28作品目

Nora

01話.[いまから作るよ]

「んあー……」


 結構早くに起きて1階に移動したら兄が机に張り付いて情けない声を出していた。


「なにをしているの?」

「あ、おはよう」

「おはよう、それで?」


 基本的に明るい人だから本当に珍しい。

 今日はもしかしたら雨が降るかもしれないから傘を持っていこうと決めた。


「うーん、今日大学に行きたくないなって、気になった女の子に声をかけたら嫌そうな顔をされちゃってさ」

「別にいいじゃない、どうせ関わらないで終わる人間ばかりなんだから」


 兄はあたしが高校へ行く準備をしている間も同じようなテンションのまま。


「行ってくるね」

「あ、ご飯は?」

「いいよ、朝ご飯を食べると調子が悪くなるから」


 これは嘘ではなくて本当のことだ。

 その朝食の内容がどんなものであれお腹が痛くなってしまうのだ。

 だから高校生になって兄の家に住ませてもらうことになってからは食べていない。

 兄は朝からたくさん食べるタイプ、逆にあたしと違って夜をあんまり食べないタイプだった。


「そっか、気をつけてね」

「お兄ちゃんもね、変にうじうじしていると余計に避けられるから気をつけなさいよ?」

「うん、ありがとう」


 外に出て鍵をちゃんとかけて。

 歩きながら考えていた、感謝をしたいのはあたしの方だと。

 別に両親と不仲だからとかではない、寧ろ仲が良かったぐらいだ。

 家だってそう離れていない。

 いつでも帰ることができる距離だし、帰ってきてって言われているぐらいだし。

 でも、こうするのが1番だった。


「おはよー」

「あ、おはよ」


 だって、あたしは兄のことが……。


莉月りづきは昨日の映画見た?」

「いや、あたしは寝ちゃったから」

「えぇ、せっかく地上波初放送だったのに」


 そういえばそんな宣伝をやっていた気がする。

 正直に言って、テレビなんかよりも動画投稿サイトを見ていた方が有意義な時間を過ごせるからだ。

 ま、それすらもあんまりしないけど、あたしが自ら見ることはないということだ。


「そういえばさ、さとるさんはなにしているの?」

「なにしているのって、家事とかでしょ」

「いいな~、私もお姉ちゃんの家で暮らしたいっ」

「お父さんと仲悪いんだっけ? それだったらそうかもね」


 いくら兄目当てなのだとしても両親と会えなくて寂しいときもある。

 だから土曜日には帰るようにしていた、そうしたらすっごく嬉しそうにしてくれるからいい。

 つまり、今日が帰る日ということだ、半日の学校が終わったらそのまま行くつもりでいた。


「櫻井」

「珍しく早いのね」

「おはよう」

「うん」

「あっ、私は先に行ってるねーっ」


 はぁ、なにがあるというわけじゃないのに余計なことを。

 彼、新田修一しゅういちとは中学生時代からの仲だ。

 お互いにソフトテニス部だった、それで関わる機会がそこそこあったというだけ。

 先程の子、藤森静香しずかはバスケ部に入っていてエースだった。

 ま、本人は静かな感じは微塵もないけど、明るくないと違和感しかないからそのままでいてほしいと考えている。


「なあ、テニス……もうやらないのか?」

「あれは中学校の決まりで入部しただけよ」

「だったら、なんでわざわざテニスを」

「なんででしょうね、決して楽そうだったからとかそういう理由じゃないわ。でも、テニスのことが本当に好きな人とは違ったから勝てなかったんでしょうね」


 ひとりでやれるのが良かったのかもしれない。

 誰かと協力して上を目指すなんていうのは本気の人間だけがやっておけばいいのだ。

 野球やサッカー、バレーにバスケ、全部誰かと協力してやらないといけなかったから選択肢にすら入ってこなかった。

 で、卓球や陸上なんかもあったけど、一応その中ではびびっときた感じではあるのかな?

 残念ながら勝てることはなかったけどね。


「逆にあんたはすごいわね、高校でもちゃんと入部して」


 静香もバスケ部に入っているからすごいと思う。

 あ、いや、すごいと言うよりも素晴らしいと言うべきか?

