~35~ 欠けたもの
今朝は病院に行けなかった。
面会時間が就業開始時間と同じだったからだ。仕事が始まっている時間に病院にいるという状況は、羽琉が気に病む要素になってしまう。
それだけは避けたいエクトルは、羽琉の顔を見に行きたいという切望をぐっと堪え今日一日仕事をしていた。
昨日休んだ分を取り返そうと思ったが、リュカが上手くスケジュール調整してくれたお陰で早急に取り掛からなければならない案件は特になかった。
仕事をすることで気持ちを落ち着けている部分もあったが、羽琉のことが気掛かりで仕事に抜かりがあっては元の木阿弥だ。ミスがないよう、いつも以上にチェックに余念がなかった。
『もしかして、昨夜は会社に泊まられたのですか?』
退社間際、挨拶に来たリュカが少し躊躇いつつエクトルに訊ねた。
今朝早く自室のデスクにいたことと、デスク横にある大きめのボストンバッグがあったことから推測したのだが、エクトルの答えはイエスだった。
『今は家にいるより会社の方が落ち着くんだ』
『……お身内のことで、ですか?』
どこまで聞いていいのか聞きあぐねていたリュカだったが、窺うように聞いてみた。
『……居ないって実感すると……やっぱり駄目だね』
苦笑して言うエクトルに、リュカは心配気な眼差しを向ける。
滅多に見せない表情だ。昨日の動揺した姿といい、いつも完璧なエクトルの珍しい一面を目の当たりにし、リュカはどこか得した気分になった。
こういうものの見方はフランクや友莉と似ているが、完璧ではないエクトルを見て、自分にも似通っている部分があるということが純粋に嬉しかったのだ。
だがすぐに不謹慎だと察するとコホンと咳払いをした。
その時ズボンのポケットに入れていたスマホがブルブルと震え、着信を知らせた。
取り出して画面を確認すると、フランクからだった。
そう言えばエクトルさんの様子を教えて欲しいと言われていたんだった。
『すみません。お先に失礼致します。あまり根を詰め過ぎないよう気をつけて下さいね』
『あぁ。お疲れ』と言って手をひらひらと振ったエクトルに一礼して、リュカはエクトルの部屋を後にした。
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