範囲内なら何をしても許される世界で遊んでいるの……だから、PKやMPKがハラスメント行為だとしても否定はできないのよ。その行為もまたRPG、役割を演じているってことだからね」


「ん〜? つまりMPKさんたちも、ゲームをただ遊んで楽しんでいるってこと?」


「まあ、言い得て妙な答えね。他のプレイヤーを害する行為は褒められたことじゃないけど、ゲームを楽しむことは全てのプレイヤーに与えられた権利だから否定はしないわ」


「そうだね。やり方は違うけど、MPKさん達もゲームで楽しみたいもんね」


「問題はその楽しみ方が、迷惑行為ってとこだけど……」


「はーちゃん……MPKさん達とお話して仲良くできないのかな?」


「え〜、めてといって止める奴らなら、MPKなんてしないだろうし……話し合いは難しいかな? この手の奴らは自分たちがやっていることが、他人には迷惑だって気付いてないのよね。自分の行為が正しいんだって考える手合いだからタチが悪いのよ」


「ん〜、MPKはみんなが迷惑するから、やっちゃダメだよって教えてあげたらどうかな?」


「いくら言っても寝耳に水でしょうね……そもそもMPKされた側の気持ちなんて考えていないから、止めるなんて選択肢は多分ないわ」


「う〜ん……難しいな〜」



 リンが片肘を持ち、空いた手を頬に当てながら首を傾げ悩み出す。その姿を見たハルカは……当然、心のシャッターを連写していた!



「わう〜ん」 


「くま〜」



 するとリンとハルカの背後から、お散歩に出ていた二匹の声が聞こえてきた。



「あっ! お散歩が終わったのかな? お帰りコタロウ……相変わらず大人気だね♪」


「いやいやいやいやいやいや! リン、あれは違う意味で大人気だからね! てか、いくら何でも釣れすぎでしょ! お正月恒例の福男選びじゃあるまいし! クマ吉に至っては、追走しながらコタロウをスマホのカメラで激写してるし! あんた熊でしょ! ナチュラルに二足歩行で走りながら撮らないでよ!」


「あ〜、本当だ。クマ吉、走りスマホは危ないよ〜」


「リン! 私が言いたいのは、そういうことじゃないの!」



 振り向いた二人の目に……三十匹を超えるコボルトを引き連れて走るコタロウの姿が映っていた。コボルト達はみな殺気をみなぎらせ、コタロウの後ろを追走する。それはまるで商売繁盛の神様である、『えべっさん』の総本社として知られる西宮神社で毎年開催される『福男選び』の様相を醸し出していた。


『アイツをるのは俺だ!』と、言わんばかりに必死の形相で棍棒を振りかざしコボルトの集団が爆走する。その先頭を棍棒で殴られながらも、平然と走るコタロウとクマ型スマホで激写するクマ吉の二匹……異様な光景がそこにはあった。


 そして二匹がリンとハルカの前にまでやってくると、お座りからの待機モードに入る。するとようやくコタロウに追いついたコボルト達は……砂糖に群がるアリのように、コタロウを取り囲み棍棒をガンガン叩きつけてきた。硬いものをぶっ叩く音が広場に響き渡っていく。


 順番にコタロウを殴り続けるコボルト達……お正月の餅つき大会のように一心不乱に棍棒でぶっ叩き続けていた。



「コ、コタロウ大丈夫?」


「わう〜ん」



 コタロウは「問題ないよ〜」というように答えると、殴られながら涼しい顔でゴロゴロしていた。



「リン、もう心配するだけ無駄よ。このレベルの敵じゃ、もうダメージが入らないのは実証済みだしね。しかしこれは……今はまだ低レベルだからいいけど、高レベルモンスターを相手にする時は気をつけないといけないわね」


「え? はーちゃんどうして?」


「いくらコタロウの防御力が高くても、高レベルな敵相手に無傷とはいかないだろうし……敵を集めすぎて殲滅できなかったら、大変なことになるわ」


「そっか、私たちが倒されたら残ったモンスターが他のプレイヤーに襲い掛かっちゃうから……気をつけないと私たちもMPKさんになっちゃうね」



「だね。近くに他のプレイヤーがいる状態で、コタロウが死んだり、召喚を解除なんてしたら……ちょっとしたMPKに……」



 何かを言いかけたハルカが途中で口を閉ざし考え込む……急に話を止め、考え込み始めた親友を見て、どうしたのかとリンが心配して顔を覗き込むと――



「……リン、それよ!」



――急に何かを閃いたハルカが、リンの体を抱き締めてバグしていた。



「は、はーちゃん、く、苦しいよ〜」


「ウフフフ、さすがはリン! そうよ、私たちも役割を演じればいいのよ」


「え、演じる?」


「そう! 演じるの、MPKの役をね♪」



 ウィンクして答えるハルカと、訳が分からずハテナマークを頭上に浮かべるリン、そして餅つきならぬコタロウ突き会場では、コボルトに棍棒で殴られながらも欠伸あくびするコタロウと、プロカメラマン顔負けのポーズを決めながら激写するクマ吉……はたから見たら奇妙な光景がそこに広がっていた。



「目には目を、歯に歯を、MPKには……MPKよ!」


「ん〜?」


「わん?」


「くま〜?」



 MPKギルド『シュガー同盟』の四人に……悪夢が舞い降りようとしていた。


 …… to be continued 『悪夢の始まり』

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