 なにかを好きになって、高校に入ってからもそれに時間をかけるのは大胆な選択だから。


「真剣にやっているからな」

「これからも頑張って」


 席に着いて今朝の兄みたいにんあーと張り付いていた。

 なにか問題が起きないように真面目にやっているつもりだけど、土曜日にも登校するのは違うと思うんだ。

 それが例え半日であっても、いや、半日だからこそ引っかかるというか。


「櫻井、今日の夜って時間あるか?」

「あ、実家に帰るけどそっちに来てくれるならいいわよ?」


 部活動に所属している人達は今日も部活があって元気良く活動するのだから偉い。


「じゃ、19時頃に行く、そのつもりでいてくれ」

「分かったわ」


 こういうことは初めてではないから驚く必要もない。

 好きな両親とゆっくりと過ごしておけばいいだろう。

 兄も夕方頃に来てくれることになっているから問題もない。


「莉月ー!」

「ぐぇっ、も、もう、なによ……」


 相手とぶつかりあっても一瞬ぐらつくだけで体勢を保持できる彼女にぶつかられたらどうしようもなくなる、体幹というのが強くないからこちらは影響出まくりなのだ。


「私も行くねっ」

「いいけど、どうせ来るなら新田と一緒に来なさい、そうじゃないと不安だから」

「分かったっ、よろしくね!」

「おう、部活終了時刻は似ているからな」


 はぁ、早く兄と会いたい。

 だから早く夕方になってほしかった。




「えっ、今日はそっちで過ごすの?」

「うん、友達が来ちゃってさ」


 ががーん!? まさかこんなことになるなんて。

 ごめんと謝ってきている兄に大丈夫だと答えて電話を消した。


「もしその友達が女の人だったら?」


 終わりだ、だってどう考えても友達と上手くいった方がいいから。

 あたしがこの気持ちをぶつけてしまったらいまある関係を壊すことになってしまう。

 何気に母はこのことは知っているからひとりで抱え込まずにいられるのはいいけど……。


「やっほー、来たよー」

「静香、今日お兄ちゃんは来られないみたいよ……」

「えっ、それで莉月は耐えられるの?」

「ま、まあ、そこまで子どもというわけじゃないから」


 後ろにいた新田にも挨拶をして上がってもらう。

 飲み物を渡して、今度こそ本気で兄と同じように机に張り付いた。


「あぁ……」

「どれだけ好きなんだよ」

「いやあるでしょ? いきなり予定が変わってあぁ……ってなるの」


 さすがにそれでも来てだなんてわがままを言うことはしない。

 あたしももう高校2年生、すぐにとはいかなくても切り替えを上手くできる人間だ。


「ま、あるけどな、これから部活ってときに雨が降ってきてできなくなるときとか」

「私はその点、室内でできるからいいけどね」

「でも、男女どちらともバスケ部があるから大変だろ?」

「あー、それはそうかも、男の子が使っているときは屋根の下で筋トレとかするからね」


 あたしは筋トレが1番大嫌いだった。

 だって苦しいだけで成果が見えないから。

 ふたりが運動部あるあるを語り合っているのをじっと見ていることに集中。

 んー、これじゃあここに来た意味がないとしか言いようがないぞ。


「新田くんはどうして莉月の家に来たの?」

「ああ、今度練習に付き合ってもらおうと思ってな」

「どこでやるの?」

「コートを予約すればただで使えるところがあるからそこかな」


 壁役ぐらいならあたしにもできる。

 速すぎる球には反応できないかもしれないけど、打ち返すだけでいいなら構わない。

 たまには運動をしておかないと太るし、楽しくやる分には嫌な感じもしないから。


「いいなー、ただで使えるバスケットコートなんてないしなあ」

「たまにゴールだけは設置してあっても低いところが多いからな」

「そうそう、それに近くに住宅があるから騒音の問題を気にして集中できないからね」


