第25話 待ち伏せ

「ごきげんよう、土岐美里亜(とき・みりあ)先輩。時に先輩、ご存じですよね。この建物、ホストクラブなんですよ。」

 裏口をくぐり抜け、駐車場へと出たばかりのお嬢様--土岐美里亜--に声をかける生徒会長。

「図ったなぁぁぁぁっっ! 姉小路エリィィイーぜぇぇっ!」

 等と言う無駄口を叩く者などこの世界にいない。

 某大佐とも、某少佐とも無関係に相違ない。

「勿論、図らせて頂きましたわ。先輩が、……いえ、土岐家が、多数の内通者を、学校内に潜ませていた為、簡単な事ではありませんでした。が、ようやく尻尾を掴むことができました。」

「つまり、ホストクラブに出入りしていた事実で、退学に追い込むつもりか。」

 等と言う無駄口を叩く者などこの世界にいない。

「芸術的な、策略でしょう。確かに、下諏訪先輩は、1年間の休学届を提出しました。勿論、先輩の内通者達には、その旨、伝わっています。が、必要な捺印が、不足していますよ。」

「つまり、校長先生は、生徒会長の内通者だから、判子を押してない。よって、下諏訪の休学届は、正式には、受理されていない。そう言う事か。」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。

「勿論、学年主任と、担任の捺印は、済んでいます。後は、先輩が勝ちを確信し、羽目を外してくれるでしょう。このお店を紹介したのも……これ以上説明するまでも、ありませんよね。」

 まるで、学年主任と、担任は、土岐家の内通者だと言う事実を、知っているかの様な口ぶりの生徒会長だった。

「姉小路が、入学するまでは、土岐が、生徒会長だった。だが、明け渡す結果になった。それ程、『予知能力』は、強力だったのか。」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。

 ちなみに、この状況、英国式推理物なら「犯人はお前だ!」等でお縄につく所です。

 米国式の場合、銃撃戦が始まる所です。

 ですが、この物語は、それら、どちらでもありません。

「何だ! そのどうでもいい比較は!」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。

 この時、半開きにした扇を、閉ざす音が響いた。

 瞬間、土岐美里亜の姿が、かき消えた。

 途端、車の陰から実体を伴う黒い影が、飛び出す。それは、生徒会長の前で防御姿勢を取る。

「大丈夫っす?」

 黒い影が、背後に守る生徒会長への発言だ。

「さら、残念。『挑発して、先に手を出したのは、土岐先輩だから正当防衛』の作戦、見抜かれてしまいました。」

 よく見れば、土岐美里亜は、半歩しか前進していない。生徒会長の言う通り、誘い込んだものの、それを見透かしての行動だ。

「直子さん、相変わらず、かくれんぼは、上達しませんね。」

「すんませんっす。」

 黒い影……珈琲牛乳色の肌、大柄ですらしとした手足、天パの黒髪に高い鼻の美人だ。既に、防御姿勢を解き、自然体になっている。

 ちなみに、黄色に黒い線の入ったジャージの上下着用。

「ですが、エリー、彼女からお酒の匂いするっす。今、取り押さえれば、結果は同じっす。」

「あら、そう。……ご存じとは、思いますが、紹介致しますわ。三木直子さん、私と同じ年で、幼馴染。女子柔道部所属。昨年、団体でIH出場。個人で2位になりましたのよ。」

「ご紹介に預かりました、三木直子っす。土岐先輩が、グレイシー一門から、格闘技の直接指導を受けてる事も知ってるっす。手加減はしな……いえ、出来ないっす。」

 この時、閉ざした扇を、全開にする音が響いた。

 土岐美里亜の手から扇が、投擲される。回転速度が、早過ぎて円盤に見える程だ。

「三木直子の見事な回し受けで、扇の骨を払う! しかも、扇は、側に止めてあった自動車の窓ガラスに、突き刺さりました。」

「何だ! その威力は! 非常識にも程があるだろ! つか、その威力で投擲したって事は、人1人殺すつもりだったのかよぉっ!」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。

「さぁ! 始まりました。異種格闘戦! まずは、講道館柔道、三木直子。身長192センチ、体重103キロ。対するは、グレイシー柔術、土岐美里亜、身長161センチ、体重47キロ。」

