~63~ 宝石の瞳

「……」

 まだ夢現の中の羽琉の顔を、カーテンの隙間から漏れる陽の光が照らす。

 起きぬけに浴びるには眩し過ぎるほどの陽の光に再び目を細めたが、視界にぼんやりとエクトルが映ったことで羽琉はぱっちりと目を開いた。

「おはようございます、羽琉」

 キラキラと輝く金髪のエクトルを間近に見上げ、驚いた羽琉は少し体を引く。

「……お、はようございます」

 朝の挨拶を交わし、にっこりと微笑んだエクトルは、羽琉の前髪を一房掬うとその髪にキスを落とした。そしてそのまま頬へと手を滑らせる。

 陽に照らされた羽琉は、エクトルの目に神々しく映る。そのモリオン(黒水晶)の双眸に自分が映っているのが見て取れると、今までに感じたこともない満ち足りた感覚がエクトルの全身を駆け巡った。

「綺麗です、羽琉」

 そう言って羽琉の顎を仰向かせると、しっとりと口づける。

「ずっと見ていたい。この目に焼き付けていたいです」

 笑みを深めるエクトルに、恥ずかしそうに困惑表情を浮かべた後、羽琉は咎めるような上目遣いでエクトルを見つめた。

「綺麗なのはエクトルさんの方ですよ」

 甘い睨みを受け、エクトルはふふっと笑う。

「では私たちは美男同士でお似合いということですね。嬉しいです」

 まだ何か言いたそうな羽琉をエクトルはぎゅっと抱き締めた。

 昨日までとまた違った景色が見える。こうして羽琉が腕の中に居るだけで全てが煌めいて、目に見える世界が美しく思う。

 羽琉としか見られない景色。羽琉とだから見られる景色がエクトルを包んでいて、全てに幸福を感じた。

「羽琉」

「はい?」

「頑張ってくれて、ありがとうございます」

「……」

「私は本当に幸せ者です」

 羽琉の髪に顔を埋めながら、エクトルは望外の喜びに浸る。

 ここまで深い関係性を築くのは難しいと思っていた。未だ完全に癒えない凄愴な過去の傷を抱えているからこそ、そこまで求めるのは残酷だと。

 だがそれでもいいと思っていた。

 体を繋げることができないからといって、その愛情が冷めることはないし、性行為だけが愛を示す行動ではないと今もそう思っている。羽琉の心が自分にちゃんと向いているのなら、羽琉を苦しめてまでしたい行為でもなかった。

 エクトルが何よりも守りたいのは羽琉の心だから――。

 でもきっとエクトルの方が怖れていた。

 羽琉を傷つけてしまわないか、苦しめてしまわないかと怖れるあまり、逆に寂しい思いをさせてしまった。羽琉を不安にさせてしまった。

 やはり想い過ぎるというのは他が盲目になってしまうので良くないらしい。

 心中で猛省していると、腕の中の羽琉が「お礼を言うのは僕の方ですよ」と呟いた。

「エクトルさんの愛で僕は救われたんです」

「……羽琉?」

 腕の力を緩めると、羽琉がエクトルを見上げ微笑んだ。

「エクトルさんと出会えて良かった。あの時、公園で声を掛けてくれてありがとうございます。こんな僕を愛してくれてありがとうございます」

 羽琉の微笑みが綺麗で愛おしくて、胸が締め付けられる。

 その想いを込め、何度も羽琉にキスをした。頬に、額に、瞼に、唇に――。

 エクトルのキスを受け、吐息を洩らす羽琉が優艶過ぎて歯止めが効かない。

「羽琉。お願いがあります」

 小首を傾げた羽琉は「はい?」と話の先を促した。

「まだ羽琉と離れたくないです。もっと羽琉に触れたい。羽琉が疲れていなければ、もう一度……良いですか?」

「はい」

 頬を染める羽琉から即答で了承が得られたエクトルは、嬉しさにぎゅっと抱き締めた後、今日が仕事休みだったことに感謝しつつ、再び羽琉との愛の交歓に没入した。

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