第5話 親友と硝煙の香り
通常、プレイヤーが他のプレイヤーを殺した場合、PKキャラとして登録されてしまい、町に入れないなどのペナルティーが発生する。しかし決闘を用いた対人戦の場合、ペナルティーは発生しない。
また、街中での戦闘行為はご法度だが、決闘に限り街中でも戦える。
決闘はレベルを設定することで、ペナルティーの調整も可能。
レベルは1から5まであり、決闘を申し込む側が、任意に決められる。最高レベルになると装備品の強制ドロップによるアイテムの消失や、痛覚レベル上昇に伴うリアルな痛みを味わえる。
痛覚レベルと装備アイテムのロスト、自由度が高い神器オンラインで、人気を呼び込む要因のひとつが、この決闘システムだった。
緩いVRMMOに満足できない、廃プレイヤーのために用意された、上級者向けの対人システムは玄人に好評である。
痛みを感じるリアルさ、愛用の装備を失う怖さ、常に緊張を強いられるシステムに廃プレイヤーはのめり込んだ。
しかし、一部の心ないプレイヤーが決闘を悪用し、トラブルを起こすことも少なからず起こる。
なにも知らないプレイヤーを、言葉巧みに決闘に引きづり込み、プレイヤーを恥ずかしめ、その様子を喜ぶ素行の悪いプレイヤー達を問題視する声も上がっていた。
神器オンラインは、プレオープンから一年が経とうとしており、多くのプレイヤーからシステム改変の声は上がっている。だが、いまだ改善の兆しは見えない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「言っておくけど、卑怯とか言わないでよ? 止めてと言っても止めないわよ?」
「ああ?」
「あん?」
【2……1……決闘開始】
ハルカの問いに気を取られ、攻撃のタイミングをずらされたチャラい男たち……一呼吸遅れ、それぞれの武器を手に走り出す。
ハルカと男達の距離は十m、槍と剣、中距離と近距離で威力を発揮する武器である以上、攻撃を当てる為に近づくのは至極当然のことだった。
槍チャラ男を前に、チャラ剣男が後に続く。
二対一の圧倒的優位性に、男たちの顔は勝利を確信していた。
相手の武器はわからないが、少なくとも遠距離攻撃はしてこないと、チャラ男たちは判断したからだった。
弓系の武器なら矢をつがえる動作が必要になるし、魔法系なら発動させる魔法のワードを組み合わせなければならない。この距離なら詠唱している間に近づき、先に攻撃するのもたやすい。
投げナイフなどの投擲武器も存在はするが、射程が短い上、威力は低い。投げ斧のように、武器が大きければ大きいほど威力は上がる……しかし、攻撃のモーションは大きくなり射程はさらに短くなる。
決闘において大事なのは、いかにして相手よりも遠距離から先に攻撃を当てるかである。中距離において威力を発揮する槍は、弓や魔法などの遠距離攻撃に比べ攻撃距離では負けるが、攻撃スピードに勝る。
構え・狙い・打つ、最低でも三つの
そしてさらに二対一の人数による優位性が、チャラ男たちの勝利を揺るぎないものにしていた。
仮にハルカが、なんらかの中距離武器を持っていたにせよ、槍チャラ男が攻撃の牽制と防御に回り、その隙にチャラ剣男がトドメを打つ。
幾度となく行ってきた必勝のパターン。
これでまた泣き叫ぶ少女の声と顔が見られると、ヌジ曲がった性癖の槍チャラ男は顔を醜く歪ませ、牽制の槍を突き出す。
チャラ剣男も、少女のリアルに近い下着姿が拝めると、下卑た目で少女に狙いを定め近づいていく。揺るぎない勝利を確信するチャラ男たち……だが、ふたりは気付いていない。
タイミングをずらされた時、ハルカが後ろ腰に差した武器を引き抜いていたことに……流れるような流麗な動きで引き抜かれたモノを見て、チャラ男たちの目はテンになる。
少女の手握られた鈍く光る重厚な鉄の塊……それは史上最強のハンドガンとして名高い、『デザートイーグル』が握られていたからであった。
せいぜい殺傷能力が低い、投げナイフくらいしか考えていなかったチャラ男たちは、想定外の武器を見て思考が一瞬止まる。
その隙を見逃さず両手に一丁ずつ、デザートイーグルをもつハルカは、躊躇なくトリガーを引いた。