 バスケットボールの音は鈍く響くから問題になりやすいみたいだ。

 だからボール使用禁止とかなんとか書かれているところが既にたくさんある。

 外で遊びたくても大人が駄目って決めていたらそれはゲームとかばかりになって当然だろう。


「関わらない人からすればただのうるさいことでしかないからね、難しいよね」

「そうだな、練習できるところも限りがあるしな、部活動のときだけじゃ全然足りないし」


 結局、話題を変えようとしてもそこに戻ってくるのかと苦笑していた。

 目的は果たせたことになるからもうこっちのことなんて興味がないのかもしれない。

 ……お願いだから可愛いとか綺麗な女の人じゃありませんように。


「さてと、私はそろそろ帰るかな、お腹空いた」

「気をつけなさいよ?」

「うん、また明日……月曜日にね!」


 何故か新田の方は当たり前のようにソファに座ったまま動かず。


「あんたは帰らないの?」

「櫻井と全然話せてないからな」

「あんたが静香と盛り上がってるからでしょうが」

「藤森と話すのは嫌いじゃないぞ」


 あたしは静香といるのが好きだ。

 あの子が元気でいてくれるとこちらも元気に楽しくいられるから。

 何気に新田といるのだって嫌いではない。

 ラインというのをしっかり分かっているし、毎日声をかけてくれるからだ。

 ただ、何度もテニスをやらないのかって誘ってくるのは微妙かもね。

 あたしが他の誰よりもやる気がないって見ていて分かったはずなのにどうしてだろ。


「あ、さっきの話だけど、別にいいわよ? 打ち返すぐらいならあたしにもできるし」

「おう、ありがとな」

「あの近くのコートよね?」

「そういうことになるな、来週の日曜日に利用できるよう予約してあるから」

「分かった」


 ということは珍しく朝やお昼からということか。

 新田といつも会うのは部活が終了してからだったから少し意外だ。


「ある程度運動しやすい服装でな、靴もか」

「あとサンバイザーもね、全部残しておいて良かったわ」

「そりゃ捨てないだろ、結構費用がかかっているんだから」

「そうね」


 ただ楽しくわいわいやる程度ならテニスは好き。

 遊びならまたやる機会もあると思って部屋に大事に置いてある。

 3年間付き合ってくれた道具達だからね、なかなか捨てられないよねという話。


「流石にこれ以上は迷惑だろうから帰るわ」

「うん、気をつけなさいよ?」

「おう、それじゃあな」


 ご飯は食べ終えているからお風呂に入って寝よう。

 明日の夕方頃まで帰るつもりはないけど、1秒でも早く会えるようにしたかった。




「こんばんは」

「え、あ、こんばんは」


 家に帰ったら大きい男の人がいて困惑しつつも挨拶を返す。

 でも、良かった、兄の友達さんは男の人だったらしい。


「これ以上長居しても迷惑だろうから帰るわ」

「うん、じゃあまた明日ね」

「じゃあな」


 ただ、兄の友達にしては圧が強いというか、似合わないというか。


「莉月? なんで立ったままなの?」

「あ……あたしはてっきり、女の人だと思ってた」


 もしそうでもそれは兄の自由だ。

 寧ろあたしがいるせいで自由にできないということなら実家に帰るというのもいい。

 迷惑をかけたくてここにいるわけではないから。

 で、現時点で足を引っ張っているというか自由度を狭めているだけというか。

 だってやると言っても家事をやらせてくれないから、兄が全てやってしまうからだ。


「一応友達はいるけど、家には連れて来られないよ」

「別に変な遠慮をしなくていいでしょ、仲良くすればいいと思うけど?」

「少なくとも莉月がいるときじゃないと無理だよ、警戒されて終わるだけだからね」


 確かにあたしがいないときはひとり暮らしということになるから異性側もなかなか行きづらいかな? 例え兄のことを信用していたとしても、裏では、家ではどのようになるのかは分からないから。


