第三章 グラヌス 決意の火

第44話 運河の渡し舟

 馬がへたってきた。


 ザンパール平原はまだ遠い。一度、馬を換えるか。もう一頭、馬をうしろに連れている。換え馬だ。


 馬の速度を落とす。


「グラヌス」


 背後から声が聞こえた。

 

「アト殿、どうされた?」

「なにか、怒ってる?」

「そんなことはない」

「そうか」


 怒ってはいない。だが、実のところ、腹が立っている。


 たみを守るのが兵士の役割。それがどうだ。村や町の兵士は仕事をしておらず、コリンディアの歩兵隊にいたっては錯綜さくそうしてウブラ国に戦争をふっかけようとしている。


 一つの村が全滅し、一つの街が襲われたのだ。今こそ、歩兵隊の力が必要なのに。


 馬を止め、地面に降りた。


 前にまわり、馬の顔を見る。意外にへばってはいない。少し休ませれば、また走れるだろう。


 来た道をふり返るが、ほかの騎影はない。


「アト殿、仲間の馬は見えるか?」


 馬上のアトが目を細めた。


「見えないな・・・・・・」


 どうやら、この馬が群をぬいて優秀だったようだ。


 人とおなじように馬も能力には差がある。短い距離なら足の速さはわかりやすいが、こういう長駆に関する能力はためす機会がないのでわかりずらい。


「とりあえず、運河まで行こう。そこでみなを待つ」


 それぞれ換え馬を二頭か三頭は連れている。自分もすでに一回換えた。


「グラヌス」


 ふいに呼ばれ、馬上のアトを見あげた。


「馬のあつかいを注意して見てきた。ひとりで乗れるかもしれない」


 おどろいた。アトは馬に乗れないので、ずっと二人乗りでやって来た。その合間に見て学んでいたというのか。


 もう一度、来た道をふり返る。仲間は追いついていない。馬はこの二頭だけだ。大事にすべきかもしれない。二人乗りより一人ずつのほうが馬への負担が軽い。ためしてみるか。


 二頭をつないでいた縄を右手に持ち、馬に乗った。左手で自分の馬の手綱をにぎる。


 アトの馬が方向を間違えば、自分が引っぱってやればいいだろう。


「少しゆっくりと走ってみる」


 アトがうなずいた。馬の腹を蹴り、出発する。


 駆け足ほどの速さだが、アトは上手く乗れているようだ。


 ここまで行動を共にし、この少年の性格はわかっている。いつも必死だ。まわりの足を引っぱらないように、常に考えている。


 コリンディアの歩兵を止めたのち、アトはどこへ行くのだろうか。考えられるのはアグン山のヒックイト族だ。


「グラヌス、もうちょっと速くてもいい!」


 後方から声が聞こえた。


「わかった、少し速度あげる」


 ふり返り、アトに伝える。思ったそばからこれだ。アトは頑張りすぎる。機会があれば、ラティオに相談しておこう。




 馬を走らせつづけ、運河の船着き場まで来た。


 テサロア地方を分断するかのように中央を流れる運河。その所々には渡し船の船着き場がある。


 ここまで、歩兵隊の姿は見なかった。もう河をわたったのか、それとも、ちがう道を進んでいるのか。


 待っていると、あらわれたのは、ヒューをうしろに乗せたラティオの馬だ。


「意外だな。二人乗りが、ほかより早いとは」

「いや、グラヌス、限界だ」


 ラティオの乗っている馬を見た。口のはしに泡がでている。


「あまりに差がついたんでな。潰れるのを覚悟で走らせた。これが最後の馬だ」


 そういうことか。だが、この判断の思い切りがラティオだ。副長のイーリクは自分より頭がよいと思うのだが、慎重すぎてよく失敗する。


「ほかの者は、どのあたりだろうか」

「さてな。お前を追いかけるので精一杯だったんでな」


 そう言いながら、ラティオは馬を降りた。


「それで、アッシリア軍は見たか?」


 自分は首をふった。


「もう、河をわたったのか、または、ちがう道なのか・・・・・・」


 ラティオが、おなじことを考えている。

 

「七人、目指す場所はおなじ。待たずにわたろう」


 ヒューはそう言い、運河を指した。渡し船が岸に近づいてくる。


「そうだな、馬も二頭あるみてえだし。よくもったな」


 ラティオが感心している。自分は胸をそらした。


「アト殿が馬に乗れるようになった」

「お前がほこるな。だが、それはすげえ。こっちの鳥もそうなりゃいいけどな」

「馬は嫌いだ」


 そういう問題ではないと思うのだが、この鳥人族は独特だ。いや、鳥人族にはこの一人しか会ったことがない。鳥人族ではなく、ヒューが独特なだけかもしれない。


「旅のかた、乗りますかね?」


 船着き場の男に呼ばれた。渡し船は桟橋に着いている。舟は平底の舟だ。馬もいっしょに乗れるだろう。


 アト、ラティオ、ヒューの三人を見ると、三人共がうなずいた。よし、向こう岸にわたろう。

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