不遇職・ガイドがLV98の女騎士と未踏のダンジョンの攻略を目指した結果。

ユキミヤリンドウ/夏風ユキト

第1話 星空の天幕亭・ある日

「じゃあ、これで。今日まで有難うございました」


 ダンジョンから戻って教会ギルドのホールに入ったところで、パーティのリーダー格、剣士ソードマンのロアルドが言った。


「まってくれ……契約はあと2日はあるだろ?」


 少し声が大きかったらしい。

 夕方の冒険者教会ギルドのホールにいる冒険者たちと教会の司祭の目がこっちに集まった。

 目の前の男、というか15歳くらいで俺より年下だが。彼が困ったような迷惑そうな表情を浮かべた。


「5階層までで戦えることは分かりました。明日からは僕等は6階層にいくので」


 取り付く島もないって感じの口調でロアルドが言う。


 剣士ソードマンは一番数が多い神職クラスではあるが、上級職も多い。レベル15くらいになれば上級職、例えば重戦士ヘビーメイル軽戦士フェンサー騎士ナイトにクラスチェンジできる。

 剣士ソードマン出身で一流冒険者もたくさんいる。


 ロアルドも彼のパーティメンバーもいい腕だった。

 恐らくすぐに次の階層に行くだろうとは思っていたが、まさか今日までとは。


「だが……」

教会ギルドの戒律に反するでしょう?神職クラス案内人ガイドは5階層までを導くことが役割。そうですよね」


 ロアルドが念を押すような口調で言う。

 ……いつものことだ。そう、いつものこと。

 10歳でこの神職クラスを与えられた時から10年。何百回も聞かされたことだ。


 案内人ガイドは導くもの。それに強さは必要ない。経験値は他に譲るべし。

 心の中で深呼吸して気持ちを落ち着かせる。


「そうだな。無理言って済まない」

「いえ。こちらこそありがとうございました。勉強になりました」


 ロアルドたちが笑顔で言って握手を交わす。

 彼らが受付カウンターに歩いていく背中を一人で見送った。これもいつものことだ。


「ステータス開示オープン


 唱えると、空中にステータスウインドウが開いた。

 何か変わったかと期待したが、表示される数値は今回の彼らの道案内をする時と変わりはなかった。

 ロアルド達は戦闘にも少し参加させてくれから経験値は多少は増えた。

 だがレベルは上がっていなかった。



 人間の一部は10歳の時に神職クラスを授かる。

 そして、神職クラスを持つものは神に選ばれたものとして、全て教会ギルドに属し、神職クラスに応じてダンジョンに入ることを求められる。


 案内人ガイドはその神職クラスの一つだ。

 ダンジョン内の地図や敵の位置を感知する地図探索マップサーチという固有スキルを持つ神職クラス

 その一方で戦闘力は低い。


案内人ガイドは冒険者を導くことがその役割だ。

 地図を確かめ、敵の位置を探り戦闘のおぜん立てをして、可能性に溢れた若き冒険者たちに実戦経験を積ませる。


教会ギルドの規律により、案内人ガイドはダンジョンの5階層以下には潜ることはできない。

案内人ガイドは数は少ないし、新人の案内役として貴重だ。だから危険にさらせない、ということになっている。


 そして、基本的にはモンスターを倒すことは許されていない。案内人ガイドの役割は導くことで戦うことじゃないからだ。

 だから案内人ガイドはレベルがほとんど上がらない。


 レベルを上げるために必要な経験値はモンスターを倒したり、宝箱を開けたりすると増加する。

 案内人ガイドのスキルである地図探索マップサーチでも増えるが微々たるものだ。


 そもそも、案内人ガイドは強くなることは求められていないし、その必要もない。なぜなら他の冒険者が戦うから。

 だからモンスターと戦っても止めは刺せない。経験値は増えない。

 だからレベルも上がらない。


 もう一度ステータスを見直した。

 ……最後にレベルアップしたのはいつだっただろうか。



「おお、トリスタン。久しぶりだな」


 嫌な奴にあった。同時期に冒険者になったトールギルだ。

 すでに10年選手の25歳。今のレベルは40くらいだっただろうか。白い全身鎧フルプレートに身を包んでいる。

 金色の髪を後ろに撫でつけるように整えていて、口元には嫌味な感じの笑みが浮かんでいた。

 狐を思わせる釣り目の青い瞳が見下すように俺を見る。

 

「今日も立派に案内人ガイドの役割を果たしているようだな。ところでそれほど熱心な君のレベルはいくつだい?」

「……12です」

「なんということだ。驚きだな……私とずいぶん差がついてしまったではないか」


 大袈裟な仕草でトールギルが言う。


「だが仕方ないな、モンスターと対峙せぬ臆病者の地図読みでは……神が力を与えてくださらぬのも無理はない」


 こいつは確か聖騎士パラディンになったばかりだったはずだ。

 聖騎士パラディンは法を守る騎士であり、神の加護を受けて神官系統の魔法を使うことができる。

 だが、聖騎士パラディンへのクラスチェンジにはどうやら人格は関係ないらしい。

 それともあれが神の求める人格者なのか。


「どうした?何か言いたいことがありそうだが、言っても構わんぞ。私は寛容だからな」


 言い返したいがそれは許されていない。

 レベルが高いものは神のために戦いを経たもの、つまり偉い。だからレベルが上の相手には口答えは許されない。


「まあその調子で頑張ってくれ」


 そう言ってトールギルが俺の方をポンと叩いて歩き去っていった。

 思わず悪態を叫びたくなるのをこらえる。切りかかりたくなるが、レベルが違い過ぎて返り討ちにされるだけだ。


 神職クラスは神からの恩恵でもあるが、呪いでもある。

 神職クラスを得た者は神から戦う使命を与えらえれた選ばれし者として例外なく教会ギルドに所属し役割を足すことを求められる。

 選択の余地はない。


 神職クラスには英雄に至るものもある。

 だが、案内人ガイドのように永遠に強くなれず、そこに留まることを強いられるものもある。


 ステータスもそうだ。

 数字は優劣を可視化する。弱いものと強いものを絶望的なほどに明らかに峻別するのだ。


「帰りました。今回のドロップは中々でしたよ」

「お疲れ様です。何階層まで行きました?」


「28階層まで。レベルも25まで行きました。まだいけたんですけど、無理し過ぎはまずいと思って」


 何人かの冒険者がホールに入ってきて、賑やかな声が聞こえる。

 歩けば10歩もない、あの輪の中に俺が入ることはできない。

 それがこの世界のルールだ。 

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