第19話 清十郎、危機一髪(改)
(これまでのあらすじ……)
関山新道計画は着々と進められ、いよいよ関山新道開削事業が始動します。一方、小鶴沢川に差し掛かった渡辺吉雄郡書記一行に対して、少年たちがしつらえた罠が次々に展開されます。まず、郡書記は川の中に放り込まれてずぶ濡れになってしまいます。次に糞尿を注いだ落とし穴に郡書記を誘い込み、最後は養蚕具を利用したお手製の飛び道具で郡書記に馬糞を次々にたたきつけ、少年たちは子供ならではの創意工夫を凝らした罠や飛び道具で散々に郡書記一行を翻弄します。
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小鶴沢(こづるざわ)川では少年たちの奮戦がまだまだ続いています。
「ほれほれ! 次々いぐぞ~! 」
「あるだげ、たたっ込め~! 」
第三射が放たれます。全弾……とはいきませんが、放たれた馬糞の半分は渡辺吉雄(わたなべ・よしお)の身体を撃ち当てます。
「あががっ! 」
遂に、吉雄は河原に両膝を付き、両手を地面に付けてしまいました。
その様子を見た峰一郎が、次のワラダを準備して走るばかりの清十郎の前で腕を横にして、発射を制止しました。そして、土手の上に立ち、上から吉雄たちを見下ろします。
一瞬、静まり返った河原に、峰一郎の声が響き渡ります。
「この腐れ役人! ……おめぇだは何にもすねで、百姓から金ど米ど際限なく巻ぎ上げで、その金でおめぇだの洋服ば作て、美味い物ば食て、そだな事して恥ずがすぐないなが!ほんでざ盗っ人ど同ずだ! 」
吉雄は顔を上げ、峰一郎を睨み返します。
「つがう(違う)! おらだの仕事、おめだガギなんかさ何が分がる! おらだは国のため、天皇陛下のためさしったんだ! 俺さ逆らうのだば、天皇陛下さ逆らうのど一緒だべ! 」
しかし、峰一郎も負けてはいません。
「んだら、お前は、ほの天皇様さ会って、こうしてこいって、直接、聞いできたなが! 」
今上の天皇陛下にお会いして聞いて来たのか?と、自分たちが思いもしないことを聞かれ、一瞬、キョトンとした吉雄と従者たちは、言われた意味が分かっていません。
「お前だは、いっづも殿様の名前ば使う! 殿様のせいにして俺だば苛めるばりだ! 顔もしゃあね天皇様が、ほんてん、そだな事言ったがも確かめねで、嘘ばり言うな! 」
又聞きではなく、人の話しはちゃんと本人から聞いてくるというのは、少年たちには当然のことでした。また、噂話に花を咲かせたり、風聞に惑わされるような粗忽を、彼らは親からも学校でも、厳しく戒められていました。
しかし、天皇陛下から直接に言われて来たのかと言われた吉雄は、逆に子供にバカにされたとしか思えませんでした。少年たちにとっては大真面目な理屈でありましたが。
「うるさい、百姓は黙って俺だの言う通りしてればしぇえんだ! 」
ある意味で、それが官吏の本音であり、それが真実でした。しかし、訳もなく、ただ従えという理屈は、いかな子供といえども通用はいたしません。
「ほれがお前だの本性だ! お前みだいなさ、犬畜生だて言う事きかね! 」
最後の峰一郎の絶叫は、交渉決裂の宣言にもなりました。
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もはや、やりたくてやりたくてウズウズしていた石川確治(いしかわ・かくじ)が、馬糞弾攻撃の再開を清十郎たちに命じます。
「いげいげ! 二度ど来らんねようにしてやれ! 」
「うお~~~! 」
勇ましい声を上げて、清十郎がワラダの端を持って駆け出します。
……と、その時でした。
「うわぁ~~~~! 」
昨日から何度も練習して、急停止をかける足元の踏ん張りで、予想外に負荷のかかっていた土手の一点が、ここにきて急に脆くなって崩れてしまいました。
最後の崩壊のダメ押しとなった清十郎の利き脚は空を切り、足を踏み外した清十郎は、ワラダとともにゴロゴロと土手の傾斜を落ちて行きます。
「清十郎! 」
「うわぁ~~~~! 」
峰一郎たちの絶叫の中、下まで落ちた清十郎に、吉雄のふたりの従者が駆け近寄り、清十郎を挟みこみます。
吉雄は、圧倒的に不利だった状況から、大逆転の切り札が向こうから文字通りに転がり込んできたのを知り、土手の上で心配そうに佇む少年たちに向けてニヤリと笑って見せました。
「おめえだの仲間ば助けっだいごんたら、あぎらめで、下さ降っでこい! ……降っできて俺さ土下座したら、今回だげは、許してやってけでもしぇえぞ。ぐふっ、ぐふふっ! 」
吉雄は下卑た笑いを浮かべながら少年たちを見上げます。
「清十郎……」「くっそ……」
清十郎はなんとか身体を交わして逃げようとしましたが、ふたりの従者に前後を挟まれてしまいます。そして、最後には着物の襟首を捕まれてしまいました。
「くっそ~、離せ~! 離せ、このバガやろ~! 離せ、バガ~! 」
「うるせぇず、このガギ! 」
(ボガッ! )
清十郎は従者のひとりからゲンゴツで頭をぶん殴られます。
「くっそぉ……」「清十郎……」
土手の上から少年たちが悔しげに下を見下ろしています。
「早ぐ、来い。……来ねなが? ……どっちでも俺はしぇえげんどよ。こいづば、巡査ど戸長さ突ぎ出せば、どうせおめえだも芋ヅルで分がっからよ」
にやにやと笑う吉雄に対し、少年たちは下を見ながらどうしようもなく呆然としています。せっかくここまでうまく行っていた峰一郎の策でしたが、突然のアクシデントで完全に状況が暗転してしましました。
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峰一郎は、眼下の清十郎の姿を見つめていました。確治をはじめとする少年たちみんなも、心配そうに清十郎と峰一郎の顔を交互に見ています。
しばらくして後、峰一郎が遂に気持ちを定めて、確治に言いました。
「確治、俺が下さ行ぐがら、みんなばちぇで(みんなを連れて)、逃げでけろ。清十郎は俺の身内だし、俺がちぇで来たんだがら(俺が連れて来たのだから)、俺の責任だ」
しかし、確治には、峰一郎が言い出しそうなことは、とうに分かっていました。ですから、返す言葉もはなから決まっています。
「バガやろ、ひとりでカッコつけんな。こごで俺ば置いでったりしたら絶交だぞ。一生、峰どは口きかねがらな」
そう言って、峰一郎に顔を向けた確治は、振り向いた峰一郎にニコッと微笑みます。
「俺も行ぐ。当だり前だべ」
確治は、まるでざっこ釣り(魚釣り)にでも行くような気軽さで、当然のようにそう答えます。
「親爺から勘当されっかもすんねぜ。俺んどごだば、ふたりも弟いっからしぇえげんと、確治んどご、おなごすかいねべ」
「ば~が、こだなで騒ぐ親爺なら、俺の方がほだなバガ親爺の方ば勘当してやっぺ」
峰一郎は、嬉しいような、でも、巻き込んでしまって申し訳ないような、複雑な泣き笑いのような顔をして確治の友情に応えます。
「われな、確治。……せめて、囮さなって、巡査のおっちゃんだば引っ張ってけだ定之助だげでも逃げでけっどしぇえな」
「んだな……」
いつも一緒だった三浦定之助(みうら・さだのすけ)がここにいないのはちょっと寂しい気もしましたが、でも、定之助だけでも逃げてくれよと願うふたりの気持ちに、嘘偽りはありませんでした。
そうと決まると、残りの年下の仲間たちを逃がしてやらなければなりません。
「太郎吉、お前は山野辺(やまのべ)衆だがら、みんなばまどめでけろ。高楯(たかだて)村のおらだでケリつけっから、そ~とさがて、下さ分がらねように逃げでけろ」
峰一郎は、垂石太郎吉(たるいし・たろきち)に仲間をまとめてくれるように言いました。しかし、頼まれた太郎吉の方は、自分も仲間のつもりですから、忿懣やる方ありません。
「水くさいべ、俺が山野辺衆だがら仲間外れすんなが! 」
「んねべ、太郎吉にしか頼まんねがらだ。みんなばまどめるいの、お前しかいねべ! 」
太郎吉も、ここでごねても無意味であり、せっかくの二人の決意を無駄にはできないことは理解できました。しかし、ここに残りたいという気持ちは一緒です。
もっとも、ここで押し問答しても時間だけが過ぎるし、二人の思いも痛いほどよく分かりました。
それに他のみんなにとって確治や峰一郎の指示は絶対です。残りたいと思うみんなでしたが、確治のヒト睨みで全員がシュンとなって言う通りにします。
太郎吉が峰一郎と確治の二人を見て頷きました。峰一郎と確治は、太郎吉に後事を託して微笑むと、川の方に振り返りました。
「んだば、峰、行ぐが! 」
「んだな……」
太郎吉とみんなが後で見守る中、峰一郎と確治のふたりが、土手の上にスックと立ち上がります。
「やっと観念したが。早ぐ降っでこい。俺さ逆らたらどうなっか、しぇっくど、おしぇでける(よ~く、教えてやる)。げへっ、へへっ! 」
「にいちゃん……ごめんなぁ……」
清十郎は俯いてボロボロ泣きながら呟きました。
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(おわりに)
順調に進んでいた安達峰一郎を始めとする少年たちの作戦でした。峰一郎は渡辺吉雄郡書記に対して郡役所の非道を叫びます。しかし、その直後、清十郎の転落という思わぬアクシデントで、少年たちは一転窮地に追い込まれます。清十郎を人質とした郡書記は、峰一郎たち少年に降参を命じます。清十郎を助けるため、峰一郎と石川確治のふたりは、仲間の子供たちを垂石太郎吉に託し、自分たちは郡書記の前に投降することを決意しました。
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