第4話 彼らはどこで戦っている?
「渡来、また頼むわ」
「ああ」
ホームルームが終わり、掃除の時間。野球部の山澤に頼まれて、俺はいつもどおりゴミ出しに行く。
さすがに掃除全部を押しつけられるわけではなく、床の清掃や机の移動は元々当番の班がやる。ただゴミ出しは、ゴミ捨て場が遠く、時間がかかるのと面倒なのとでみんなやりたがらず、俺に振られることが多い。
たしか最初に頼んできたのも山澤だった。そのあと部活やら委員会やらで忙しい連中も頼んでくるようになって、なぜかゴミ出しは俺の仕事というのがクラスの共通認識みたいになって、いまに至る。
今日のゴミ箱はとりわけ重い。紙ゴミばかりとはいえ、量が多ければそれなりの重量になる。手が痛くなって床に置き、気合いを入れなおして持ちあげようとしたとき背後から声がかかった。
「師匠」
「うおっ」
驚いて振りかえる。声の主は乙村さんだった。
「またゴミ出しですか、師匠」
「その師匠ってやめない?」
俺はそんなたいそうな人間じゃない。
乙村さんはなにかを思いついたようににやっと笑う。
「支障がありますか?」
そしてしてやったりの顔になった。
――しょうもない……。
あまりのしょうもなさに背中がぞわっとした。無視したいところだが、乙村さんの今後のためにも率直な感想を言うことにした。
「乙村さん」
「はい?」
「
「甚だ!?」
乙村さんは目を剥いた。
「みんなは面白いって言ってくれるのに……」
それは『乙村さんがどや顔で親父ギャグ』という状況自体の面白さだろう。
「面白くはあるけど」
「ですよね」
「でもつまらない」
「どっちなんですか……」
と、口をとがらす。しかしすぐに笑顔になった。
「ふふ、また渡来くんに弄ばれちゃいました」
――だからなんでちょっと嬉しそうな顔をする……。
喜ぶ要素はないと思うのだが。やっぱり乙村さんはよく分からない。
一日たって冷静になってみると、そもそもゲームを教えてほしいというのも本気かどうかも分からない。その場のノリで言っただけか、あるいは俺をからかっただけじゃないかと思える。
紙ゴミでいっぱいのゴミ箱を見て、乙村さんは言った。
「重そうですね。手伝いましょうか?」
「ああ、助かる」
俺の好きなことわざのひとつに『入れ物と人はある物使え』というのがある。意味は『道具も人も手近にあるものを使って間に合わせるのがよい』。つまり合理的であれということだ。
ゴミ箱の反対側を持った乙村さんは鼻歌でも歌いだしそうなほど機嫌のいい顔をしている。「ゴミ出しが好きなんですか?」という言葉を今まさにお返ししたい。
「そういえば、勉強してきたんです、あのゲームのこと」
「へえ」
殊勝な心がけだ。昨日の発言はノリで言ったわけではないということだろうか。
乙村さんはこほんとせき払いをしてから話しはじめた。
「DIMENSION FIGHTER、略してDFは、SAGAの
「ちょ、ちょ」
「はい?」
「歴史から?」
「まず基本が大事だと思いまして」
「いい心がけだけど、ゲームの上達には関係ないから」
「ええ? まだスミソニアン博物館のくだり、しゃべってないのに」
「スミソニアン?」
「その革新性が認められてスミソニアン博物館に収蔵されてるんですよ」
「マジかよ、知らなかった……。――じゃない! 歴史はいいんだよ。基本操作とかコンボは?」
乙村さんはきょとんとした。
「コンボとは?」
俺は天を仰いだ。
「コンボっていうのは連続技のことで、一発目が入ったら確定で最後の技まで叩きこむことができるんだよ」
「確定……?」
「相手を浮かして空中コンボを入れるんだよ」
「浮かす……?」
「アッパーとか膝を入れたら浮くんだよ」
「月で戦ってるんですか?」
「会場遠すぎるだろ」
しかし言われてみれば、どうして人間があんなに浮くこと――しかも追い打ちができるほどに――を多くのひとたちがなんの疑いもなく受けいれているのか。謎である。
ゴミ捨て場にゴミを捨て、教室にもどるあいだも説明しつづけた。
「細かいことはいいんだよ。とにかく、コンボでまとまったダメージを与えるのが大事で――」
我を忘れて長広舌をふるっていたことに気づいた俺は、はっとして口をつぐんだ。
「どうかしましたか?」
急に黙りこんだ俺に、心配そうな声をかける乙村さん。しかし彼女の顔を見れなかった。早口でコンボの説明なんてまくしたてて引かれたのではないか、と。
――そもそも操作方法や技じゃなくて歴史を調べてきた時点で、からかわれてるって気づくべきだったんだよな……。
ちらと中学時代のことを思い出しそうになって、俺はぎゅっと目をつむった。
「こよ!」
そのとき、階段の踊り場からジャージを着たクラスメイトの女子が駆けおりてきた。
「また助っ人に来てくれない? バスケでひとり人数が足りなくて」
サッカーで躍動する乙村さんの姿を思いだす。やはり彼女にはゲームなんかよりスポーツのほうが似合う。
会話を邪魔しないように俺はひとり階段を上る。
「ごめんなさい。今日は予定があるから」
乙村さんはきっぱりと断った。俺は思わず立ち止まる。
「あ~、もうほかの部活にとられちゃったか~」
「いいえ。今日はゲームをするんです」
「ゲーム?」
彼女は疑問の声をあげた。
「こよ、ほとんどゲームしたことないって言ってなかった?」
「はい。それに苦手です」
「じゃあなんで急に」
「苦手だからです」
「??? どういうこと……?」
――だよな! 分からんよな!
乙村さんとよく話している友人――言ってみれば『乙村さん上級者』ですら理解できないものを『乙村さん初心者』の俺が理解できるわけもない。
「じゃ、じゃあほか当たってみる」
彼女は首を傾げ傾げ去っていった。それを見送ると、乙村さんは再び俺の横に並んだ。
「お待たせしました」
「……よかったの? 断って」
「いまはゲームが最優先ですから」
と、微笑む。
「……」
認めざるを得ないだろう。乙村さんはゲームに対して本気であることを。
しかし、ということは――。
――技じゃなくて歴史を調べてきたのは……。
なにを学べばいいかも分からないほどなにも知らないということで。
――なんでも得意なのに、なんでゲームだけこんなに要領が悪いんだ……。
先が思いやられる。いったいどう教えたらいいのだろう。
――実際に見せたほうが早いか。
本人も真似るのが得意と言っていたし。
しかし情報処理部のPCはもう使わせてもらえないだろう。
――なら、俺の家……。
首をぶんぶんと振る。
――ないない。昨日今日、ようやくまともに話をするようになった女の子を自宅に連れこむとかあり得ない。警戒されるだろうし。
だとしたら――。
「ゲーセン、行くか」
「ということは、いきなり対外試合? 渡来くん、スパルタですね」
「いや、場所がそこしか――」
「わたし、千尋の谷に突き落とされちゃうんだ……」
乙村さんは頬を染め、身をよじっている。
――聞いちゃいない……。
嬉しそうでなによりだ。あいかわらずなにが嬉しいのかは分からないが。
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