第22話 いろいろ謝罪されてしまった
ノックをしたのは、ライアスさんだった。
なんだか身構えてしまう。
「お昼終わった?」
「はい」
「入ってもいい?」
「? はい」
なんだか今日はやけに遠慮がち。
どうしたんだろう。
「便秘薬、はまだありますよね?」
「いつでも便秘薬がほしくて医務室に来るわけじゃないよ。まあ便秘なんだけど、こないだリナちゃんがくれたお茶がほしくて。腹が痛くならずに出るしいい感じだったから」
そしてため息をつきながらさっきまでシルヴァンさんが座っていた椅子に座る。
なんでうなだれてるの?
「お茶は個人的に作っているもので、医薬品ではないのでここには置いていないんです。明日で構いませんか? お茶だと騎士団から補助が出ないから有料になると思いますが」
「うん、ちゃんと払うよ」
ため息をつきながら机に突っ伏して自分の腕の中に顔を埋める。
「……何かありましたか?」
「朝、お茶の話をしようと思って医務室に向かってたんだけどさ。後ろから団長に声をかけられて、めっちゃ厳しく釘を刺された」
「?」
「“いつまでもリナに悪質な絡み方をするならお前の異動も考える”って。ショックでしばらく何も手につかなかったよ。異動って……はぁ……ボコボコに殴られたほうが百倍マシ」
だから捨てられた子犬みたいな顔してるんだ。
うーん。
なんだかかわいそうに思えてくる。
「リナちゃんと団長のことにはもう口出ししないし、触ったりもしないよ。団長に捨てられるのが一番堪えるもん。それともこうして話してるのもダメなのかな」
「そんなことはないと思いますよ。急に触れたりしなければ私は別になんとも思いません」
「リナちゃん優しいね。はぁ……」
触られたりシルヴァンさんとの関係でどうこう言われるのも困るけど、こうして目の前でションボリされるのもどう対応したらいいのかわからない。
かわいそうな気もするし、なぜ私に? という気持ちもある。
「ライアスさんは本当にシルヴァンさんが好きなんですね」
「そうだね。憧れだし、大好きだし。もちろん恋愛ではないけどさ。子供のころから愛することも愛されることも知らないゴミみたいな人生だったけど、そういう環境から救い出してくれたのが団長なんだよね。だから僕にとって団長は神様みたいなものなんだ」
えっそうだったんだ。
だからこんなに心酔してるのかな。
詳しく聞く気はないけど、つらい環境で育ったんだなと思う。
「でもどうやっても団長の一番にはなれないんだ。団長が部下で一番信頼してるのって、結局アレス君だし」
それはたしかにそうかもしれない。
普通にシルヴァンさんのお屋敷にも出入りしているし。
「悔しいけどアレス君は色々なことができるからね。でも、僕だってもっと信頼されたい。リナちゃんはどうしたらいいと思う?」
「騎士のことがわからない私に聞いても答えは出ないと思います。シルヴァンさんに直接聞いてみては?」
「昔聞いたけど、自分で考えろ、自分で答えを見つけられない子供を側に置く気はないって一蹴されて終わった」
シルヴァンさん、手厳しい。
でも、たしかにライアスさんは十九歳にしては少し幼い感じがする。
育った環境のせいなのかもしれないけど。
「さっきも言った通り、私は騎士じゃないので重用されたり信頼されたりする基準はわかりません。でも、医務室の職員としてのアドバイスはできます」
「なに?」
「便秘を治してください」
「……?」
鳩が豆鉄砲をくらったみたいな顔をしてる。
ちょっとかわいい。
「ライアスさんは体を大事にしていないと思います。二日酔いだったり、好き嫌いが激しくて便秘したり、女の子にあえて斬りつけられたり。騎士は体が資本なんですから、体を大事にするのは基本中の基本だと思います。若いころからこんなんじゃ、さらに年齢を重ねたときにどうなってるかわかりません」
「……」
「それと、プライベートに口を出すつもりはありませんが、そこでトラブルが多い人も信用はされないかと思います。少なくとも私は彼女が複数いる人を信用しません。お酒も女性も節度を持てる人が大人だと思います」
「……厳しい」
「言われたくありませんでしたか?」
「いいや。はっきり言ってもらえてなんだかスッキリしたよ」
