ウミドリの灯りゆく町 第7話
僕はタイヘイらのグループを訪ね、タイヘイ一人を呼び出した。
彼は「男のほうはいないのかよ」と文句を転がしながらもついてきた。タイヘイの態度の悪さは不安の裏返しなのだろう。
僕はツインテールが廃墟の剥き出しの鉄筋に絡まるのも厭わず、興奮気味に捲し立てた。
「タイヘイ君、やっぱりマスターだったんだよ!
マスターがフヅキさんや他の子供たちを無理矢理誘拐して、クジラに売ってたんだ。見たんだよ、直接この目で。
これは報復が必要だと思わない?
マスターのマスターの裏切りを糾弾できるのは君だけだよ。君がお父さんの間違いを正すんだ。
僕が手を貸そう。マスターの罪を詳らかにした後、町から追放するんだ。
それとも、実の父親にそんなことできない?」
タイヘイは僕の勢いに気圧され数歩下がった。
追い詰められたように顔は青ざめていた。
僕は彼のその表情に、やっと確信を得た。
「――本当は、君だったんでしょ? 子供たちをクジラに引き渡したのは」
「あ、俺は、……」
その時、コンクリート柱の影から飛び出してきた人物がいた。頭から被った外套。
何かを手に掲げ、一直線に僕の元へ――。
ドンッ!
と鈍い音がして、僕を襲おうとした人物は床に転がった。
「間に合ったね……」
その人物を床に押し倒したのは、カイだった。
その人物をうつ伏せにさせ、背に回った両腕にしっかり体重を掛けて膝で押さえた。
たった今、駆け付けてくれたらしい。
カイがその人物の手に持った機械――スタンガンを蹴飛ばし、外套のフードを取り払った。
「ノブヒロさん、君が子供の引き渡しの指示を出していたクジラの手先で、タイヘイ君が実行犯だね」
カイは、フヅキの恋人でクジラの構成員であるノブヒロという人物を、落胆したように見下ろした。
――カイも僕と同じ事実に思い至っていたようだった。
今回、フヅキをノブヒロに引き渡したのはとめもり喫茶のマスターだった。
それはフヅキも同意の上でのことだろう。
だが、過去に子供の引き渡しを行ってきたのはタイヘイだった。
タイヘイは二年前にグループを築き、身寄りのない子供たちを導いてきた現在のリーダーだ。
そんな彼が何故、子供を売る真似をしたのかと言えば、生活のためだったのだろう。
月日を重ねるほど養わねばならぬ子供の数は増え、タイヘイらが保護できるキャパシティを優に超えてしまった。
そのことに頭を抱え始めた頃に、ノブヒロが入会した。
そのうち決め事をする際にノブヒロが参謀役を担うようになった。
そして、タイヘイとの信用を築いた頃ノブヒロは唆したのだ。
「クジラに子供を引き渡すのはどうだろう。
そうすれば君のリーダーとしての信用も保てるし、第一、子供たちだってクジラに入った方がここにいるよりもまともな飯にありつける。
今は嘘を吐く形になったとしても、生活していかなきゃ。
それが何より優先すべきことだ」
僕がドローンでクジラのアジトを偵察した帰りに見たのはタイヘイだった。
恐らく彼のグループのメンバーである子供の引き渡しの一部始終だったのだ。
タイヘイの持っていた銃だけが本物だったのもノブヒロが用意して渡したのだろう。それはクジラが好んで使用する銃だった。
タイヘイは、リーダーとして非情になり切ろうとしても、子供を騙しクジラに引き渡す度に恐怖に苛まれた。
仲間に自分が裏切っていることがバレるかもしれない。
尊敬と親愛の眼差しが一変、軽蔑と敵意になる、その恐ろしさ。
だから、犯人を仕立て上げようとした。
都合の良いタイミングでとめもり喫茶のマスター――タイヘイの父親に不審な行動があった。
それを仲間が疑問に思ったので、自分のこれまでの行いまでも父親に押し付けてしまえば解放されると目論んだのだ。
タイヘイはこの場で全てが僕とカイに見透かされていることを悟ったようだった。
力が抜けたように膝をついた。
ノブヒロがカイに拘束されながら、猫撫で声を出した。
「タイヘイ、諦めちゃ駄目だ。
