第十五章 アトボロス 決戦の火

第317話 包囲された王都

 王の城。


 街の人からは、そう呼ばれている。


 その屋上で、夜の闇を見つめた。


 城壁の外は暗い。見えるのは闇ばかりだ。


 いま屋上にいるのは、ぼくと近衛兵の護衛がふたり。


 王が見はりをする必要はない。それはわかっているが、夜の見はりに立ちたかった。


 南からの強い突風がふき、しっかりと足を踏みしめる。


 立っているのは、屋上にこしらえた見はり台だ。すべての方向が見えるように、屋上の中央に大きな台座を作ってもらった。


 北を見る。なにか気配がした。


 目をこらして見る。動物の目だ。それも複数。


長弓ちょうきゅう!」


 ぼくの言葉に、ひかえていた近衛兵のひとりが弓をくれた。


 台座の上なので、屋上のふちにある防壁はじゃまにならない。そのまま矢を一本もらい、弓にあてた。


 弓の弦を引きしぼる。夜の闇に光る動物の目をねらった。


 矢を放つ。


 しばらくして、ぎゃんという鳴き声がした。当たったか。光る目はどこかにいった。


「グールでしょうか」


 弓を持ってきてくれた近衛兵の人だ。


「どうでしょう。夜行性の動物かもしれません。ですが、こちらを見ていた。ぼくの考えではグールであるほうが、濃厚だと思います」


 弓を近衛兵にわたした。見はりの体勢にもどる。


 東を見た。城壁の外、遠くに多くの明かりが見える。アッシリア軍の野営だ。


 おなじく西。荒野に野営の明かりが見える。


 東西にふたつ。アッシリア軍が野営をしていた。その明かりに特別な動きはない。今夜に夜襲をかけてくることは、おそらくないだろう。


 次に街を見おろす。石畳の通りには外灯があり、家々の灯りもあった。


 人の姿はない。いま夜は外出を禁じているからだ。


「この街の夜は、とてもにぎやかで、ぼくは好きだったのにな」

「はっ。敵に包囲され、もう十日ほどは過ぎますので」


 護衛の近衛兵は答えた。冷静な声だ。


 ぼくは冷静というより、なつかしいような気持ちだ。こうなってみると、あのにぎやかな街が遠い日のことのように思えてくる。


 いい街だった。おかえりなさい、そう市民に声をかけられたことも多々あった。結婚をする市民へ祝福の言葉を贈ったこともある。


 幸せな日々だった。この街にきてから、幸せな日々だったのだと、いまはよくわかる。


 東の空が白み始めた。もうすぐ夜明けか。


「今日の夜も、無事に終えたみたいだ。ぼくは部屋にもどるよ」


 そう近衛隊のふたりに声をかけた。


 見はり台からおりる。城のなかにむかった。


 階段をおりた最上階。ぼくの居室がある五階だ。


 三つの部屋があり、まんなかの扉が居室、左の扉が寝室だ。そのどちらでもなく、右の扉をあけた。


 部屋には、油灯の明かりがついている。


 中央に、小さな机を置いた部屋だった。北には窓。そのほかの壁は本棚だ。床から天井まで、びっしりと本がならんでいる。


 大量の本は、アグン山にあったボンフェラートの家から運び入れたものだ。


「知識の山。それでも解決策は、ここにはないか」


 皮肉を言いたい気持ちになり、ひとりつぶやいた。返事はない。壁を埋めつくすほどの本の山は、あたりまえだけど言葉は話さない。


 小さな机にある椅子いすを引き、座った。


 北にむいた窓をみつめる。


 なにか手はないだろうか。この椅子に座り、なんど考えてみても、いい答えは浮かばなかった。


 今日は隊長会議がある。街からぬけだしたラティオも帰ってくると聞いていた。敵に包囲されたいま、あの地下水道があるのが役に立っている。


 窓の外が明るくなってきた。


 思えば、ここから見える北が敵国アッシリア領だ。


 なぜ、そんなにこの国が欲しいのだろうか。考えても仕方がないことだけど、考えてしまう。


「なにか、手を考えないと」


 つぶやいてみた。口にだしたところで、ぼくに名案が浮かぶはずもない。それでも考えなくては。ぼくは、この国の王だ。


 窓の外に見える荒野。そのむこうには森が見えた。


 どうにかして、守りたい。窓の外を見つめ、心にあるのは、それだけだった。

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