クコ島襲撃

 雲ひとつない晴天。

 海の青さも眩しい南国の島であるクコ島は、今や大波が襲う惨状となっていた。


 島の周りを泳ぐように時折シーサーペントの長い胴体が海上に見える。

 それによって発生した高波が小さな島の海岸に迫り、地上のものを建物ごと海へ連れ去っていく。


「早く逃げろ! 島の中心部に!」


 クコ島に住まうのは犬の獣人、ワワ族の男たちが魔術による結界で高波を防ぎながら、逃げ遅れた同族たちを助けていた。


「……う、うあああああ!?」


 だが、その希望すら叩き潰すように、シーサーペントの尾が結界を砕いた。

 ……元より亜人種というのは獣由来の驚異的な身体能力こと持つが、魔法や魔術の類はあまり扱えない。

 高波を防ぐだけで精一杯であり、一級の魔物であるシーサーペントの攻撃は耐えられなかった。


 尾の一撃で数名が吹っ飛んでそのまま海に落ちた。

 さらに抑えていた高波が島の内部に迫り来る。


「……なんだあれは!」

「船が……飛んでる!?」


 高波が島に押し寄せたその時、その高波に乗り、飛ぶようにして島に向かってくる一隻の船があった。


「――《防御障壁プロテクション》!」


 その船から一人の人間が岸辺に飛び降り、詠唱と共に結界が展開された。

 その結界はワワ族の魔術師が作り出した結界よりも強度が高く、範囲も広い。

 島を飲み込みそうなほどの高波を防いだ。


「た、助かりました……! あなたはもしや、あの英雄ロアードですか……?」

「ああ。援軍に来た」


 黒髪に紫の目。地竜から授かった黒い大剣を手にした冒険者。

 邪竜殺しの英雄――ロアードだ。


「英雄だ! あの英雄ロアードが来てくれたぞ!」


 英雄の登場にワワ族は絶望から一転して希望を得た。

 歓声に吠えるワワ族。


「ロアード様!」


 先程高波で飛んでいた船が岸辺に着水する。

 リュシエンが風の魔法でうまく着水の衝撃を和らげたことで船体のダメージはない。


「ファリン! ミレットと共に負傷者の救助と治療を任せたい!」

「分かりました、ロアード様! ミレット様、お願いします!」

「ガウ!」


 ミレットは元の大きさに戻ると、ファリンを背に乗せて素早く船から島に飛び降り、水面を走っていく。


「リュシエン、お前は島の防衛を頼む」

「ロアード様はどうされますか?」

「もちろん、シーサーペントの討伐だ」


 ロアードは沖を睨む。

 島の外側の海面は荒波が立ち、流された建物と人、そして銀の鱗が輝く長い胴体が時折見えていた。


「では任せたぞ――《脚力強化スピードアップ》」


 ロアードは島の防衛を任せると、すぐに水面を飛ぶように走っていく。

 火竜のマグマの海の上にさえ立っていた男だ。

 大しけの海であろうと、走ることができる。


「――そこかッ!」


 弾丸のように飛び出したロアードは、大海蛇の頭を捉えた。


 ――ガキン!