少女が手にするには不釣り合いな二丁のハンドガン……オートマグナムの世界において最強とまで言わしめた傑作。
大型の猛獣をも一撃で
直径12.7mmの大口径
銃のスライドと呼ばれる上部カバーが後ろに動き、エジェクターから用済みとなった空の薬莢が硝煙と共に吐き出される。
秒速460m/sで打ち出された音速の弾丸は、音すらも置き去りにして、チャラ男たちの肩を撃ち抜いた。
肩が粉砕され、当たった反動で二人は後ろに吹き飛ばされる。
リアル志向の神器オンラインは、流血機能も実装されており、怪我をすれば血も流れ出る。
あまりにも血の表現がリアルすぎるため、プレイヤーからクレームを入れられるほどであった。
傷口の表現もリアル過ぎた。気が弱いプレイヤーが傷口を見れば、卒倒して気絶する人が出るほどのリアルさなのである。
「いってえぇっ!」
「肩が、肩がああぁぁぁぁっ!」
肩を粉砕されたチャラ男たちは、痛みで地面をのたうち回り、悲鳴を上げていた。その光景を見て、野次馬たちは唖然とする。
痛覚レベルMAXのため、受けたダメージに比例した電気信号を、『ウィッド』は脳に送りつける。
ゲームゆえに痛みは現実と比べ、マイルドになっており、耐えられない痛みではないのだが……ハルカに撃たれたチャラ男たちは、かなりの痛みを感じていた。
しばらくの間、痛みで地面をのたうつハメになる。やがて……時間と共に、痛みが引いた二人は、怒りをみなぎらせながら立ち上がる。
「ひ、卑怯だぞ、銃なんて!」
「そうだ。そんな武器チートだろう!」
「別にチートじゃないわよ。ガンナーの武器といえば、銃なんだから当然でしょ?」
再び両手のデザートイーグルから、弾丸が撃ち出され、今度は二人の足に撃ち込まれた。
「ぎゃあああああああ」
「イデェェェェ」
再び地面に倒れ込み、痛みに絶叫するチャラい二人へ、ハルカは容赦なく弾丸を撃ち込み続ける。
「や、やめてくれぇぇ!」
「銃なんてファンタジーゲームなのに汚いぞ! や、やめろぉぉぉ!」
「言ったでしょう? 『卑怯とか言わないでよ』『やめてと言ってもやめないわよ』って」
今度は両手にそれぞれ一発ずつ、淡々と弾丸を撃ち込むハルカの口元は、邪悪に微笑んでいた。
ハルカは、のたうちまわるチャラ男たちに近づくと、情け容赦なしに銃のトリガーを引き、合音を鳴り響かせる。
「な、なんだあの武器、銃なんて存在するのか?」
「ガンナーなんて職業、聞いたことないぞ?」
「まさか隠し職? あのチュートリアルのランダムセレクトで引き当てたのか」
「ランダムセレクトで、レア職業を当てた奴なんて皆無だろ。スゲー!」
「俺なんか毎日何十回、三ヶ月もチュートリアルを繰り返しても、レアジョブが当たらなかったな。何回外れの召喚士を引いたか……羨ましい」
「しかも、あのチュートリアルのマッドラビットを倒したっていったよな?」
「ああ、言っていたな。ステータス分配前、オールステータス1の状態で、アレをどうやって倒したんだよ」
「マッドラビットって、簡単な戦闘方法を教えてくれるイベントで、倒せないんじゃ?」
「たしか、トッププレイヤーの『剣帝』のもつ武器も、マットラビットからのドロップだって、ネットの書き込みを見たことあるな」
「すると、あの銃も?」
周りの野次馬は、ハルカの職と手にもつ銃について、騒ぎはじめた。
「は、はーちゃん、やっぱり、やっちゃったよ。どうしよう……」
リンは情け無用の仕打ちと、悪い笑みを見て、アワアワしていた。
ハルカは普段からリンと行動を共にする機会の多いのだが、リンに危害が及ぶとなると性格が豹変する。
大事な親友に敵対する者を、蚊を叩き殺す要領で冷徹に処分する親友、それがハルカだった。
「はーちゃん、ストップ、ストップ! やり過ぎだよ」
「え〜、こういうチャラい奴らは、キッチリわからせないと、あとが面倒だからさ。徹底的に心を折らないとね♪」
「ダメだよ! はーちゃん!」
リンはハルカを止めようと、腕にすがりつくと、ようやく少女は撃つのを止めてくれた。
