空の詩集が紡ぐ詩

羽生零

1.

「ん? あの女の子……」

 故郷、バルオキーの道をぶらついていたアルドはふと足を止めた。視線の先には一人の少女がいた。アルドより五、六歳は下だろうか。小さな村であるため村の者は基本的に皆知り合いなのだが、その少女はアルドにとって見覚えが無い人物だった。少女は金の髪を揺らし、青い目をしきりに左右へと走らせている。

「……何か探してるのか?」

 そう呟いたその時、少女の目がアルドを捉えた。途端、少女は一直線にアルドの方へと向かってきた。そして、

「あの、すみません! この村にアルブスっていう詩人さんはいませんか!?」

「えっ!? あ、いや、いない、と思う……」

 勢い込んで尋ねられ、軽く引きながらもアルドは答えた。しかし、曖昧な返答が気に入らなかったのか、少女は首を振り、まなじりを吊り上げてアルドに詰め寄った。

「思うってなんですか? いるのかいないのか、はっきりしてください!」

「あー……ごめん。オレ、最近この村を離れることが多くって……元から住んでる人じゃ無い限りは、いるかどうかちょっと分からないかも」

「この村の人なんですか!?」

 全部を言い切らないうちに食い気味に聞かれ、アルドは軽く驚き、またしても気圧されつつも頷いた。すると少女はまたもアルドに詰め寄り――あまりに距離を詰めてくるので、アルドは反射的に後ろに一歩下がってしまった――なおも言い募った。

「だったら協力してください! わたし、どうしても、どうしてもアルブス様にお会いしたいんですっ!」

「わ、分かった、分かったから、落ち着いて」

「落ち着いてられませんよ!」

 何で!? とアルドが声を荒げて尋ね返すまでもなく、少女は勝手に、そして一方的に喋りはじめた。

「知らないんですか? あのアルブス様ですよ! 王都でいま超流行りの詩人さんなんです! その詩を拝聴すれば老若男女どころか魔物も魔獣も虜に! そのお顔を拝見すれば咲き乱れる花も己を恥じて下を向いてしまう! 超絶スーパーイケメン詩人さんなんですよ!」

「そ、そんな人が王都にいたのか……全然知らなかった」

「もう! いまじゃ常識ですよ……って言っても、王都にあまり来ない人は知らないかもしれませんね」

「……?」

 それまでの勢いを潜ませ、妙に落ち着きを取り戻した様子で少女は話を続けた。

「アルブス様はですね、その才と名を王都に轟かせて流行に火を点けたかと思うと、人気も冷めやらぬ中いきなり王都を去ってしまったんですよ。まさに彗星のように現れて消えてしまった、そんな方ですね」

「そうなのか……だからオレも聞いたことが無かったのかな。でも、そんな有名人がバルオキーに?」

「そうなんですよ! 王都で聞いた噂を頼りにここまで来ましたけど、知らない人には中々声をかけにくくて……でも地元の方なら情報収集も簡単ですよね? ね?」

「あ、ああ……」

「良かった! それじゃあ聞き込みの方はよろしくお願いします! 私はもう少し村の中を見て回ってみますので!」

 そう言うなり、少女は身を翻し、猛烈な早さで去って行った。アルドが呼び止める暇も無い。せめて身体的な特徴なりを聞いておきたかったのだが――と思ったものの、花も恥じらうような美形が村に来ていたというのなら目立ってしょうがないだろう。顔を隠していたとしても、それはそれで目立つはずだ。

「ともかく……村のみんなに話を聞いてみるか」

 目立つ容姿の者が村に出入りすれば、すぐ見つかるだろう。仮にそういった特徴の者がいなかったとすれば、バルオキーには来なかったという証拠にもなる。

 何にせよ、あの少女を納得させられるだけのことはしなければならなかった。勢いに押されたとはいえ一度引き受けたことだった。それを反故にすることは、アルドにはできなかった。

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