花に見送られて

 ――そのエルフの村の中央には大樹がそびえ立っている。


 百年ぶりに見える晴天の元で、大樹は白い花を咲き誇らせていた。

 白く色づいた花は甘い匂いがし、大樹の根本にいても分かるほどだ。


 その大樹の下に一人のエルフの少女がいた。

 彼女は祈るように手を合わせながら、大樹の花を眺めていた。


「ファリン~お待たせ~!」

「リアン様」


 大樹の元で祈っていた少女――ファリンが振り返る。

 水色のセミロングの髪をなびかせて、こちらに向かってくるリアンの姿があった。

 まるで初めて会った時のよう。だけど違うのはたぼついた服は着ていないことだろうか。


「みてみて、これ! リュシエンが作ってくれた服だよ!」

「まぁ! リアン様、すっごくお似合いで可愛らしいですね!」


 くるくるとはしゃぎながら、服を見せてくるリアン。

 白と青を基調としたローブワンピースだ。

 少女らしい彼女に似合っているが、どこか水竜らしい荘厳さすらある。


「リュシエン、料理も出来て裁縫もできるなんてすごいね。これはもう、お兄ちゃんじゃなくてママなのでは?」

「誰がママですか。やめてください」

「まぁとにかくありがとうね、リュシエンお兄ちゃん!」

「さっきも言いましたが、私なりのあなたへのお礼ですから……あとお兄ちゃんもやめてください」

「えーかわいい妹が増えるだけなのにーけちー」

「妹は一人で十分です」


 ぶーぶーと文句を言っているリアンはさておいて。

 リュシエンがリアンに対して感謝しているのは本当で、何かしらお礼がしたいと言われたのだ。


『別にお礼はいいんだけどなー……あっでもしいていうなら服がほしい。できれば可愛い服!』

『服ですか……? そんなのでいいのですか?』

『そんなのじゃないよ! 実に重要だよ! だってこんな美少女なんだよ!! せっかくの美少女なのに可愛い服を着ないのは損だよ! 大損だよ!!! 当たりくじを交換しないくらいに愚かだよ!』


 そんなふうに熱弁するリアンの姿を見て『あっこれは服を用意しないとやばいな』と思ったリュシエンが速攻で用意した。


 この村に服屋というものはなく、基本的に各自の家で作っている。

 ファリンの服も彼が作ったのらしい。リュシエンは手先が器用で得意なようだ。

 そんな彼はリアンの要望を聞きつつ、可愛い服を作ってくれた。


 エルフ族の服はこの村の特産品の一つ、水カイコの繭から作られた絹を使われるのが一般的でリアンの服もそれだ。

 水の中でも生息できるように進化したカイコ。

 その繭から作られた絹は防水性に優れており、この水上で生活することとなったエルフたちに重用されていた。

 また水の元素も宿っているため防火性も高く、布自体の肌触りも良いことから高級品として市場で売買されている。

 普段は多種族と交流をしないエルフ族であるが、村に必要なものがなくなれば外から物を仕入れるしかない。

 そういったこともあって定期的に百花酒などを売っているのだ。


「それにしても綺麗に咲いたねー」

「ええ、本当に……。今年はもう見れないものかと思っていましたよ」


 生贄となるから、もう見る機会はないのかもしれないとファリンはどこか諦めていたようだ。

 だが生贄となることなく、こうして百年ぶりに花を見ることができた。


「……花が枯れるまで村にいようか?」

「いいえ。もう十分ですよ。……それにわたしは昔からお兄様のように旅に出てみたかったので、はやく行きたい気持ちでいっぱいです!」


 兄から旅の話をいくつか聞いたことがあった。その話を聞く度に世界はなんて広いのだろうと、そんな場所があるなら行ってみたいとファリンは思ったものだ。

 だがこの村に雨を降らせてしまった自分にはそんな資格はないと思っていた。

 自分には願いを叶える資格なんてないと……。


「ねぇ、リアン様。……わたしはいいのでしょうか。旅に出たいという願いを抱いても。それを叶えてしまっても……」

「いいに決まってるじゃないか。もし、許されないのだと思うなら私が許すよ。水竜たる私がね。もしもファリンが後悔したなら、その時は私のせいにすればいい。許したのは私だから」

