物は嘘をつかない

「先刻、かつて上杉景勝も、贋作にすり替えられたという話はしたわね?」

 モミジと五鈴、そして見物していた華族の令嬢たちも、ご丁寧に頷いた。

「あの話には続きがある。あの時、当時の鑑定士が贋作だと気付いたのは、鉄の若さや形状からだけじゃない。<太刀・雷切>には、鎺金……」

 と、一度そこで言葉を切り、私は刀身が鍔と接する部分にはめる金具を指差す。刀身が鞘から抜けないようにするためのものだ。

「そこから鎬に向かって四・五センチほど、表から裏へと通じる小さな穴があるの」

「なん、だと!? そんな話……」

「知らなくとも当然よ。刀剣協会の資料にしか記されていない、情報だからね」

 当時の雷切の贋作騒動の時も、雷切にある筈の細い糸がぎり通るくらいの穴がない事が決め手となった。鑑定協会に残っている資料によると、馬の毛が通る程の極小な穴であり、鑑定士でなければ気付かなかっただろう。

「認定鑑定士は国家資格よ。民間に公開していない情報だって山ほどあるわ。どこで知ったか知らないけど、正式なものだったとしても、情報だけを頼りに動くのは危険よ」

「じゃあ、お姉様。おじ様の太刀は……」

「ええ、この太刀には、それがない」

「それじゃあ、あたいの刀も……」

「結論を急がないの。そちらの太刀はともかく、五鈴の太刀にはまだ続きがあるわ」

 私の言葉に、希望に縋るように五鈴が顔を上げた。

「この太刀の地鉄は板目……刀身に板の目のような模様がついてしまっている。これは慶長以前の刀に多く、刀を鍛える時に何度も折り返し鍛えた時の鉄の層がはっきりと見えてしまうせいで……」

「お姉様。モミジ的には、お姉様のお声なら一生聞いていたいのですが、皆さん、話についていけないようなので……その、結論を……」

 モミジの言葉に、全員が頷いた。

 ――もっと語りたいのに……。

 全員にそんな視線をされたら、仕方ない。

「つまり、こいつは慶長以前の刀……技術が未発達だった時代のもの。そして、この何度も鍛え直された刀の層が、研ぎ澄まされた刀身が、私に訴えるのよ。〝俺は南北朝生まれだ〟って」

「南北朝!?」

 そこまで古刀だったとは思わなかったのか、五鈴が驚愕の声を上げた。

「時代は南北朝時代の山城伝やましろでん

「山城伝?」

 五鈴が首を傾げる。業界に馴染みのない五鈴には、聞き慣れない言葉だったか。

「刀剣は刀匠の地域によって大和伝やまとでん、山城伝、備前伝びぜんでん相州伝そうしゅうでん美濃伝みのでんの五つに分かれる。これを総称して〝五箇伝ごかでん〟と呼ばれる。そして、この太刀は、その中でも山城……今の京都。備前だと岡山だから、少し位置がずれている」

「そんなの、デザインだけで分かるのか!?」

「ええ、土地によって、時代によって、それぞれ特色というものがある。そして、名高い刀工だからこそ、継承してきた技術によってその特色が出やすい」

かなりの鑑定眼を持っている奴なら一目見ただけで五箇伝・刀派・時代、全てを言い当てる事も出来る。そこまでの観察眼のない私は、一つ一つの素材から答えにたどり着かなければならない。

 まるで組絵パズルだ。無数にある欠片から、一つの作品を完成させる。

 ――そう、これで、こいつは……完成する。

「山城伝は、天皇や貴族のために作られた物が多いせいで優雅な作風が多い。この太刀も、おそらく戦用ではなく、観賞用のものだったんだろう」

 あの見事な拵えも、それによるものだ。太刀と一言で言っても、平安時代の太刀は神社などの御神刀、貴族の象徴として使われいたものもある。特に太刀の拵えは、貴族の位の高さを示すために使われる事もあり、五鈴の太刀の拵えはその色が強かった。より美しく雅に魅せるかを考慮され、戦闘用というよりは装飾の類いだ。

「それが刀の凄い所よ。本来の使い道は人を斬るための凶器だけど、それだけじゃない」

 時代によって刀は形を変えていく。太刀から打刀へと変化していったように、その時代に合わせて移り変わっていく。用途が様々なため、何のために誰のために作られたかなんて、私が知る由もない。

 だから、聞くしかない。刀に、直接聞くしかない。


 何故なら――物は嘘をつかない。


 あるがままの真実を突きつけるだけで、嘘をつくのも勘違いするのも、いつも人間の方なのだから。

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