第13話 並行世界の疑似体験

心に深い傷を負った気がする……。

これからどうしよう。

結局聞きたいことは聞けなかったし。

まだ時間は昼過ぎくらいだけど、そう滅多に街なんか来ないし、せめて美味しいものでも食べて気を紛らわせたい。

「はぁ……」

そもそも当然のように他の人を呼んだりとか、明日葉さんが言ってた木葉くん推しがどうとか、よく考えたら、もうその辺からおかしかったんだな……。うぐぅ。

とりあえず近くのベンチに座り込む。

Y総会もよく分からないし、先輩もよく分からない。

僕はどうすればいいんだろう。

そもそも先輩は僕がY総会の人だから優しくしてくれたのかな。

でも最初は知らなかったはずだし……。なんか……軽率に帰っちゃったな……。

「いたー!!!!」

声に顔を上げると商業施設の方から山条さんが走ってくるのが見える。

そういえばさっき僕が声上げたから探してたんだっけ。

僕が手をあげると、向こうも笑顔になって振り返してくる。

「はー……!はーー……!!ふぅ……探したんだよ!とりあえず大丈夫?ケガとかしてない?」

「あ、うん。大丈夫。さっき男の人達に絡まれてて」

心配かけちゃったな。

「あー。そうだね。今日は矢部さんもおめかししてるんだね!可愛いよ!」

ん?

「榊原くんもナンパされて困ってる人達を助けてたみたいで、ちょっと探すのに時間かかっちゃってごめんね」

「大丈夫。さっき助けてもらったんだ」

榊原に。

「そうなんだ!ちょっと待ってね。今、榊原くんも呼ぶよ」

「うん」

……うん?よく考えたら僕、女物の服着たままなのでは?

やばいどうしよう。

「すぐ来るって」

「来たぞ」

早すぎるだろ。どうやって来た。

「ヤベ コマル。オデ タスケル」

蛮人になるな。

「ん?」

……目を逸らす。やばい。コイツにこの格好がバレたらヤバい。

「おいおい山条ちゃん!この子は矢部に似てるけど矢部じゃねえよ!というか矢部はさっき帰ったっぽいぞ!助けた女の子達が言ってた!」

は?

「なに言ってるのどっからどう見ても矢部くんだよ。だってさっきも」

「矢部が自分から女装するわけないだろ!」

ああ……うん。そうだね。でも顔が僕なんだからもう100%僕だろ。

「あと矢部がこんなオシャレなセンスしてるわけないだろ。アイツのパジャマ今でもクマさんなんだぞ」

○すぞ。別になに着てもいいだろ。

「えー……でも……」

「この子はさっき助けてあげた女の子なんだよ!名前はなんつったかな……霧原……霧原ティンパニちゃんだったかな。な?そうだよな?」

誰が楽器だ。

「ティ……ティファニー……です!」

しかしここで榊原にバレるわけにはいかない。

コイツにバレた日には可愛いと言い尽くされるに決まってる。

コイツの可愛いは……なんか、他から言われるのとは違うというか……。別にうれしくはないけど……まぁいいかみたいな感じになるやつで……。でも他の人から可愛いって言われるのはお前に僕のなにが分かるんだよって話で……。外見だけ可愛いって言ってくるやつと榊原は違うっていうか……よく分かんなくなってきた。とにかくバレたらダメなんだ。バレたら死にたくなるから。


───

この時、山条楓は事態を一瞬にして把握した。

(街に行くのに矢部さんが榊原くんを呼ばなかった理由。おめかししてる所から、たまには女の子として楽しみたい一日だったんだろう。そして、榊原くんにバレたら女装趣味があると思われてしまう。もしくは女の子だとバレてしまう。それは確実に避けたいんだろう。だからこそ変な偽名まで出してる。なるほどね。完全に理解したよ!!)

────


「あ……!」

山条さんがスマホを取り出した。

「あー!えっと、矢部くんからLINE来てるよ!街に出てたけど変なのに絡まれたから帰った。だって!」

山条さん、突然僕の知らない話始めたな。

「ほらー!見てみろ!だからこの子はめちゃくちゃ似てる別人なんだって!矢部が街に出て絡まれるなんて分かりきってんだからよ!アイツには俺が居なきゃ!」

まぁ確かに榊原がいると人払いになる。

「えっと……じゃあ、勘違いしちゃってごめんね霧原さん?」

山条さんがなにかアイコンタクトをして来てるのは分かる。何かこう。わかる。

でもどういう意味かわからない。

「そうだ!せっかくだからよ!暇ならティファニーちゃんも一緒に行かないか!まだ2時くらいだし!」

この格好で?

「だ、ダメだよ榊原くん!霧原さん人待ってたみたいだし!そうだよね?」

榊原はたぶん僕の事を霧原ティファニーだと思ってる。

そっくりさんだと思ってるんだろうか。バレてしまうかもしれない。

「榊原さんは……今日はどうして街に?」

そもそも榊原はなんで僕を誘わずに山条さんと出かけてるんだろう。

「山条ちゃんとナンパしに来たんだ!!」

ナンパ……。

「聞いてませんけど!?買い物じゃないの!?」

「街に来たらナンパだろ!」

「さっきナンパから助けてたのに!?」

「俺のは紳士と書いて変態と読むタイプのナンパだからセーフなんだよ」

「下心って言わないかなそれ!?」

山条さんが榊原とコントしてる。

仲良くなったんだな……。昨日僕が榊原を放置して帰ったからなんだろうか。と言うかこいつ面食いなのか?山条さんも見た目可愛いし。

「い、良いですよ。行きます!」

「矢b……霧原さん!?」

多分山条さんは善意で僕を榊原から離そうとしてるんだと思う。

でも、まぁ、助けてもらった恩があるし、二度とこんな格好しないわけだし、たまにはぬか喜びさせてやるのもいいじゃないか。

「まーじでぇえええ!!??ナンパ大成功!?」

いや、別に山条さんが榊原と仲良くしてるのが気になってたりは全然しない。しない

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