第1章 愛犬召喚

第1話 職業選択の自由……あはは〜ん?

「え〜と……どれがいいかな?」



 リンはチュートリアルの職業選択で悩みはじめてしまった。



「ん〜、選ぶ職業がたくさんあり過ぎて、どれを選べばいいのかわからないよ。はーちゃんはいないし……どうしよう?」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 犬飼いぬかい すずは今年の春から地元の公立高校に入学が決まり、一週間後の入学式までの時間を持て余していた。


 今までなら、愛犬の世話で暇を持て余すなどなかったのだが、いつも一緒にいた愛犬コタロウはもういない。一ヶ月前、鈴を助けるために身代わりとなって死んでしまったのだ。


 六年も一緒に過ごした愛犬……鈴はコタロウが死んだ時、三日三晩泣き続け、一ヶ月経った今ですら、愛犬の顔を思い描くと泣いてしまいそうになる。


 そんな折り、雑誌の懸賞で父が最新VRゴーグル『スウィッド』を当て、鈴にプレゼントしてくれた。



 高校入学のお祝いと、愛犬の死に悲しむ娘の気を紛らわすため、高いお金を出して購入した物を懸賞で当たったとバレバレな嘘を吐く父に鈴は感謝する。


 そして鈴は、もう一つの現実世界へと旅立つことになった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「リン、スウィッド買ったの?」


「うん、お父さんが高校の入学祝いにプレゼントしてくれたの」


「おお、じゃあじゃあ、一緒にこのVRMMOやらない? 『神器しんきオンライン』ていうゲームなんだけど、自由度が高くてスゴいおもしろいんだって」



 電話で鈴にゲームをすすめているのは、神先かんざき はるか、通称はーちゃん。幼稚園からの親友で、無類のゲーム好きな幼なじみだった。


 愛犬が死んでから塞ぎ込む鈴を心配して、毎日のように電話をしてくれていた。遥は鈴がスウィッドを手に入れた話を聞くなり、一緒にゲームをしようとお誘いの声をあげたのだ。



「う、うん……せっかくお父さんから貰ったし、やってみようかな」


「やった〜! リンと一緒にゲームができるなんて夢みたい♪」



 普段、この手のゲームをほとんどやらない鈴は、遥とゲームで遊ぶことはほとんどない。ゲーム好きの遥としては、願ってもない状況に喜んでいた。



「よし、鈴すぐやろう。スウィッドの初期設定は終わっている?」


「うん。さっき試してみたから、すぐできるよ」


「よしよし、じゃあ神器オンラインをダウンロードして、中で待ち合わせね。最初はみんな同じ場所からスタートするみたいだから、そこで会いましょう」


「うん。分かった」



 遥からの電話を切ると、鈴はベッドに座りスウィッドをさっそく頭に装着し、横になると電源スイッチをONにする。


 脳内の微弱な電気信号を読み取り、思考しただけで画面を操作できる最新デバイス、ニューロ・コントローラーで鈴は画面を操作していく。


 メニュー画面からゲームのダウンロード画面を選択すると、さまざまなゲームが表示される。遥が言っていた神器オンラインなるものは、人気ゲームとしてベストワンに輝いており、初心者の鈴でもすぐにダウンロードページを見つけられた。


 ここ二十年でネット回線も大きく変わり、秒間十TBテラバイトの回線スピードに父が『速くなったな〜』と、いつも言っていたが、それが当たり前の鈴にとってはピンと来ない。