自分のために動いてくれるハルカ……たとえやり過ぎたとしても、怒ることはできない。いつもリンが止めに入るのは、当たり前のことだった。
「仕方ないな〜、じゃあリンに免じて、銃で撃つのだけは止めてあげる」
その言葉にチャラ男たちは、心の中で細く笑んだ。
「言ったっしょ、もう銃で撃つのは禁止だからな」
「いいわよ」
「銃で撃たれなければ、俺たちが負けるわけないじゃん」
チャラ男たちは武器を構え、痛みに耐えながら立ち上がる。
「リン、後ろに下がっていてね」
「う、うん。はーちゃん、ほどほどにね」
「わかってる。こんな奴らサッサと倒して、リンと遊びたいからね」
リンを後ろに下がらせたハルカは、銃を両手に、チャラ男たちと対峙する。
距離は三m……槍チャラ男の間合いなら、三歩前に出ればハルカに攻撃が届く位置だった。
銃というアイテムのことは知らなかったが、飛び道具である以上、DEXにステータスを振るのは定石。
銃を撃たないのなら、STRにステータスを振った自分たちに、勝機があると踏んだチャラ男たち……ダメージを負ってはいるが、まだ逆転のチャンスはある。
無言で対峙する三人を、リンと野次馬たちは固唾を飲んで見守る。
ハルカは集中する。心を研ぎ澄まし、相手の動くタイミングを計っていると……。
「いくっしょ」
「やるじゃん」
息を合わせ、チャラい二人組は動き出した。
槍チャラ男が先行し、槍を突かずに横に振る。突きによる点の攻撃より、払うことによる線の攻撃でハルカを牽制する。
その少し後ろから、槍の攻撃を回避した際に生じる隙を狙って、チャラ剣男が追従していた。
必勝の策……ゲームを始めたばかりのプレイヤーに対しては必勝である。だがハルカは違った。
水平に振るわれた槍に対して、すでにハルカは前へ飛び出していた。
槍の長い柄を、銃のバレルと呼ばれる上部の銃身部分で受け止め、鈍い金属音を響かせる。
「バカじゃん!」
STRの差で、槍をムリやり振り抜こうとするのだか、槍はそこからピクリともせず振り抜けない!
「な、そんな馬鹿な!」
デザートイーグルで槍を受け止めたまま、ハルカは銃を滑らせ、槍チャラ男に密着する。
チャラ剣男は、ハルカに攻撃を入れようとするが、槍チャラ男を盾にされ攻撃できない。
懐に入られた槍チャラ男の顔に、もう片方の手に握られた銃を力いっぱい叩き込む。
非力な遠距離ジョブの一撃など、戦士職の自分には問題ないとタカをくくる槍チャラ男……だが、それは間違いだった。
銃の持ち手……グリップの底面であるグリップエンドが男のこめかみを襲う。重さ二kgを超えるデザートイーグル、鉄の硬さと重い重心の一撃が、無防備な顔に叩き込まれる。
強烈な一撃に槍チャラ男は殴り飛ばされた。地面を転げ回り、やがてパタンと動きを止めた。
偶然クリティカルヒットが発動し、防御力無視の攻撃が炸裂することで、男のHPは0になってしまった。
呆気なく倒された槍チャラ男は、そのまま
神器オンラインでは、プレイヤーキャラが死亡すると、幽霊状態になり、死体はその場に留まることになる。一定時間が経過することで登録した復活ポイントへと強制送還されるのだ。
復活の際、獲得経験値が三十%ロストするため、高レベルになるほど、大きなペナルティーとなる。
そして『決闘』において、死亡状態になると装備していたアイテムは強制解除され、下着一枚を除いて、装備は地面に落とされてしまうのだ。
槍チャラ男もご多分に漏れず、パンツ一枚のモッコリブーメランパンツ姿になりなながら、周囲に装備していたアイテムをばら撒いた。
チャラ剣男は、倒された槍チャラ男を無視して、剣を振るう。しかしハルカは両手に持つ銃で、その剣撃を難なく受け止めていた。
一撃で仕留められず、何度も剣を振るうチャラ男……しかしその攻撃は、すべて見透かされ、防御されてしまう。
銃のバレル、グリップエンド、その二点で剣を受け、ハルカは攻撃を受け流し回避する。その姿は舞を踊るように優雅な動きで、見る者を魅了する。
「な、なんでだ! なんでSTR振りの俺らが、DEX振りのお前に近接戦でパワー負けするんだよ。おかしいじゃん」