「……来てほしい人がいるの?」

「うーん、別に大学に行けば話せるからね、家に来てほしいまでではないかな」

「仮にそうなっても遠慮しなくていいから、空気を読んで実家に帰るからさ」

「ありがとう、だけどそんなときがくることはないよ」


 そんなの分からないじゃない。

 人間なんてすぐに意見が真反対に変わるのが常だ。

 それに……彼女が欲しいって何度も言ってたから可能性を感じれば積極的になるはずで。

 もし誰か特別な人ができたら見たくないから逃げるしかない。


「ご飯はまだでしょ? いまから作るよ」

「あたしもやるわ」

「いいって、歩いて行ける距離だけどちょっと離れているからね、休憩していてほしい」


 兄に迷惑をかけないようにと中学時代から家事を頑張って手伝っていたのにこれか……。

 なんか悔しい、兄の中のあたしはなにもできなかった小学生時代のままのようで。


「……もっと使ってほしいわ」

「莉月がいてくれているおかげで毎日楽しいからね、いてくれるだけで十分だよ」


 この短距離ならわざわざひとり暮らしをしなくてもいいと思うけど。

 そうすれば両親がいてくれているうえに兄もいてくれるという元の生活に戻っていい。

 それこそわざわざ家に帰るためにあんまり歩かなくていいことになるわけだし。

 なんでだろう、兄は必要なことだからと教えてくれたけどさ。


「母さん達、元気だった?」

「うん、いつもと変わらない感じ」


 朝も昼も夜も変わらない、ずっと明るい状態のままなよう。

 これまた静香と同じで暗かったら違和感しかないからそのままでいてもらいたい。

 

「今度の土曜日は僕も行くよ」

「うん、お母さん達もそうしてくれた方が嬉しいだろうから」

「そういえば日曜日って時間あるかな?」

「あ……日曜日は新田とテニスをやるって約束してて」


 いくら兄がなにかに誘ってくれようとしているとはいえ、約束はちゃんと守る。

 適当なことをしていたら人は離れてしまう、嫌われることだけにはなってほしくなかった。

 それにどうせ無理なことだから友達を優先しておいた方がいいだろうし。


「それは残念だな、映画のチケットを貰ったから莉月と行こうと思っていたんだけど」

「さっきの男の人を誘って行けばいいじゃない、女の人でもいいし」

「そうしようかな」


 妹なら兄が本当に幸せになれるよう応援をするべきだと思う。

 余計なことを言って優しい兄の邪魔をしてはならない。

 表に出して気づいてもらおうとするのも駄目だ、これはあたしと母だけが知っていればいい。


「それより日曜日に誘うって結構大胆なことをするんだね」

「新田は普段は部活があるから、日曜日ぐらいしか自由なときがないのよ」

「それなのに日曜日もテニスだなんてすごいね」


 本気で上を目指しているからこそできること。

 あたしには無理だった、学校でやっているだけで満足してしまっていた。

 勝てなくても悔しくなかった、なんなら練習だけで試合に出られなくていいと思った。

 けど、新田や周りの子はずっと真面目にやれていて、少し羨ましくなったのも確かだ。

 あたしもそれぐらいなにかを好きになってみたいと。


「……お兄ちゃんも来る?」

「新田君が嫌でしょ、どうやら莉月のことを気に入っているようだからさ」

「新田のは多分、そういうのじゃないでしょ」


 ……兄が好きで兄といたがっている自分と似ているかもしれないけど。

 だって新田はすぐにあたしのところに来るから、同じクラスなのも強く影響している。

 何度も何度もテニスに誘ってくるのは分からないけど、少なくとも嫌われているわけではないことだけは分かっていた。

 そうでもなければ遊びに行こうとか言わないだろうから。


「莉月は新田君じゃないからね、隠していることだってあるかもしれないよ?」

「ま……好かれて悪い気はしないけど」


 兄と同じで優しくしてくれるし、雰囲気が柔らかいから一緒にいるのも嫌いじゃない。

 真面目にやっているときは素直に格好いいと思ってしまうぐらいで、……こちらには断じてそういう気持ちはないけど! ま、女の子が新田くん格好いいって言う理由は分かるかなって。


「でも、運動をしなければならないのは確かなんだよね、一応連絡先は交換しているから言ってみようかな」


 え、いつの間にそんな……。

 その友達の兄とする必要ってある? いや、ないよね?


「あ、ご飯は出来てるから食べてていいよ」

「待ってる、急いでも意味ないから」

「そう? じゃ、すぐに済ませてくるね」


 多分、新田は許可をする。

 練習相手が多ければ多いほど、少しはマシな時間を過ごせるから。

 癖は人によって違うし、あんまり慣れていない人相手にならその斬新さに対応しようと頑張れる……かもしれない。

 単純にボールを拾ってくれる人がいるというのも大きい。


「いいって、だから僕も行かせてもらおうかな」

「うん、ラケットはあたしの貸すから」

「うん、ありがとう、じゃあ食べようか」


 新田が大人気なく本気で打ったりしませんように。

 そうすれば上手く対応できて兄に情けないところ見せなくて済むからね。

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