第8話 星見の尖塔・40階
40階にはまた中ボスがいた。
ここの中ボスはエンプレスなるタコのような魔獣。泥沼の中を動き回って牙のようなものが付いた触手で襲ってきた。
そう。この中ボス部屋は、部屋全体が泥水で満たされたような、沼のような場所だった。
ダンジョンの中にはこんな風に部屋やフロアが突然全く違う状態になることがある、というのは記録で読んだことがある。
なんでも、階段を抜けて下の階層に行ったら森の様に木々が生い茂るフロアだった、なんていうこともあるらしい。
ただ、本で読んでいても、実際に見ると面食らうものがある。
それまでが石畳だったのに、部屋に入ったとたんに沼が広がっているんだからな。危うく沼に転げ落ちそうになった。
それに限られた足場の上で戦うというのは初めての経験だった。
沼の深さはよくわからなかったが、かなり深そうだったし、落ちれば動きが制限されて危ないことくらいは分かる。
かなり神経を使う戦いだったが、俺に噛みつこうとして本体が襲ってきたときに震天雷の爆発が命中して、動きが止まったところを村雨で切り殺せた。
また沼の中に逃げられたら面倒だったから、倒せるときに倒せてよかったな。
しかし、いろんな敵がいる。
同じようなダンジョンの低階層にいるだけでは分からないことだ。恐ろしくもあるが、まだ見たことがないものを見るのは嬉しくもある。不思議な感じだな。
◆
エンプレスを倒したら泥沼のような水はどこかにひいて言って、普通の床になった。なぜか湿った感じもない、普通の床だ。
ただ、さっきまでの黒い水が満ちていた様子を見ると、薄汚れている気がするな。
一息ついて村雨を鞘に納める。
「レベルは上がりましたか?」
「ええ、LV35になりました」
割と順調に20レベルまでは来たが、30を超える辺りから流石にレベルが上がりにくくなった。
エンプレスの止めを刺せたから35到達だ。
とはいえ、10年かけて12レベルまで上がり、2日間で35レベルに到達したんだから、上がりにくくなったなんて言う感覚自体が贅沢にもほどがあるんだが
ステータスを見ると、HPとSTRはますます増えている。
「新しいクラス能力が増えているのでは?」
クロエが確認を促す用に言う。ステータスを見ると、確かにスキルが増えていた。
「
スキルの内容が頭の中に浮かんでくる。
休息の時に使える、テントの強化版のようなものらしい。
テントは数に限りがあるし、アイテムボックスを枠を食う。こういうのがあれば別のものをアイテムボックスに入れれるから便利だな。
「ここで野営しましょう」
まだ夜には少し早いが、中ボスを倒していい区切りだ。それに次に休むのに適切な場所があるかは分からない。
無理に進むより、此処で休む方がいいだろう。
さっきの沼の様子を思い出すと、此処の床に寝転がりたくはない気もするが。
床石に触れると乾いた硬い感触が帰ってきた。
◆
「湯浴みがしたいんですが、準備してもらえますか?」
食事の準備をしようとしたところで、クロエが不意に言った。
「湯浴み……ですか」
モンスターのの血とかは倒すと消えるから特に汚れるわけじゃない。
ただダンジョンに入って2日目だ。汗は出るし埃っぽい所を走り回っているからあちこち汚れてはいる。
それにさっきの戦闘のときの沼の泥水はどこかに消えたが、匂いがまだ体にまとわりついている気がする。
気持ちは分かるんだが。
「水浴びではだめですか?」
幸い、ダンジョンには水場が結構あるから水には不自由しないことが多い。
星見の尖塔も恐らく雨が何処かにたまっているんだろう。このフロアの壁や天井から水が滴ってきている。
これは泥水ではない、綺麗な水だ。
「湯あみがいい」
クロエがもう一度繰り返した。
冷たさは感じるが、高レベルなのに偉ぶった様子も無いクロエが初めて言う我儘だな。
「少し時間がかかりますよ」
「ありがとうございます」
◆
大き目の鍋にお湯を沸かした。
料理するときなら気にしなくていいが、湯あみだと湯加減も気にしないといけない。
水を差しながら温度を整える。
「もう少しお湯を貰えますか」
水が流れる音がして、結界の真ん中に吊るした布の向こうから声が聞こえた。
「はい」
大き目の器に入れたお湯を布の向こうに押しやる。
「見てはいけませんよ」
釘を刺すようにクロエが言う。
ダンジョン探索中は着替えたり水浴びしたりするときにお互いの肌かを見たりもするんだが。
ここまで気にする人は初めてだな。
華奢な体のシルエットが布に映っていた。
あの恐ろしい強さの
俺も重い剣を振り回す訓練はよくやっている。重いものを振る筋力があればより軽いモノは早く正確に振り回せるからだ。
現実的には、そういう地道な努力よりやはりレベルアップによるステータス向上の方が効果は大きい。
だが、それはそれとして、体を鍛えておけばよりその恩恵を活かせる、ということがレベルアップしてなんとなくわかってきた。
そう言う意味で毎日訓練をしていたのは無駄ではなかったな
◆
食事も終わった。
カンテラの明かりを絞る。この塔は天井が星のように光るから明かりが無くてもある程度は視界は確保されているから楽だ。
「見張りですが、今日も少し早めに起こしていいですか?」
「必要ない。貴方も休んでください」
クロエがこともなげに言うが。
「見張りはしないわけにはいきませんよ」
「
確信を持ったという感じの口調でクロエが言う。
この人は
ただ、俺のステータスの成長とかスキルの獲得について言ったことは間違っていなかった。
「だから安心して休んでスタミナを回復してください。この先、敵も強くなる。疲労を残されては困ります」
クロエが言うが。
とはいえ、今まで見張り無しで野営なんてしたことはない。二人そろって寝ているのは結構怖いぞ。
「休みなさい」
少しきつい口調でクロエが言って俺を見た。
ここまで言われると逆らえない。仕方ない。俺も寝袋にくるまって寝転がる。
クロエがそれを見届けるようにして目を閉じた……何事も無ければいいんだが。
◆
太陽の白い光で目が覚めた。
塔の壁に開けられたスリットから太陽の光が差し込んできている。
朝か。
どうやら何事もなかったらしい……まわりに足跡らしきものが残っているのが怖いんだが。
運が良かったのか……本当にこの結界を破れる魔獣はいないってことなのか。
「何事もなかったでしょう?」
クロエが当然って感じで声を掛けてきた。
「では、朝ご飯をお願いできますか?」
「ああ、はい」
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