第19話 星空の天幕亭・2年後のある日

「本当に助かりました。夕闇の導き手、天頂の一つ星は伊達じゃないですね」


 3日ぶりに戻ったアルフェリズの教会ギルドのホールで、今回組んだパーティのリーダー、偵察兵スカウトのヴァルフが握手を求めてきた。


 レベルは38だっただろうか。疲れた顔には充実感が浮かんでいた。

 後ろにいるパーティのメンバーたちもお互いにステータスを見せ合って嬉しそうに笑っている。


「ありがとう。皆も無事でよかった」


 今回は深層を目指すヴァルフ達のガイドとしてアルフェリズ近郊のギガントの大井戸の40階層へ行ってきた。 

 手ごわい敵も多かったが、無事全員が経験値をきちんと稼いで帰還できた。目標レベルにも到達できたので申し分ないな。



 あの日、黒枝クロエが居なくなってから2年ほどが経った。

 星見の尖塔を攻略したとき、最終的には俺のレベルは75に到達していた。

 もちろんアルフェリズでは最高レベルの一人だ。僅か数日で恐ろしい変わりようだった。

 案内人ガイドにはクラスチェンジがないらしいのが残念だが。


 一人でアルフェリズに戻ったから、黒枝クロエがどうなったのか聞かれたが。

 蒼穹の礼拝堂のこと、なぜソロで攻略を目指したかを正直に説明した。


 ただ、一つうそをついた。

 そこで彼女は願いを叶えて死んだ自分の父母に会いに行った、ということにした。


 黒枝クロエを闇討ちをしたんじゃないか、などという奴もいたが。

 仮にそうしたならさっさと逃げる方がいい。アルフェリズに戻ってくる意味はない。

 それに、客観的に見て案内人ガイドLV75が星騎士ステラナイトLV98に勝てるはずはない、ということで噂も立ち消えになった。


 レベルを見せた時のトールギルの衝撃を受けたって顔が忘れられない。

 ただ、特に感慨はなかった。


 ざま見ろとか、よくも今まで馬鹿にしてくれたな、とかそんな気持ちが湧くかとも思ったが。決闘をした時と同じで、やはり全くどうでも良かった。

 そんなことよりしなければならないことがある。


 ガイドのレベル55で得られるスキル、要石キーストーンは従来のダンジョン攻略の常識を一変させた。

 ダンジョンで行ったところまでパーティごと移動できる能力、それはつまり低階層をショートカットできる、ということだ。


 強い敵と戦ってレベリングするにしても、ダンジョン攻略を目指すにしても、何日分もの準備を周到に整えて、入り口から進んでいく、という方法は過去のものとなった。

 各地で案内人ガイドの育成が進んでいる。


 要石キーストーンを使うときは案内人ガイドはパーティの数に含まない、という教義もできた。

 案内人ガイドは全てを導くものであり、4人パーティでその恩恵を得られないものを作ることはこの能力を定めた神の意志に背く、ということらしい。


 相変わらず戦闘に参加することは禁じられているが。 

 これも強すぎる案内人ガイドが若手の経験を積むことを妨げてはならない、という意味に変化している。

 

 ただし、危機に陥れば話は別だし、ガイドしたパーティに死者がでれば案内人ガイドの評価も下がるから戦うときは戦うが。

 しかし、教義なんてものはずいぶん都合がいいもんだ。解釈次第で正反対に変わる。


 案内人ガイドの役割が急激に増えたおかげで、ここしばらくは安息日以外はどこかのパーティのガイドをやってレベリングのサポートをしている。


「なんていうか……アルフェリズ最強クラスで最高レベルなのに、全然偉そうじゃないんですね」


 ヴァルフが不思議そうなって顔をして聞いてきた。

 確かにレベルをひけらかす奴はいる。だが。


「俺の知っている一番高レベルな奴はそれをひけらかして偉ぶったりしなかったからな。見習ってる」



「なあ、トリスタン。俺たちの専属になってくれないか?次のダンジョンでもお前がいてくれると心強いんだ」


 食事をしていたら声を掛けてきたのは、LV75のパーティ、‘‘真理に迫る松明‘‘のリーダーだった。

 何度も組んだことがある。名前はアルフレア、クラスは近衛ロイヤルガード

 俺より少し年上。すらりとした体格と黒髪をきちんと整えた紳士的な顔立ちに似合わないアルフェリズ屈指のパワータイプの前衛だ。


 要石キーストーンで深層へアクセスしやすくなって、高レベルの敵と接敵しやすくなったから、冒険者のレべルも格段に上がりやすくなった。

 昔は70レベルオーバーは皆無だったが、今はそれなりに見かける。


 彼らはアルフェリズでもトップクラスのエースパーティだ。

 全員がLV70以上の上級職で構成されていて、すでに三つのダンジョンを攻略している。


「すまない。その言葉はうれしいが。また難しいダンジョンに行くときは声をかけてくれ。でもパーティは組めない」

「ダメか……だがなぜだ。教会ギルドの教義か?」


 アルフレアが不満そうに聞いてくる。


「それとも俺達のレベルじゃ不足か?たしかにあんたには及ばないが……」

「違う。どうしても攻略したいダンジョンがあるんだ。一人でないとおそらく問題が出る。だから誰かの専属にはなれない」


 そう言うとアルフレアが怪訝そうな顔をした。


「ソロでダンジョン攻略をやる気か?」

「ああ」

「正気かよ?一人で行く意味あるのか?腕試しとかじゃなくてか?」


「ああ、攻略だ」


 そう言うとアルフレアが首を振った。


「……なあ、もう一ついいか?」

「ああ」

「雷槌ミニョルを譲ってもらえないか?勿論金なら出す。

SSR武器を3本も持ってるなんてありえないし……そもそも村雨以外の2本は使ってないんだろ?」


 この前の戦いの間、彼に雷槌ミニョルは彼に貸していた。

 俺自身はクラス特性で戦槌ウォーハンマーは使えないから、普段はアイテムボックスに入れっぱなしだ。


「悪いな。これは預かりものなんだ。持ち主がいる」


 そう言うと、アルフレアががっくりと俯いた。

 他のパーティに同行するときは貸していることもあるが、今も手元に置いている。

 売ってくれ、譲ってくれと言う話は今までいくらでもあった。だが、それはなんとなくしたくはなかった。


「そうか……だが気が変わったらいつでも言ってくれ」

「ああ、分かってる。ありがとう。済まないな」


「それと、次の火の曜日にヴェスヴィオ炭鉱跡の50階層に行きたいんだが、案内ガイドを頼めるか?」


 手帳を見ると、その日は空いていた。


「大丈夫だ」

「よろしく頼む。じゃあまた」


 そう言ってアルフレアが歩み去っていった。




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