「……ありがとうございます、リアン様。でも後悔しても、あなたのせいにはしませんよ」


 リアンの言葉にふわりと笑ってファリンがまた大樹を見上げる。


「お父様、お母様……行ってきます」


 そして大樹から離れようとしたその時、ふと大樹の花が落ちてきた。

 ひらりひらりと、ゆっくりと落ちてきたそれはファリンの手の中に収まった。

 彼女の手のひらよりちょっと大きな白い花で、五枚の花びらは崩れず綺麗に揃ったままだ。


「……これは」

「もしかしたから餞別かもね」


 大樹からか。それとも両親か。

 分からないがリアンの言う通り、その花からは特別な想いが感じ取れた。


「ね、ちょっとそれ貸して?」

「いいですよ」


 リアンはファリンから花を受け取った。

 そして手のひらの中で花に宿る水分を全て取り除く。


「そのままだと枯れるだろうからね。ドライフラワーにしておいたよ」


 それから花を守るように薄い膜の水を張る。

 これで外の空気とも触れないので劣化も防げるし、ちょっとやそっとの衝撃も水が吸収するので、壊れることもない。


 その花をファリンの髪に差し込む。

 金色の髪に白いその花は映えていて、ファリンによく似合っていた。


「うん、よく似合ってて可愛いよ。このまま髪飾りにしたらどうかな?」

「リアン様……ありがとうございます! そうします!」


 ファリンは髪に飾られた花に触れながら、ちょっと照れた様子で嬉しそうに笑った。



「水竜様、此度は本当にありがとうございました!」


 村を出るリアンたちを長老衆たちはもちろんのこと、村人総出で見送ってくれた。

 どこか彼らの表情がちょっと安堵している気がするが……まぁ突っ込まないでおこう。


 あと村人の中に一人、何やら全身痣だらけでリュシエンのほうを見る度にビクついているエルフがいたがそれも突っ込まないでおこう。

 なんとなく腫れ上がったあの顔には見覚えはあるけれども。

 きっとほら、模擬戦で不慮の事故とかあったに違いない。


「ギョギョー!」

「あっヌシちゃん! 見送りに来てくれたんだね!」


 湖の中から巨大な魚……ヌシちゃんが現れた。

 数日この村で過ごしていたのだが、その間にヌシちゃんと会って遊んだりしていた。

 その時に他にも大量の服が湖に落ちており、それをヌシちゃんが持ってきた時は村人たちは驚いていた。

 なんでも結構前から返したかったそうだが、話が通じないのとヌシの姿を見る度にエルフたちは怖がって逃げていたため、返す機会が今までなかったそうだ。


「ヌシちゃん、元気でね。そしてエルフの人たちと仲良くねー!」

「ギョー!」


 リアンがヌシちゃんの頭を撫でてやれば嬉しそうに跳ねて返事をする。


「……そこのエルフの人たちも分かってるよね?」

「は、はい! もちろんでございます!」


 どこか圧をかけてリアンが言えば、長老たちがビクビクしながらも答えた。

 リアンは一つ、彼らに言い渡していた。

 それはヌシに定期的に供物としてタオタの実をあげるように、というものだ。


 これはちょっとしたエルフの村に対しての制裁だった。

 ファリンに対して理不尽な行いを大なり小なりしていた彼らへの。


 もしもヌシちゃんの機嫌を損ねようものなら、リアンの怒りを買うぞと半分脅すように言い渡してある。

 何かしら供物を捧げないとリアンの怒りが飛んでくると思わせられればよかった。

 ヌシちゃんにも利益があるようにしたのは、その後思いついたものだった。

 あとリュシエンから討伐する予定だったと聞いたのもあって、ヌシちゃんの安全も確保するためでもあった。


(水竜が怖いなら怯えているといい。ありもしない悪意の影にずっと怯えているといいよ)


 彼らはこれから水竜の力を恐れながら暮らすことになるだろう。

 恐怖の感情が連続すれば精神的に疲れるものだ。それがリアンが生きている限り続く。


 ヌシちゃんはそんなことは知らず、むしろ好物のタオタの実がもらえるとあって嬉しそうだった。

 なんでもタオタの実は殆ど木の上になり、その殆どはエルフたちが採っていたためあまり落ちてこず、なかなか食べられなかったそうだ。

 ヌシちゃんへの供物の量はエルフの村の負担にはならない量なので、問題はないだろう。


「さぁそろそろ出発するとしようか!」

「あの……リアン様。一つ聞いていいでしょうか?」

「なに、リュシエン?」

「……彼らはなんですか」


 リュシエンが指を差す方を見る。そこにはあの水竜の使徒を騙っていた盗賊団の一味がいた。

 彼らはきちんと縄で縛られて纏められている。


「話を聞いたら他にも仲間がいるみたいでね。それで他の場所でも水竜の使徒を名乗っていろんな場所から供物を強請っていたみたいなんだ。――だからこれから彼らのアジトに乗り込んで潰しに行こうと思う」

「まぁそうでしょうね……えっ?」


 リアンの話を前半部分には頷いていたリュシエンだったが最後の言葉にはびっくりしたようだ。


「アジトを……潰しに行く?? えっ今から???」

「うん、今から。村を出たら真っ先にしようと思ってたんだ。だって先代を騙って悪さするような盗賊だよ? 放って置けるわけないじゃん」


 当然でしょ? とばかりに言ってリアンは竜の姿に戻る。

 その際にリュシエンに作ってもらった服は体の一部として大事にしまい込むのを忘れない。


 ここ数日は自分の力の把握をしていたリアンが新たに発見したことだった。

 ちょっとしたものなら体内に物をしまい込めてしまうらしい。


 別に肉体に物を埋め込んでいる感じではない。

 そもそも水竜の体というのは元素の塊のようなもので、他の生物とは作りが違う。

 リアンの感覚的にはポケットに物を入れているような感じだそうだ。


「二人とも背に乗って。ひとっ飛びで行くよー!」

「ほらお兄様、行きましょう!」

「あっ……はい。そうですね……」


 ちょっと混乱気味のリュシエンの手を引きながらファリンたちが背に乗った。

 リアンが大きな翼を広げ、羽ばたけば湖の水が波立つ。

 そのままゆっくりと上空へ飛び上がった。


「ひっ……下ろしてくれ!」

「うわぁ……俺高い所苦手なんだって……!」


 リアンの前足には縄が括り付けられており、それはあの縛られた盗賊団たちに繋がっていた。

 数珠つなぎに吊るされるようにして彼らも空に上っていく。


 眼下には青い空を映した湖と白い花を咲かせた大樹。

 そして周りに紅樹林のエルフの村が見えた。

 景色は結構いいが、吊るされた盗賊たちには楽しむ余裕はなさそうだ。


 エルフの村の人々が見送るように手をふる。

 ヌシちゃんも湖の上で跳ねて見送ってくれた。

 応えるようにリアンは湖の上を一周してから、離れていく。


 まず最初に向かうのは盗賊団のアジトだ。

 先代の悪評を利用し、物を奪う奴らを潰さなくては。


(先代が邪竜じゃなかったら、こんな盗賊団も現れなかったんだろうけどなぁ)


 これ以上の迷惑行為をしていなかったらいいのになぁと思うリアンだった。

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