 ダウンロードとインストールは五分程で終わり、鈴はさっそくゲームを起動する。

『このゲームは基本プレイが無料です』と、お決まりのメッセージが流れ終わると、鈴の視界に広大な空間が映し出されていく。



「ん〜、ここは?」



 周りをキョロキョロと見渡すが、地平線の果てまで何もない……ただ真っ白な地面と真っ青な空が、どこまでも続いていた。



「ふあ〜、ひっろ〜い」



 どこまでも続く世界の広さを感じる鈴……『ほへぇ〜』と、呑気のんきに世界を見渡していると――



【ようこそ神器オンラインの世界へ、キャラメイクを開始します。キャラクターに名前を付けてください】



――突然、鈴の耳に、無機質な機械の音声が聞こえてきた。


 すると鈴の目の前に、モニター画面とホログラムのキーボードが出現し、『名前を入力してください』とメッセージが表示される。



「あっ! ゲームが始まったのかな? まず名前を決めるのか……本名のスズはマズイよね? ん〜、あだ名でいいかな? 名前を適当に付けたら、わからなくなりそうだし……それじゃあ『リン』っと」



【名前の登録が終了しました。次に好きな職業を選択してください】



 モニター画面に職業選択のツリーが表示され、戦闘職と生産職の文字が表示されていた。



「次は職業か、どっちかを選べばいいのかな?」



 リンはとりあえず、モニターに映った戦闘職の文字を指で触れてみると、戦闘職の横に近接系・遠距離系のふたつが表示される。



「なるほど〜、こうやってやりたいことを選んで、最終的に職業を決めればいいんだね♪」



 近接系の文字をクリックするリン……次に戦士系・魔法系・支援系の三つが表示される。



「ま、まだあるの?」



 『もう終わって』と、願うリンの想いも虚しく、次は攻撃重視・防御重視・支援重視・回避重視の文字が表示されていた。



「えと……こ、このゲーム、一体いくつ職業があるの?」



 震える手で、リンは攻撃重視の文字をタッチする。


 剣士、拳士、戦士、兵士、剣闘士、拳闘士、騎士……etc

 


「これで終わりみたい。良かった〜」



 終わりが見えた職業選択画面にリンは胸をなで下ろし、順番に表示された職業名を確認していくと……その職業の多さに圧倒されてしまった。


 近接系戦士だけで初期に選べる職業が五十種類以上あり、すべての職業を一つずつ確認していくだけで、かなりの時間が掛かってしまう。ゲーム初心者のリンでは、職業選択だけで日が暮れてしまいそうだった。



「え〜と……どれがいいかな?」



 リンは、最初の戦闘職・生産職の選択だけでウンウン悩みはじめてしまった。



「ん〜、選ぶ職業がたくさんあり過ぎて、どれを選べばいいのかわからないよ。はーちゃんは居ないし……どうしよう?」



 ゲームの得意な遥がいれば、的確なアドバイスをしてくれそうだが、残念ながら今はリンのそばにいない。


 一回ログアウトして、遥に電話でアドバイスをしてもらおうかとリンが考えていると……モニターの端で、ヘルプの文字が点滅していることに気付きタッチしてみる。




【職業でお悩みのプレイヤーの皆様には、ランダムセレクトをご用意しております。ランダムセレクトをご利用された場合、好きな職業を選べない代わりに極低い確率で特殊なレア職業が選択されたり、特別ボーナスが付与されます。ランダムセレクトを実行しますか?】


【ランダムセレクト YES / NO】




「ランダムセレクト? よくわからないから、コレでいいよね?」



 リンは迷わず、YESをタッチしてランダムセレクトを選択すると……目の前で表示されていたモニターが光りだし、選択ツリーの職業名が画面内を無茶苦茶な動きで跳ね回る。



「あわわわ!」



 数百に昇る職業名がぶつかり合うと、文字が砕け散りドンドン画面の中から消えていく……そして最後の職業が残った時、モニターの画面がまぶしく光り輝いた。



「わっ! な、なに? なに⁈」



 リンは思わず手で光をさえぎり、まぶしい光りから目を閉じて守る。



「もう〜、どうなっているの?」



 ようやく光が収まり、リンが目をゆっくり開くと、そこにはランダムセレクトで選ばれた職業名が表示されていた。



「しょ、召喚士?」



 モニター画面には『召喚士』の文字が、虹色に輝いて表示されているのだった。



 

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