第337話 門出

 夕暮れだ。


 目をさまし、部屋に入る光でそう思った。


 寝台からおりて窓に近づく。


 北にむいた窓からは、沈む太陽は見えない。だが、赤く焼けた空は見えた。


 夕焼けのほかにも、気づいたことがあった。アッシリア軍の一団だ。北側にも陣取っている。


 いままでは西と東のふたつに分けていた。それを四方向から見はることにしたか。昨晩に、こちらが南の城壁を越えて物資を入れたからだろう。


 景色をながめていても、きりがない。窓に背をむけた。部屋の棚に近づく。


 準備していた外着に着がえ、防具もつけた。


 めざすはアグン山。そして死の山脈。山へ登ることになる。革の胸当てや革の籠手こてなど、動きやすい軽装備にした。


 荷物袋も背負う。これにすこし笑えた。王になって何年もたつけど、やはり自分の荷物は、自分で持たないと落ち着かない。


 それでも兵士たちよりは軽いだろう。食料や替えの服は入っていない。王がつかう身のまわりの品は、侍女たちが用意し、それを近衛兵のだれかが持っている。


 ぼくの荷物に入っているのは、王をしめす白い羽織り。それに水の入った水袋、それぐらいだ。


 最後に鉄の弓、そして十本ほどの矢が入った矢筒を持つ。予備の矢は、輜重隊しちょうたいが持っていく手筈てはずになっていた。


 扉をあけて、廊下にでる。


 近衛兵の護衛がいるものと思っていたが、おどろいた。


「ナルバッソス歩兵師団長、ネトベルフ騎兵団長、それにフラムまで!」


 いたのは隊長格の三人だ。片足のひざが悪いフラムは、壁ぎわに椅子いすを置き、そこに腰かけていた。


「お見送りいたしますので」


 ナルバッソスがそう言い、壁から離れる。ぼくはフラムを見た。


「ぼくが起きるのを待っていてくれたのか。ありがとう、フラム騎兵副団長」

「お気をつけて。アトボロス王」


 足の悪いフラムは、ここまでだろう。ぼくはうなずき、階段にむかう。


 ナルバッソス、ネトベルフの両名も、うしろにつづいた。


「アッシリア軍のようすは?」


 階段をおりながら、うしろのふたりに聞いた。


「現在、東西南北に分かれて野営しております」


 答えるナルバッソス歩兵師団長の声が聞こえた。つづけてネトベルフ騎兵団長の声も聞こえてくる。


「今夜は、南から荷を入れるふりをして、北から荷あげする。そう文官から聞いております」


 なるほど。てっていして、敵の目をレヴェノアの城壁にむけるためか。


「二階によられますか?」


 ナルバッソスに聞かれた。食堂によるかという意味だろう。


「いや、いい。遠征まえのあいさつは、昼食のときに済ませた。近衛隊は?」

「すでに、地下貯蔵庫の家に待機しております」


 話していると一階に着いた。この城でもっとも広い部屋。王の間だ。


 思わず足が止まり、口をひらかずにはいられなかった。


「見送りは、いいって言ったのに」


 がらんと広い王の間、その中央になじみの姿がある。若い女性のふたりは、マルカとエシュリ。小さいふたりはオフスとオネ。それにベネ夫人を始めとする侍女のみなさんだ。


 いないのはフィオニ夫人ぐらいだが、夫のブラオ隊長も出兵だ。自宅のほうだろう。


 輪のなかに入り、それぞれにあいさつする。


 ベネ夫人が、葉っぱに包まれたものをくれた。小ぶりで四角いかたちをしている。


「おなかがすきましたら、お食べください」


 これはきっと堅焼きだ。


「ありがとう」


 ベネ夫人が泣くのをこらえているのがわかった。この人と城での暮らしも長い。きっと、わが子が戦いにいく心境だろう。そんな思いをさせるぼくは、親不幸だといえる。


「ベネ夫人。心配しないで」


 肩に手を置き、そう言った。


「ぼくもいく!」


 大声で言ったのはオフスだ。よく見ると、腰に短剣をさしている。


 オフスのまえにしゃがんだ。


「十五歳までは、だめだ」

「王だからって、命令するなよ!」

「命令じゃない。お願いだ」


 弟のような犬人の頭をなでた。


 フーリアの森から城へ呼びよせたたのは、このぼくだ。あのまま森に住んでいれば、軍に入ることはない人生だったかもしれない。だが王の城に住んでいる。民衆から見れば王族だ。軍に入る意外、道はないのかもしれない。


「オフス、そのうちいやでも戦いに参加する日がくる。せめてそれまでは、力いっぱい遊んでろ。おとなのだれもが、おまえにはそう願っている」


 オフスはまわりの人を見た。みんな、うなずいている。


 となりのオネは、ぼくが遠征にいく意味がわからないのだろう。犬人の小さな乙女おとめの小さな顔は、ぼくの手にある堅焼きに目がくぎ付けだ。


「アトにい、それ半分こ」

「これはぼくのだ、オネ。いい子にしてたら、ベネ夫人が焼いてくれる」


 小さな頭をなで、立ちあがった。となりにいたのはエシュリだ。


「気をつけろよ。そして父にも、そう伝えてくれ」


 猿人のうら若き乙女とは思えない男口調で、エシュリは言った。父とは、熊人でありボレア総督のケルバハンさんだ。


「伝えておくよ。オフスとオネをたのむ」

「ああ、まかせておけ」


 最後にマルカがいた。こちらも猫人のうら若き乙女だが、でてきた言葉はいさましかった。


「ぎったぎたに、やっつけてきてね!」

「もちろん!」


 ぼくが手のひらを上にあげると、マルカはいきおいよくたたこうとした。瞬時にその手をにぎる。


 マルカの手は、すこし震えていた。


 力強くにぎり、手を離した。みんなにふり返る。


「では、いってきます」


 扉にむけて歩いた。一階、王の間。外にでる扉は、城でもっとも大きい。


 その大きな扉のまえに、わが国がほこる近衛隊の代表が立っていた。


「グールと戦う準備はできたか、レヴェノア国、国王アトボロスよ」

「ぼくは十五のときから、その準備はできています。レヴェノア国、近衛隊ゴオ隊長」


 めずらしく五英傑の口もとにみが見えたように思えた。


「そうであろうな」


 ゴオ隊長はそれだけ言うと、ぼくに背をむけた。大きな扉をあける。


 きしむ音をさせ、大きな扉がゆっくりと動く。


 ひらいた扉からは、赤い夕日に照らされたレヴェノアの街なみが見えた。


 目をとじ、そしてひらく。


 出陣だ。そう思い、ぼくは家を背に扉をでた。




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