本編

ACT.01「プロローグ」

時代からの追放

 カイナは耳を疑った。

 目の前の友が、信じられない言葉を言い放ったからだ。

 ようやく絞り出した声は、上ずって震える。


「……俺が、いらなくなったのか? セルヴォ」

「そうだ」


 即答が返ってきた。

 執務机に座る親友は、静かに指でメガネのブリッジを押し上げる。窓から差し込む朝日が、レンズに反射して彼の表情を奪った。

 そして、小さな溜め息。

 セルヴォは平坦な声で静かに語り始めた。


「カイナ、もう状況は変わったんだ。俺たち二人が冒険の旅をしていた時代は……終わった」

「俺たちは、三人だ。三人、だった」

「……二人になった時に、もっと早くに……こうするべきだったな」


 短い沈黙が両者の間に横たわる。

 そう、二人は幼馴染おさななじみの大親友、旅の仲間だった。そしてもう一人……カイナとセルヴォについてきた少女がいた。村の悪ガキ三人組は、いつしか旅の勇者と呼ばれていた。

 それももう、一年も前の話だ。

 今は、そのリーダー格だったセルヴォが一軍を率いている。


「ここから先は、戦争だ。数と数との戦いなんだよ、カイナ」

「なら、俺もその一兵卒いっぺいそつとして戦う。だから」

「……無理だな。お前、その腕で……右腕をなくした身体で、どうやって戦うつもりだ?」


 ズキリと傷が痛んだ。

 すでにないはずの右腕が、痺れるように熱い。

 自然とカイナは、左手でそっと傷口に触れる。

 包帯を巻かれたそこは、肩からごっそりと右腕が失われていた。


「俺は……お前の右腕だと思っていた。そう、自負していたつもりだ」

「ああ。お前は頼れる最強の格闘家だったよ。でも、それはもう過去の話なんだ」


 それだけ言うと、セルヴォは机の引き出しからなにかを取り出す。

 ドサリと机の上に革袋が置かれた。多分、金貨が詰まっている。

 そんなもので精算されるのが、カイナにはたまらなくさびしかった。


「あいつの墓に花でもそなえてくれ。……感謝している、カイナ。さらばだ」


 時代は今、大きな激動の中にあった。

 このやかたを持っていた貴族は、魔王率いる闇の軍勢が押し寄せた時……真っ先に財産を抱えて逃げてしまった。王国の支配体制も瓦解がかいし、民は初めて理解したのだ。

 自分の身は、自分で守らなければいけない。

 そんな人たちを救いながら、セルヴォは旅をしてきた。

 そして今、反魔王レジスタンスは大きな組織になっていたのだった。

 セルヴォは再び書類仕事にペンを持ち、もうカイナを見ようともしない。


「話は終わりだ。さあ、それを持って故郷へ帰れ」


 一瞬、カイナの中であきらめが首をもたげた。

 だが、金貨へ伸ばそうとした右腕は既になく、そのことが無言で教えてくれる。

 ――

 あいつと約束したのだ。

 セルヴォを、仲間を守ると。

 そうして彼をかばい、この右腕は失われた。

 それでも、二度三度と身をていして戦うつもりだ。

 今までもそうしてきたし、死んだ彼女に救われた命だから当然にも思えた。


「……セルヴォ、俺は」

「お前の戦いは終わった、カイナ」


 カイナが反論を叫ぼうとした、その時だった。

 突然背後で、ノックもなく扉が開かれた。

 蹴破けやぶられたというような表現がぴったりの、荒々しい衝撃音が鳴り響く。

 振り向くとそこには、異様な光景が広がっていた。

 血塗ちまみれの威容が立っていたのである。

 セルヴォはその巨躯きょく一瞥いちべつして、フンと鼻を鳴らす。

 そう、巨漢だ。重々しい甲冑で全身を覆った、とても大きな騎士が立っている。そして、よく見れば女性だった。重装甲の全身鎧フルプレートは、くびれた腰や膨らんだ胸元が装着者を浮き上がらせている。酷く大きく見えるのは、具足ぐそくヒールが物凄く高いからだ。

 少女は――そう、まさしく乙女の声だった――りんとした声を張り上げた。


「セルヴォ君っ! なんで……なんで、こうなるまで放っておいたのさ!」


 そう叫んで、彼女は肩にかついだ肉塊をブン投げてきた。

 益荒男ますらおにも似たユウキに異常に感じたその元凶は、巨大なドラゴンの首だ。それが宙を舞い、すかさずカイナは避けた。物凄い力と速さで投擲とうてきされた首を、最小限の動きで見切ってかわす。

 だが、先日失った右腕が肉体のバランス崩させ、わずかに彼をよろけさせた。

 セルヴォは身動き一つせず、自分をかすめて壁に叩きつけられた生首を見もしない。


「……またお前か、ユウキ」


 その名をカイナは知っていた。

 怪力無双の可憐なる勇者……その名は、ユウキ。誰が呼んだか『要塞少女フォートレス・リリィ』の通り名で慕われている。鉄壁の守りを誇る、レジスタンス最強の勇者だ。

 戦ってる地域が違うから、カイナは初めて会う。

 そして、かぶとを脱いだ美貌に驚きを禁じ得なかった。

 フルヘルムの奥から、端正な細面ほそおもてが現れた。

 ユウキが結ってまとめた黒髪をほどけば、甘やかな香りが広がったようにさえ思える。


「セルヴォ君、あの村を襲ったドラゴンは営巣えいそうしつつあったよ? 地図から村が一つ、消えるところだったの」

「知っている」

「じゃあ、どうして! キミくらい頭がよければ、どうなるかわかるでしょう?」

「戦略的にさほど重要な地域ではない。今は戦力を温存し、増強する時期だ。それに、住民たちは避難を完了している筈だが?」

「土地を、家を奪われ焼かれて! それでどうやって暮らしてくのよ!」


 気色けしきばんだユウキのほおは、上気して薔薇色ばらいろに染まっていた。

 怒りに燃える表情も凛々しく、とても美しい。

 だが、彼女へ向けられた言葉は残酷だった。


「……いい機会だ、ユウキ。はっきり言っておく。レジスタンスのリーダーは、僕だ。お前は黙って、僕の指示に従ってくれればいい」

「あのねえ、キミッ! そんなんじゃ、みんなを助けられないよ!」

「全員を助けるのは、これは神でも不可能さ。だから、貴族も聖職者も逃げてしまっただろう? 王さえも」

「理屈こねてんじゃないよ、もうっ!」

「ならば、出ていくがいい。今の僕に必要なのは、意思を共有して団結できる戦力だ。そしてそれは、個々の能力ではなく、数さ」


 憤慨ふんがいしたように、ユウキは肩をいからせガシャガシャと出ていった。

 その背を見送りつつ、カイナはしかたなく金貨を受け取る。

 魔王の決起と同時に、封建社会制度は崩壊しつつあった。しいたげられてきた魔族は、続々と魔王の軍団に参集しつつある。一方で人間側も、銃の発明を皮切りに市民たちの抵抗が始まっていた。

 そんな時代のうねりから今、二人の少年少女がはじき出されようとしているのだった。

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