「簡単なことよ。私のSTRがあなたのステータスを上回っているだけでしょ? 別に遠距離だから、DEXしか上げちゃいけない、なんてルールなんてないわよ?」
その言葉に、周りの野次馬たちは騒ぎ出した。
「まさかアイツ、遠距離ジョブなのにSTRを上げているのか?」
「嘘だろ? 俺も昔、遊びでSTR極振りの遠距離職を作ったことあるけど、使い物にならなかったぞ?」
「そもそも物理職のステータス振りは、攻撃のSTR、防御のVITかAGI、命中のDEXに、バランスよく振るのが普通だろ?」
「ああ、遠距離職なら間違いなく、DEXとAGIの2極上げのはずだが……なんで力負けしないんだ?」
「もしかしたら、ガンナーのジョブか、スキルが関係しているのか?」
「銃系統の武器は、ATKがSTR依存ってことか?」
「なんにしても強い……ウチのクランに欲しいな」
「レアジョブか……あれがいれば、我がクランも有名になれるかも?」
野次馬たちに混じって、ハルカを分析する有力クランのメンバーも現れはじめた。
「汚いぞ! このチート野郎が!」
「別に不正はしていないわよ。ステータスをどう振るかはプレイヤーの自由でしょ。あと私、野郎じゃないからね! 話すのも面倒だし、もう終わらせるわ」
ハルカの目は冷徹にチャラ剣男の動きを見定めると、その手にもつ銃で男の攻撃を捌きながら、ガラ空きの場所を打ち込まれる。
一撃を入れられる度に、男は悲鳴をあげるが、ハルカは無視して次々と銃打で攻撃を続ける。
的確に打ち込まれる攻撃に、チャラ剣男のHPがドンドン削られていく。
もはや攻撃はおろか避けることもできず、サウンドバックと化すチャラ剣男……ついに剣を手放してしまい。
「ま、待ってくれ。負けだ。俺達の負けだから、やめてくれぇぇぇ!」
あまりの痛みに泣きを入れるチャラ剣男……崩れ落ち、膝立ちの情けない姿を晒す男にハルカは呆れた。
「はあ? 今さら命乞い? 男なら覚悟を決めなさいよ。という訳だから、死んで醜態を晒してちょうだい」
「待って、はーちゃん! ……許してあげようよ?」
トドメを刺そうとした時、不意にリンが止めに入る。
「え〜、ダメだよリン。いくらリンの頼みでも、それはダメ」
リンの方を向きながら、ハルカは提案を断る。
チャラ剣男に背を向けるハルカ……剣チャラ男は自分の負けを口にしたが、決闘は継続していた。
「お願い、はーちゃん!」
リンが胸の前で両手を握り、可愛くお願いする姿に、ハルカの顔は緩む。天使のお願いに、抗う術はなかった。
「リンにお願いされたら断れないよ。今回だけだよ?」
「ありがとう、はーちゃん♪」
周りの野次馬も完全に剣チャラ男から注意が外れ、リンとハルカの会話に注目していた時――痛みに耐えながら、落とした剣を握った男は立ち上がり、ハルカの背後から斬り掛かった。
「し、死ね!」
「チャンスはあげたからね」
それはリンになのか、男に言ったのかはわからない。だが声を上げたハルカは後ろを向いたまま、右手に持った銃を肩越しに構え、トリガーを引く。
逆さまに構えた銃から、凶悪な威力を秘めた.50AE弾が撃ち出された。
「なっ!」
マズルファイヤーの炎を見た男は、次の瞬間とんでもない痛みに
股間に走る……男にしかわからない痛みに、男は白目を向きながらHPを全損させた。
アソコを抑えながら倒れ込み、装備品を地面にばら撒くと、剣チャラ男はステテコパンツ一枚の下着姿と化す。
【決闘終了。勝者ハルカ】
システム音声が、決闘の勝者を高らかに告げる。
周りの野次馬たちは声を殺し、その光景を見ていた。とくに男性プレイヤーは、無意識に股間を押さえ、恐怖に慄く。
そんな野次馬たちを他所に、二人の少女は呑気にしゃべっていた。
「は、はーちゃん、もう……やり過ぎだよ!」
「え、え〜と、アソコに当てる気はなかったのよ? 偶然なのよ、偶然! 信じてよリン」
この時、ハルカのふたつ名は確定してしまった。
男にとって恐怖の代名詞、『クラッシャー』のふたつ名が付けられたのだった!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます