第18話 殺し屋像

「ふぅ~、疲れた。たくさん買ってきたから重かったよ」

 蒼乃は、買ってきたコーラの入ったビニール袋を床に置いた。

「はいっ、コーラ買ってきたよ」

 蒼乃は、さっそく一本取ってちひろに渡す。

「何これ」

 しかし、ちひろは奇妙な物でも見るみたいにそれを見つめる。

「何これって、コーラだよ」

 蒼乃は言った。

「・・・」

 しかし、ちひろは蒼乃が買ってきたペットボトルのコーラを受け取ると、くるくる回しながらあらゆる角度からそれを訝しそうに、まるで初めて見る珍獣を観察するみたいに眺め回した。

「何か変?」

 ちひろの様子に蒼乃が訊いた。

「何これ?」

 ちひろが再び蒼乃を見る。

「何って、だからコーラだよ」

「コーラじゃない」

「えっ?」

「コーラじゃない」

「コーラだよ」

「ビンじゃない」

「えっ?」

「これビンじゃない」

「・・・、でも、中身は一緒だよ」

「違う」

「同じだよ。飲んでみたら分かるよ。それにこっちの方が安いんだよ」

「違う」

「同じだよ」

「違う。いつもの買ってきて」

 ちひろはぐずりだした。

「同じだよ」

「ダメ、違う」

 こうなるともうだめだった。ちひろはがんとして言うことを聞かない。

「ビンの買って来て」

「もう、子どもなんだから」

 思わず蒼乃はため息交じりに言った。

「子どもじゃない」

 そんな蒼乃に、ちひろはむきになって叫ぶ。

「それが子供なのよ」

 蒼乃は、呟くように言った。

「買ってきて」

「分かった。もう・・」

 蒼乃は一つ大きなため息をつくと、再び部屋から出て行った。

「まったく・・、もう、ちひろのバカ」

 蒼乃は、再び商店街へと向かった。


「うまいうまい」

 ちひろは小さな子供のように、蒼乃の作った料理をパクパク食べる。調理器具がないので出来合いの物を組み合わせて作ったかんたんな料理だったが、ちひろが喜んでパクパク食べてくれるのは、蒼乃にとって嬉しいことだった。

 蒼乃もソファに並んで、ちひろの隣りで、料理を食べる。やはり、いつになく不思議と食欲を感じて、蒼乃もちひろのようにパクパクと食べた。

 食べ終わると、ちひろは再びミーコ―をお腹に乗せてゴロゴロとテレビを見だす。

「・・・」

 そのあまりに怠惰な姿に、蒼乃は今度は拍子抜けするよりも呆れてしまった。

「私が見た映画とかだと・・」

 蒼乃が見た映画の主人公は、朝から筋トレをし、体に気を使い毎日牛乳を飲んでいた。もちろんタバコなんか吸わない。しかし、ちひろにそんなそぶりは微塵もない。

「トレーニングとかはしないの?」

 堪らず蒼乃は訊いてしまった。

「なんの?」

 しかし、ちひろは首だけを蒼乃に向け、呆けたように逆に聞き返す始末だった。

「いや、あの、殺しの?」

 蒼乃は、逆に自分に問うみたいになってしまった。

「しないよ。そんなの」

 ちひろはすぐに言い返した。

「筋トレとか」

「なんで」

「なんでって・・」

 逆に聞き返され、蒼乃の方が困ってしまった。

「牛乳飲んだりとか」

「牛乳嫌い」

 ちひろはものすごく顔をしかめた。

「バニラアイスは食べるのに・・」

 映画と現実ではこんなにも違うのか。蒼乃は、頭の中で勝手にイメージしていた殺し屋像の間違いを知った。

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