チクワブ・エイリアン・アタック!

七ツ海星空

01 チクワブの出現

 二〇度の心地よい気温と穏やかな空気が肌をでる札幌さっぽろの中心部。


 俺は上着のポケットからスマートフォンを取り出した。季節外れの常夏の海の壁紙の上に、13:18 六月二四日の文字があらわれる。


「ティム、こっちはカメラを担いでいるんだから、もうすこしゆっくり歩いてくれないか」


 ラリー・オグルビーがうしろからぼやく。


「日本人は時間にうるさい。撮影許可がとれたんだから、さっさと取材してしまったほうがいいだろう?」

「なら三脚くらい持ってくれ」


 俺はひとつため息をついてみせてから、ラリーの左肩から黒いザハトラー三脚を受け取りかついだ。


 俺はティム・ロビンソン。米国のニュースチャンネルCNNシ-・エヌ・エヌの記者だ。数日前からカメラマンのラリー・オグルビーとともに、日本のコンビニ文化、および店員の伝統的職人技術の番組取材のためにこの国に訪れていたのだ。



 札幌市役所から出た俺たちは、タクシーを拾おうと路地に出た。

 ルーフに取り付けられたヴィーナス金星という名の社名表示灯のついたタクシーがこちらに気づく。こちらへ近づく車を目で追っていると、南側――ススキノ方面の空が一瞬光るのが見えた。


 突然、大地を揺らす衝撃しょうげきおそわれた。あまりに激しい揺れに、俺はへたり込んでしまう。となりにいたラリーも腰を落としたが、ビデオカメラを路地ろじに落とすのをおそれて、カメラをつかんだ右手をかかげていた。


 あたりから小さな悲鳴ひめいがあがる。揺れがおさまったかと思ったつぎの瞬間、地響じひびきとともに耳をつんざくような爆発ばくはつ音が聞こえてきた。


「いったいどうした?」

「なにが起こった!?」


 周囲から聞こえる日本語のさけび声。

 あたりを見ると、人びとが建物から出て大通を埋め、その数はすぐに数百人に達した。


「……地震じしんか?」

「いや、ちがう。ラリー、カメラをまわせ!」

「ああ、けど、あれはなんの音だ」

「カメラを回せ! これはスクープだ!」


 ラリーはしぶしぶハンディカムを立ち上げた。


「白をくれ!」


 俺は取材手帳をポケットから出し、白紙のページをレンズの前へ掲げる。ラリーはホワイトバランスの調整を終えると、カメラを周囲の人びとへと向けた。

 そこへ爆発が起こった。


 目の前にあった丸井今井まるいいまいデパート大通館おおどおりかんが、なぞの物体の直撃によって破裂はれつした。爆発の衝撃と粉塵ふんじんが押し寄せてくる。


「ヤバい! ラリー! 逃げろ!」

「うああああああ」


 俺はラリーの腕をつかみ、ボックス状の地下街入口のかげへ彼を引き込んだ。逃げ遅れた人々は粉塵に巻き込まれ、悲鳴と衝突が混ざった音となって消えていく。

 ポケットからハンカチを取り出し口に当てながら、俺は周囲を見た。

 東側の空から、なにかが急速に落下してくる。


 大通公園二丁目のいまだ粉塵のなかにいる人々もまた、その落下物に気づき、悲鳴をあげながら逃げ出そうとした。


 砲弾のようなそれは、札幌テレビとうの展望部分を激しい音を立てながら突き破り、公園ののアスファルト部分へと突っ込んだ。

 立ち上がったラリーがカメラを向ける。


「なにが起こった」


 地面に突き刺さったその物体は、羊ヶ丘ひつじがおか展望台てんぼうだいにあったはずのクラーク像だった。彼の指先は、まるで地獄を指し示すように地面へと突き刺さっていた。


「なんなんだ、これは」

「テロ攻撃か?」


 災害さいがい警報けいほうのアラームが一斉に鳴り響く。

 公園にいる数百の人びとは、スマートフォンを取り出し、アラームを止めようする。

 俺もまたスマートフォンを出そうとしたそのとき、大通公園にいた女性の一人が、北側の空を指さした。

 俺は札幌市役所から二丁目の路地へと出て、彼女の示す北の空を見た。


「……なんなんだ、あれは」


 まるで機械の歯車を縦に引き伸ばしたかのような、中をくりぬかれた円筒えんとう状の巨大な物体が、ベージュがかった光を発しながら街の上空に浮かんでいた。それも無数に。


「……わからない。宇宙船か?」


 カメラを向けたラリーが答えた。


「おい、撮れてるのか?」

「ああ、しっかり撮ってるさ」


 その奇妙な物体は、無機質むきしつな大音量の低周波ていしゅうはおんを発し、空気をふるわせた。


「……ちくわぶ」

「あれは……ちくわぶじゃないか?」


 それを見た日本人たちが、口々に言う。


CHICチク WAVワブ?」


 CHIC WAV。そう呼ばれた物体を俺はふたたび見上げる。

 CHIC WAVとはいったいなんなのだろう。日本古代こだい伝承でんしょうに、そのようなものがあるのだろうか。


 CHIC WAVと呼ばれた巨大な物体は、ふたたび低周波音を響かせる。

 どういう構造で浮いているのかは解らない。

 我われの知らない未知の技術によるものだとしたら、人類では到底とうてい太刀打たちうちできないだろう。


 浮遊ふゆうする物体の一つが、ゆっくりとこちらへと顔を向けてきた。

 円筒の正面にある穴の部分が、なにかを起動きどうするかのように機械的な音を増大ぞうだいさせた。その音に連動れんどうするように、青白い光が大きくなっていくのが見えた。


 一五秒弱の不気味な儀式ぎしきが終わりをむかえると、それは光線となって見上げていた一人の人間をつらぬいた。ボンッという音とともに人間だったものがはじけ飛ぶ。


 それを合図に、人びとは悲鳴をあげながら逃げ出した。

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