「生徒会長、実況しないで下さい。」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。

「おっとぉ……土岐美里亜……消えました。扇を投げた場所には、もういません!」

 土岐美里亜の放った蹴りが、三木直子の脛に命中した音が響く。

「なっ……何と言う、凄まじい蹴り! 風圧で、スカートが、旗の如く、嬲られます。」

「ですから、スカートの前を押さえてまで、必死に実況しなくてもいいんですよ、生徒会長。さっさと逃げれば。」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。

「っす! 踵を踏まなかったのは、ご慧眼っす! が、そう易々と膝は、蹴らせないっす。」

「どうやら、『象が踏んでもびくともない』特別あつらえの靴を、履いていると見抜いたのか。土岐美里亜……恐ろしや。」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。

「おっと! 今度は、三木直子、反撃とばかりに、襟を取りに行く。」

 三木直子は、易々と右手で、土岐美里亜の奥襟を取った。

「おっと! ここで、土岐美里亜、回転! これは!」

「っす! 背負い! でもっす!」

「なななぁぁんと! 100キロを超える三木直子を投げる! 土岐美里亜、何てパワー!」

「いやいや……『本物の背負い投げ』は、『腕力』だけで投げる訳じゃないよ。」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの場にいない。

「何と! 今度は、三木直子! 回転! 土岐美里亜の頭上に、倒立するかのように! 『竹とんぼ』でしょうか!」

 遠心力を使って、投げ技の姿勢を崩しにかかる三木直子。左側に着地しようとする。

「ならばと、着地を妨害することなく、右腕を捻りにかかる土岐美里亜!」

「これなら、どうっす!」

「今度は、右腕を袖から抜く!? 三木直子、驚異の柔軟性。」

 着地の瞬間を狙って、臍のやや下を蹴る土岐美里亜。

「ですが! 只では蹴られない! 三木直子! 土岐美里亜の足首を取りに、いこうとする!」

 両者、両手を離し、後方に飛ぶ。一旦仕切り直しだ。三木直子、右袖を元通り整える。

「おぉーっ! 今度は、三木直子、自ら突進! 間合いを詰めます。それに対して、迎え撃つ態勢の土岐美里亜。」

 拳足の間合いに入る直前、横っ飛びした三木直子。

「!」

 顔に光を当てられ、怯む土岐美里亜。勿論、発生源は、生徒会長の手にある小型照明器具だ。

 いつの間にか、土岐美里亜の左脇の下と、左手首を手にした三木直子。

「っっっっっしょぉぉぃっっす!」

 そのまま、一本背負いで、土岐美里亜を後方へと投げ飛ばす。まるで、ボールの様に、夜気を切り裂き、投げ飛ばされた土岐美里亜。生徒会長の頭上をも通り過ぎていった。

「まぁ、その程度、受け身を取るのも、簡単でしょうね、土岐美里亜。でも、これでいいのよ。何故ならあなたは、既にチェックメイトなのだから。」

 空中で身を捻り、きれいに着地しようとする土岐美里亜。

 そこに、滑り込んで、彼女を受け止める背広姿の男。土岐美里亜は、お姫様抱っこされる形になった。

「警察でぇーす。これ以上動くと、公務執行妨害の現行犯になりますよぉー。」

 警察手帳を、突き付けながら、のたまうのは、もう1人の私服警官だった。

「アルコール検出器ぃ!」

『ピカッ! ピコピコピコン』

「ん? 今何か音がしなかったか?」

「きっと、気のせいでしょう、先輩。さぁ~これに、息を吐きかけてぇ~。」

 呼吸を止めてるのかと思うほど、ささやかな吐息では、検査できないらしい。

 仕方ないので、変顔で吹き出させて、すかさず呼気を採取した。

「はぁ~い、アルコール検出ぅ! 頂きました。暑までご同行願います。」

 こうして、店内にいた者は、全員警察か、警察病院へと向かった。

「おまえ……よく、そんな変顔できるな……。」

「凄いっしょ、先輩。彼女には、大ウケなんすよ。」

「……チッ……ノロケかよ。」

「お嬢さん方、お疲れさまでした。ご協力感謝致します。」

「どういたしまして、刑事さん。これから、私共病院に行きますので、お先に失礼致します。」

「お送りしましょうか。」

「いえ、お構いなく。では、ごきげんよう。」

 生徒会長と、三木直子は、こっそり扇を回収すると、現場を立ち去り、病院に向かった。


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