第15話 星見の尖塔・99階
階段を上って99階層まで来た。
ここはもはや
奇麗にタイルが敷き詰められたがらんとした部屋には魔獣の姿は無い。
壁に均等に開けられた細長いのぞき窓からひんやりした風が吹き込んできていた。
部屋の周りののぞき窓の前には、宝箱が置いてある。
開けてみると、中には
ラスボス前のここで最後に一休みして行けってことだろうか……誰が作ったんだか知らないが、親切なこった。
まだ少しアイテムは残っているが、貰えるものはもらっておこう。
箱を開けて
「さて、どうする?一息入れるか?」
ここでテントを使って休んでも構わないんだが。
ただ、ここにこの後も何も現れないとは限らない。
それに戦いのテンションが途切れないうちに進むのは悪い選択じゃない。
休めば体力も魔力も回復はするが、戦う気持ちもリセットされてしまうからな。
「ここはあたしたちが一番乗り?」
「ああ、それは間違いない」
宝箱に手がついている形跡もないし、人の気配もない。長く誰も人がいなかった場所というのは少し独特の空気がある。
俺達が一番乗りだろう。
クロエが少し考えこんで言った。
「ありがとう……あなたはここまでいいです」
◆
突然よそよそしい敬語に戻った。
最初に会った時のような冷たい目でクロエが俺を見る。
「何を言ってるんだ?」
「最後は私一人でいきます、と言っているんです。これは私の戦いですから。
それにあなたにクリア
淡々とした口調でクロエが言う。
「帰れって言いたいのか?」
「ええ。
突き放すような口調でクロエが言うが……
「ふざけるなよ。
俺がクリア
言い返すが、クロエが表情を変えないまま俺を見ていた。
「そもそもクリア
「貴方には関係ない」
「言えよ。ここまで来たんだ。教えてくれてもいいだろ。どうせ取れないなら構わないだろ」
強い口調で問い詰めると、クロエが俯いた。
「……蒼穹の礼拝堂」
「なんだそれ?武器か?それとも魔法の道具か?」
響きとしては武器とか装備品じゃないようだが。
「……蒼穹の礼拝堂は……願いを一つだけかなえてくれる。それがここのクリア
クロエが小声で言った。
……なるほど。他に仲間を連れてこなかった理由がようやくわかった。
クリア
ただ、クラスによって付けれる装備も違う。
だから何となくメンバー同士で話し合いで誰がどうするかが纏まる。それにパーティの戦力が上がることは全員に利益がある。
別のダンジョンを攻略したら、他のメンバーがクリア
だが、たった一つの願いを叶える、というのがクリア
そう簡単にパーティ内で話が纏まるとは思えない。
「なんでそんなこと知ってるんだ?」
「ここのダンジョンマスターはグリムリーパー。
難敵です。クリア
俺の質問を無視して、感情を交えない声でクロエが言う。
「ここまでありがとう。村雨は貴方が持って行ってください。これが貴方へのクリア
「……俺はあんたの力になりたいんだ。こんな刀なんてどうでもいい」
本当はどうでもよくはないが。
だが、それ以上にここに1人で置いて帰るわけにはいかない。
「あんたのその願いとやらが何だか知らないが、俺がいる方がいいだろ?」
もう塔に入った時の、
どんな相手であっても前衛はできるはずだ。HPとSTRだけならもう俺の方が高い。
それに、この結末は見届けたい。
そして戦っていてわかったが、シビアな戦闘の中で人数が減る、というのはとてつもなく大きな不利になる。
今の状態で俺が抜ければ、単純に手数が半分に減り、クロエは相手の攻撃を倍うけることになる
4人の熟練パーティが一人倒されただけであっという間に崩れて壊滅した、という話を聞いたときは他の三人も手練れのはずなのになぜだと思ったが、実感を持って意味が分かった。
人数が減るというのはそれほどに影響が大きい。
「なんでそんなことを言うんですか」
クロエが困ったように言って床を向いた。部屋に沈黙が戻る。
今まで殆ど迷う素振りを見せなかったんだが。
というか、俺が居ない方が良いなんてことはあり得ないと思う。なぜ迷うんだ。
「帰ってほしいのか?俺を気遣っているなら余計なお世話だ。そんなこと言われる方が屈辱だ」
この状況で、こんな風に気を使われるのはあまりにも惨めだ。役に立たないと言われてるようなもんだ。
ここでSSR装備を貰って無事に帰れるならラッキーなんて喜ぶほど落ちぶれてはいない。
「貴方には……死んでほしくないの」
長い沈黙のあとのクロエが静かに言った。だが。
「それは俺だって同じだ」
そう言うと、クロエがはっとしたような顔で俯いた。
「一緒にいてくれると……心強い。でも」
一瞬言いよどんでクロエが顔を上げた。
「ありがとう。じゃあ甘えていいかな?」
◆
クロエが階段の前で立ち止まった
「一つお願いがあるの……ゴメンね。勝手なことばかりだね」
「何でも言ってくれ」
「心を前に向けて。昨日言ってたように」
クロエが言って俺を見上げた。
「……本当は……とても怖い」
消え入りそうな声でクロエが言う。
これが初めての攻略じゃないだろうに……とは思うが、そんなこと言っても無意味だ。少し頭の中で言葉を探す。
「俺の仕事は案内だ。いいか。必ずお前を目指す場所に連れて行く。
そして、お前はこの世界最強だ。レベル98だぞ。お前ができないならだれにもできない。つーかお前しかできない、そうだろ!違うか!」
意識的に煽るような強い声でいう。
正直言うと怖くないわけじゃない。クロエはダンジョン攻略済みだが、俺はダンジョンマスターと戦うなんて初めての経験だ。
偉そうに修羅場をくぐったなんてとてもじゃないが言えないが。
だが、こういう時は怖さとかそういうのは表に出してはいけない。
そして、大きな声は怖さを忘れさせてくれる。戦いのときに気合の声を上げるのは無意味じゃないのだ。
クロエがぽかんとした表情を浮かべて笑みを浮かべた。
「そうね!あたしなら出来る!」
強い声でクロエが応じる。これなら大丈夫か。
「良し!いくぞ!勝って祝杯だ!」
「なによ……結局お酒持ってきてるわけ?」
クロエが笑って言う。
「ああ、持ってきてるぜ。
などと言ってはいるが、前にいれていた
「用意周到、それが俺よ」
「なるほどねぇ。じゃあそう言うことにしておきましょ」
◆
螺旋階段を上ったところは礼拝堂のような部屋だった。
アーチのような高い天井。周りには複雑な装飾のステンドグラスを嵌めた窓。奥には何かの神らしきものがレリーフの様に彫られた祭壇が見える。
天井から古風で巨大なシャンデリアが下がっていて、ロウソクだか何だかわからない光が灯っていた。
薄暗いが視界に不自由はない。
広い部屋の中央には人の背丈の倍くらいある黒いローブを纏った魔獣が居た。
手には大きな鎌を持っている。おとぎ話で語られている死神の様な格好だ
ローブの奥にはドクロを思わせるような顔が見えた。虚ろな空洞のような目が俺達を見る。
心臓を握られるような寒気が走った。
こいつがグリムリーパーか。
確かに今まで戦ってきた中ボスとはわけが違うな。
後ろで螺旋階段の出口が崩れるように消えた。退路はもうないらしい。
「後悔してる?」
からかうような口調でクロエが言う。
平常心に戻ったらしいな。良かった。
「いや、まったくしてないぜ……どうせ俺たちは勝つんだからな」
村雨を握りなおす。これが最後だ。必ず倒す。
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