祝福の贈り物
秋本そら
とある街の、どこか片隅で
「……おや」
聞き慣れたラジオが歌うように告げた言葉を、私の耳は間違いなく拾いとった。
「そうか、今日は一月の第二月曜日――成人の日か」
昔は自分の力で情報をかき集めていたものだが、最近は便利になったもので、スマートフォンひとつでなんでも調べものができる。
今も、ほら。地名と『新成人』のキーワードを入力すれば、一発で目的の情報にたどり着いた。
『〇〇市 市政情報』
『令和2年度「新成人の集い」延期のお知らせ』
『対象者数:5,521人』
「こんな状況じゃあ、たしかに成人式なんかできないよなあ」
同じ県の他の市はやるらしい、なんて風の噂は聞いたけれど。この街だけ延期というのも、まあ悲しい話である。しかも、このご時世ではこのまま中止になってもおかしくはない。
成人式は一生に一度しかない記念のイベントなのに。それが、開催されない可能性が高いなんて。
「ならば、いつもよりも心を込めないとな」
ふっと、口角が上がるのが分かった。
「さて、作ろうかね。『祝福の贈り物』を」
色とりどりの和紙が、机の上に広がっている。その枚数は実に、5,521枚。
「年に一度しかやらないから、うまくいくか不安だけどねえ」
誰も聞いていないというのに、そんな独り言をつぶやいて。
――深呼吸。
「『大人へと変わりゆく子どもたちよ』」
力を込めて口にしたとたん、卓上の紙が全て舞い上がり、宙に浮いた。
「『どんな逆境にあっても、前に進むための翼を君に』」
見えざる手によって、和紙は形を変えていく。
「『未来を切り開く、5,521の翼に祝福を』」
やがて出来上がったのは、鶴だった。
「『それぞれの道で、力強く羽ばたくことを祈って』」
5,521の鶴は、自らの力で舞い始める。そっと近くの窓を指させば、見えざる手がそれを開けてくれた。
「『今、空へと舞い上がれ』」
その言葉と同時に、部屋の鶴は全て外へと飛び出していった。
今年度に新成人となった者のもとへ。
『ああ、鶴だ』
『祝福の贈り物だ』
『今年も空を飛んでいるよ』
『そうか、今日は成人の日だもんなぁ』
耳を澄ませば、この街の人々の声が聞こえてくる。空を見上げながら紡がれたであろう、大人のあたたかな、幼子の楽しげな、たくさんの声。
『この鶴、もしかして……』
『祝福の贈り物だ!』
『これは一生、大切にしよう』
『ありがとうございます!』
嬉しそうな新成人の言葉も、響いてきた。
祝福の贈り物を一度にたくさん作る、この行為は力を一気に消耗するから、少し疲れてしまうけれど。
でも、この街に住む人々の声を聞くと、そんなの、すぐに吹き飛んでしまうのだ。
「……おめでとう。辛いことも、苦しいこともあるだろうけども、その先にはきっと幸せが待っている」
私の力と祝福を背負った鶴は、もう見えない。けれど、目を閉じて力をこめれば、鶴とともに笑う若人の姿が浮かび上がった。
「大丈夫、私の祝福で皆を守ってあげよう。君たちがいつまでも健康でいられるように、皆の心が壊れないように。だから安心してこの世界で羽ばたくといい」
そっと目を開け、晴れ渡った青い空を見上げて、呟いた。
***
――2021年1月11日。
その日、とある街で少し不思議な出来事が起こった。
青く晴れ渡った空に、色とりどりの折り鶴が数えきれないほど舞っている、普通はありえない光景がみられたのだ。
けれど、住人たちは皆、それを当たり前のことのように思っていた。
……いや、感謝の念を抱きながら、それを見つめていた。
空を見上げて「どうして折り紙の鶴が飛んでるの?」と問う幼子に、その親はこんな話を語り聞かせている。
――この街のどこかに住んでいる善い魔法使いが、毎年成人の日に、今年20歳になった人へ『祝福の贈り物』を届けているんだよ。それが、あの空飛ぶ折り鶴なんだ。
――『祝福の贈り物』を一生のお守りとして大切にすると、幸せに溢れた人生を送れるそうだよ。
祝福の贈り物 秋本そら @write_cantabile
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