彼らは君の苦労なんか欠片も分かってない。
たった十八の君がどれだけの重荷を背負いながら今日までやってきたのか俺はよく知ってるよ。
彼らは偽善者だ。君は間違ってない。
さあ、立って。
次の引き渡しは彼女、レイナだよ」
タイヘイの肩が跳ねた。
助けを助けを求めるような目でノブヒロを見て……。
僕は叫んでいた。
「そいつ、ノブヒロさんは、電気クジラだ!」
「電気、クジラ……?」
カイが眉をひそめた。
「五年前、初期の頃からクジラにいた人間。
電忘症じゃないってこと!」
カイがハッとした。
ノブヒロは舌打ちをして、カイを押し退けようと激しく藻搔いた。
――ノブヒロがカイに語った話。
フヅキと兼ねてよりの恋人であり、彼女と共に暮らすためにマスターの手を借りた。
ここまでは真実だ。
だが、フヅキと再会を果たしたのは一年半前、タイヘイがグループを作って半年が経った時期だった。
ノブヒロはクジラの指示により送り込まれた監視役だった。
外の人々の生活に溶け込みながら時期を見計らって徐々にクジラに改宗させていくために、タイヘイに近づいたのだ。
カイには「とめもり喫茶のマスターを助けるためにクジラの接近を知らせた」と説明したが、実はタイヘイを捕らえさせないためだったのだ。
町の住人を根こそぎ捕らえるよりも、避難先とした町を調査し、どれだけの人間がいまだ外で生活しているのかの情報を得ることのほうが価値があったのだろう……。
「ああ、だから……」
そう呟いたのはカイだった。
「だから、ノブヒロさんはあんなに強くクジラを信仰していたんですね……。
クジラに連れ去られた人々の多くは無理矢理に仕事を与えられ無気力に日々を送っていると聞いたことがありました。
そのはずなのに君ははっきりとクジラを肯定した」
「ああ、そうだ!
クジラは正しいことをしてる。
不平等だった不平等だったこの社会を変えた。大きな革命だ」
とうとうノブヒロがカイを押し退け、逃亡しようとした。
僕はその背に挑発の言葉を投げた。
「ノブヒロさん、少なくとも恋人のフヅキさんを幸せにすることは叶ってません!
彼女の苦しみに気付きもしないで」
ノブヒロの目に憤怒が宿り、立ち止まった。
「あんたにフヅキのことに口出しされる謂れがあるのか?」
「フヅキさんは君が好きだったからクジラに入ったんじゃない。
体の弱いお母さんのためだ」
僕がクローンで指導部屋を覗いた時、フヅキと面影の似た初老の女性がいた。
彼女がフヅキの母親だと何故か確信した。
彼女は言った。
『ここの子供たちに償いながら生きていきます……』
タイヘイはクジラに引き渡す子供を斡旋した後、必ずと言っていいほどフヅキの家に連れて行った。
フヅキの母親が手料理を振る舞った数日後に、子供をクジラに売りつける、という流れがお決まりだったのだ。
それはグループの仲間に、急に子供の引き取り先が決まったことを不審に思われないためだ。
タイヘイは仲間に「フヅキのお母さんがこの子の親戚を見つけてくれた」と説明していた。
そのことはタイヘイのグループの他の子供たちから訊き出した。
そのことにフヅキの母親が思い至ったのは、まさにクジラに入信し、指導部屋の子供たちの顔触れを見た時だったのではないか。
彼女は悔やんだはずだ。
タイヘイの意図に気付けなかったことを。
クジラの中では職業は一度決定されれば変更はほぼない。
指導部屋にフヅキの姿は見当たらなかったので、どこか別の場所で別の仕事をしていることになる。
フヅキは母親と安全に暮らせる場所が欲しくてノブヒロについていったが、結果、母親とは二度と共に暮らせなくなったのだ。
そのことをこの場でぶちまけたかった。
けれど、それは僕がクローンを操作できることの説明もしなければならなくなるわけで……。
だが、ノブヒロは僕の表情を見て何か察知したらしい。
顔を強張らせて、ぱっと駆け逃げてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます