ベランダで猫と見つめあった話

ムラサキハルカ

第1話

 嵐の日の明朝。まだ、外は暗かった。

 なんとはなしに寝付けず、電気をつけて本を読んでいた時、外からしきりにミャーオだかミャーだか、ニャーオだかニャーだとかいう鳴き声が聞こえた。

 最初はただただ鳴いているな、という感想しか抱けなかったものの、何度も何度もうるさいのでさすがに気になりだした。

 もしかしたら、ものすごく近くにいるのでは。ふと、そんなことを思う。

 住んでいたのは二階建ての古い下宿の一階部分、一番奥の部屋。それなりに周囲に緑が多い土地柄だったのもあり、虫だとか小動物の侵入を恐れて内干しばかりしていて、ベランダは使ったことはおろか、ほとんど出たこともなかった。もしかしたら、鳴き声の主はそのベランダにいるのではないのか。そんな思いつきだった。

 思いついてすぐ、クリーム色のカーテンとその下にある遮光用のカーテンを開け放ち、窓ガラス越しに外を見下ろした。

 最初はなにもみつからず、閑散としたベランダが広がるばかりだった。思い違いだろうか。そんなことを考えていた矢先、また、ミャーオ。音に誘われるようにして視線をさまよわせた。

 銀色の毛並の猫がこちらに向かって瞳孔を広げていた。明らかに目が合ったまましばらくそのままでいる。その間もまたまた鳴き声。助けを求められているように思えた。

 迷いが生じた。どうにかしてやりたい。自分の借り受けている場所にいるこの小さな生き物の助けになりたいという気持ち。

 ただ、すぐに現実問題が頭を過ぎった。

 例えば猫を迎え入れたとしよう。そして、そのあとどうするというのか。

 飼う? 自分の面倒すら見るのが精一杯なのに、そんな余裕はないし、そもそもペットを飼っていいかなんていうこともわからない。では餌だけ分け与える? それこそ無責任の極みだろう。猫はここに通うようになるかもしれない。だとすれば、実質飼うのと同じようなものだ。こんな小さな生き物とはいえ、やると決めればしっかり責任をとらなくてはならない。

 そんな思考をしたのち、カーテンを閉めた。鳴き声はもうしない。


 それから幾らかの時間が経って、もう一度外を見てみたところ、猫はいなくなっていた。ここからどこへ行ったのだろうか? 雨の中、ずぶぬれになってはいまいか? せめて、屋根のあるところにいて欲しい。そんなことを思った。

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