 金属同士がぶつかったような音と共に衝撃で海水が飛ぶ。


「シーサーペント……随分と硬い鱗があるようだな?」


 大剣を弾いたのは金属のように硬い鱗だった。

 続けて攻撃しようとするが、尾が叩き付けられた。


 天にも届く水柱が立ち上がり、高波が再び起こる。

 ロアードは尾の一撃を喰らわなかったが、激しく揺れ動く高波に巻き込まれないようになんとか走っていた。


「……!?」


 だが、水面を走っていたロアードが躓いた。

 いや、足が掴まれたのだ。

 掴まれた足から引き込まれるように海の中に落ちた。

 水の中は水面の高波以上に荒れていた。

 方向感覚さえ鈍りそうな激しい流れの中で、それでもロアードは海の中の状況を把握する。


「……水生族か」


 ロアードを海の中に引き摺り込んだのは……半身が魚の姿をした人魚、水生族だった。

 人魚と言っても美しい外見を持ち美声を披露するような女性ではなく、屈強な肉体と槍を手にした男の人魚だ。


 それが複数。そう、ロアードは彼らに水中で包囲されていた。

 ……事前に水中呼吸のポーションを飲んでいてよかったとロアードは思う。


 必要と感じ、事前にファリンに頼んで調合してもらったものだ。

 さすがファリンのポーションだ。彼女のポーションはどれも高品質であり、効果も強い。

 この水中呼吸のポーションも、事前に飲んでおけば一時間も効果があるという。

 その辺に出回っているポーションは五分も持てば十分な性能、その効果の高さは歴然だ。


 呼吸を意識する必要がないため、戦うことに集中できる。

 おかげで包囲される中でも、ロアードは見逃さなかった。

 ロアードを包囲している人魚以外は水中に落ちたワワ族たちを連れてどこかに運び出していたのを。


「……チッ」


 彼らを止めようとするも、他の水生族の攻撃される。

 いくら呼吸ができようと、水中での戦闘は水生族のほうが有利であり、大剣を振り回すのすら一苦労だ。

 だが、脅威は水生族だけではない。


「キシャアアアア!」


 大口をあけたシーサーペントがロアードを飲み込まんと迫る。

 だが、ロアードは剣を縦に突き刺し、口が閉じるのを防いだ。


「――《防御障壁プロテクション》!」


 魔術も魔法も詠唱を必要とする。

 声に魔力を乗せて詠唱するため、水中であっても詠唱はできる。

 だが水中で上手く発音するには難しく、相当な修行を要するものだ。


 一級冒険者たるロアードの詠唱は問題なく、水中でも問題なく魔術は構築された。

 自身を守るように結界を展開し、押し広げていく。

 しかし、シーサーペントの咬合力は強い。

 抵抗はされたが、その一瞬のうちに口内からロアードは脱出した。


「ロアード様! お乗りください!」

「リュシエンか!」


 なんとか海上に戻ったロアードの前に、船を操舵してきたリュシエンが現れ、彼を甲板まで引き上げた。


「あなた様がシーサーペントを引き付けてくれたので、その間に島の防衛網は立て直せました。避難も完了しております」

「さすがだ、仕事が早いな」


 クコ島の立て直しが出来たのはリュシエンとファリンのお陰だ。

 リュシエンが防衛の穴を埋め、ファリンが負傷者を癒し、不足していた人員を戻した。

 これによりクコ島はワワ族だけで防衛できるようになったため、リュシエンたちはその場を彼らに任せて、ロアードの補助にやってきたのだ。


「要救助者はそちらに! ミレット様、その患者様はこちらに連れてきてください!」

「ガウ!」


 甲板には救助されたらしきワワ族がファリンの治療を受けていた。

 彼らを救助もしながらロアードの元に来たのだろう。

 今も一人、海上を走り飛んできたミレットに救助されていた。


「ならば、あとは討伐だけだが……」


 だが、簡単には行かなさそうだ。

 海という、相手の得意領域で戦わなければならないのだ。

 しかも、水生族が隙あらば邪魔をしてくる。

 たとえ一対一でシーサーペントと戦っていたとしても、あの硬い鱗は厄介だ。


 どう対処するべきか――考えていた、その時だ。


「砲撃……!」


 遠くから激しい音が轟き、周囲にいたシーサーペント、水生族、そしてロアードたちに砲弾が飛んできた。

 船に直弾はしなかったが、衝撃の波で船が揺れた。


「撃て撃て、撃てぇ! あの大海蛇どもに目にもの見せてやれっす!」


 怒号共に砲撃が連続する。

 古代遺物アーティファクトの大砲特有の、紫の魔弾の光の筋を残しながら飛んでいく。


「あれは……海賊船か?」


 砲撃をしてきたのは――沖合に新たに現れた海賊船だった。

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