類友はつねに初恋に戻る
aoi
~1~ 決意
四月――。
フランスで生活し始めて約一年。
紅葉色めく季節に出会った心優しい日本人は、今やエクトルの恋人となって常に隣にいてくれる。
そんな幸福感に毎日浸れる幸せを噛み締めていると、コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「はい。どうぞ」
ノックの相手が羽琉だと分かっているので、エクトルはすぐに入室を許可する。
「おはようございます」
そろりと控えめにドアを開けつつ、可愛い羽琉が顔を覗かせた。
エクトルは目覚ましをかけなくても自分で起きられるのだが、羽琉に「起こしに来て下さい」とお願いすると、翌日から毎朝定時に起こしに来てくれるようになった。
この上ない幸せだ。
「おはようございます。羽琉。今日も起こしに来てくれてありがとうございます。昨日伝え忘れていましたが、今日はデジュネ(昼食)を一緒に摂りましょうね」
「え、でもお仕事なんじゃ……」
小首を傾げる羽琉を、エクトルは優しい笑顔でおいでおいでと手招きして自分の方に近寄らせる。そして布団から出るとベッド端に足を下ろし、目の前に立つ羽琉の腰に腕を回し抱き締めた。羽琉の胸の辺りにエクトルは顔を埋める。
「今抱えている案件が部下に任せられる段階になって私の手から離れたので、午後から休みをもらいました。仕事関係の連絡は頻繁にくるかもしれませんが、せっかくの休みなので羽琉との時間にあてたいのです。駄目ですか?」
最後、仰ぐように下から笑顔で見上げてくるエクトルに、羽琉は少し頬を染め困惑気味になりながらも「……いえ。楽しみにしてます」と答える。
「お仕事が終わる時間に会社近くで待っていればいいですか?」
「いいえ。一旦家に帰ってきます。まだリヨンの土地勘がない羽琉に無理はさせられません」
過保護なエクトルに苦笑しつつ、羽琉は「じゃあ、待ってます」と素直に受け入れる。
笑みを深めたエクトルはスッと羽琉から腕を離した。
「では着替えてきますね」
「はい。朝食の準備をしておきます」
「ありがとうございます」
こんな会話をしていると新婚のような気分になってくる。それはとても幸せなことで、羽琉からも同じ雰囲気を感じることができるので尚更夫婦のような気分になっていた。
だが入籍をしていないから羽琉とはまだ恋人関係のままだ。
以前、勢いでプロポーズしてしまったが、それから半年経った今、今度こそ正式に羽琉にプロポーズする頃合いだろう。
エクトルは羽琉がフランスに慣れるまで二人の関係性を進めることはしないようにしていた。羽琉を焦らせるようなことをしたくなかったから。
しかしサラやナタリーとも少しずつ会話を成立させていたり、家と公園の往復だけでなく、近場ではあるが街に出て一人でショッピングもするようになった羽琉に、心の余裕も見えるようになってきた。
今なら羽琉に言ってもいいような気がする。
心の中で密かな決心をしたエクトルは着替えを終えると、羽琉が待つリビングへと向かった。
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