第4話 目撃
男性の前に立つ少女は落ち着き払った態度で、ガムを噛みながらその男性を見下ろしていた。それに対し、男性は少女に向かって右手を大きく上げ、その手で激しく何かを訴えているみたいだった。
「あっ!」
その時、蒼乃は驚愕した。蒼乃から反対側だったのでよく見えていなかったのだが、よく見ると男性の前に立つ少女の左手には拳銃が握られていた。それは黒く光り、少女の小さな体とは不釣り合いに長く大きかった。
「・・・」
蒼乃は息をのんで、その少女と拳銃を見つめた。
すると、まるで映画の一場面のように、その少女の拳銃を持った手は、ゆっくりと、そして、静かにその男性に向けて上がっていった。
「・・・」
蒼乃はそれをさらに息をのんで見つめた。その足元では、ミーコ―が、そのまったく緊迫した空気に関係なく、蒼乃の足先をぐるぐるとじゃれるように回っている。
そして、少女の持つ拳銃は男性の頭の眉間の位置で静かに止まった。男の表情が激しく動揺し、震えがまるで脱水している洗濯機のようにガタガタと一層激しくなった。口がパクパクと何かを言いたいのだがまったく言葉が出ないみたいに、音もなく魚みたいに動いていた。
「た、たす・・」
やっと男の声が出た。と、同時に、カスっというかすれた音が鳴った。
その瞬間、少女の前の男性は、突然物になってしまったみたいに力を失いその場に倒れた。
「・・・」
蒼乃は今、目の前で何が起こったのか、何が起こっているのか、全く理解できなかった。周囲は真昼間ののどかな昼下がり。しかも、普通に人の出入りしている公園。しかし、それは絶対に見てはいけない、絶対に関わってはいけない何かだということは、頭の片隅で分かった。しかし、蒼乃は痺れたみたいに、思考と体が止まってしまって、その場から動くことが出来なかった。
「あっ」
その時、ふいに少女が蒼乃の方を向いた。その瞬間、その特徴的な丸いサングラスの奥の少女の視線と蒼乃の視線がぶつかった。蒼乃は慌てて、木陰に全身を隠した。が、時はすでに遅かった。
「・・・」
蒼乃の頭はまだ痺れたままだったが、何とかここから逃げなくてはいけないと、その思考だけは浮かんだ。
蒼乃は慌てて、まだ足元にいたミーコーを抱え上げると、茂みを再び潜り抜け、もといた広場へと出た。広場は、相変わらずのどかな雰囲気だった。のんびりと散歩をしている人もちらほらといる。しかし、蒼乃の体は小刻みに震えていた。蒼乃は、何も考えられぬまま、そのまま、公園の中を突っ切るように走ると、公園から出た。
蒼乃は公園を出てもさらに走った。何か訳の分からない今まで感じたことのない言い知れぬ得体のしれない恐怖が蒼乃の背中を舐めるように襲っていた。蒼乃は必死で、そのまま走り続けた。
「あっ」
しばらく走って、蒼乃は、慌てていたのでミーコーを公園から連れてきてしまっていることに気付いた。ミーコーは今自分が置かれている状況など分かるはずもなく、とぼけた表情で大人しく蒼乃に抱かれている。
「どうしよう」
蒼乃は立ち止まった。蒼乃の家では絶対に飼えない。もしそんなことをしようものなら、あの母が何を言い出すか分からない・・。
しかし、またあの公園に戻る勇気はなかった。それにその辺に適当に置いておけば車に轢かれてしまうかもしれない。仕方なく蒼乃はそのままミーコーを両手で抱きかかえたまま、再び走り始めた。
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