ふ、とライアスさんが笑う。
その顔はいつもより大人びて見えた。
「本当は僕も理由なんてわかってる。僕はわがままで感情のままに振る舞う子供で、団長に対しても理想を押し付けるから信用されないんだ。それがわかってるのに好かれるような行動をとれず、ただ気持ちを押し付けてしまう。それで焦ってヤケになってよけいに身勝手に生きて、さらに信頼を失う。たまにそれを団長に注意されると、逆にうれしくてさ。馬鹿だよね。さすがに異動の話は堪えたけど」
なんだか、わざとイタズラして構ってほしがる子供みたいだと思った。
そこまでシルヴァンさんがすべてなんだなあ。
振り向いてくれない親にすがる幼子みたいで、なんだか胸が痛む。
「偉そうなことを言ってごめんなさい」
「いいや……僕こそ悪かったよ。以前リナちゃんに嫌なことを言った。貴族の女性云々というより、結局団長と一緒に住んでて団長に大事にされてるリナちゃんに嫉妬したんだ」
「……」
「大事にされるのもわかるよ。リナちゃんはお人好しなくらい優しいのに芯がしっかりしてて魅力的だもんね」
「えっ!?」
あまりに予想外のことを言われて、間抜けな声を出してしまう。
ライアスさんがさっきまでのしおらしい表情を引っ込めて、にっこりと笑った。
「なんなら僕と付き合ってみない?」
「付き合ってみません」
「うわ、一秒でフラれた」
「彼女その三になるつもりはないし、刃物を持った女の子が登場するのも怖いので」
「そっちはちゃんとするつもりなのに」
いつもの掴みどころのないライアスさんに戻ってしまって、困惑する。
こうやって彼女を増やしてるのか……恐ろしい。
「まあ、あの団長の傍にいて宝物みたいに大事にされてるんだから、ほかの男なんてそりゃあどうでもよくなるよね」
宝物みたいに大事にされている。なぜかその言葉にドキッとする。
たしかにたくさん親切にしてもらってはいるけど。
「じゃあフラれ男は退散するよ。医務室に用事がある子がいるみたいだし」
そう言われて開けっ放しのドアのほうを見ると、紺色の髪を三つ編みにしている女の子が様子を伺っていた。
以前声をかけてきた二人の女の子の、遠慮がちなほう。
顔と首に包帯を巻いている。
「じゃあねリナちゃん。いろいろごめん。そしてありがと」
「はい。体を大事にしてくださいね」
ライアスさんが出て行っても、女の子はその場に立ったままだった。
「医務室にご用があるんですよね? どうぞ入ってください」
「は、はい……」
おずおずと女の子が入ってくる。包帯、ずいぶんと広範囲に巻いてあるけど……怪我かな?
女の子に診察用の椅子に座ってもらい、私もその向かいに座った。
「お名前を聞いてもいいですか?」
「ミーナです。その……先日は失礼なことを言ってすみませんでした!」
女の子が思いっきり頭を下げる。
その体は小刻みに震えていた。
「頭を上げてください、ミーナさん。私は気にしてないから大丈夫ですよ。今日はどうしましたか?」
「うっ……」
ミーナさんは、頭を下げたままポロポロと涙をこぼし始めた。
「大丈夫ですか? 話すのは落ち着いてからでもいいですから」
「うう、ごめんなさい。私……昨日厨房で火傷してしまったんです。落ちたものを拾って体を起こそうとしたときに、作りたてのシチューが入ったお鍋をひっかけてしまって、それが顔と体に……」
「かかった量は? 治療はどうしましたか?」
「まかない用だったので、大鍋ではなく普通のお鍋に半分強くらいです。すぐに水で冷やして、昨日のここの当番だったおじいさん医師が王立病院に行ったほうがいいというので、行きました」
王立病院がどれくらいのものかわからないけど、大規模な病院のようだから適切な治療が行われたと思うんだけど。
「そこで治療は受けたんですよね」
「はい。でも……顔に跡が残る可能性が高いって言われました……っ」
そっか、だから私のところに来たんだ。
魔女ならその跡をなんとかできるんじゃないかと。
若い女の子だもん、それは絶望するよね。もうすぐ結婚も考える年齢になるだろうし。
「わかりました。まずは傷を見せてくださいね」
椅子から立ち上がって診察室のドアを閉め、鍵をかけて小窓のカーテンも閉める。
ミーナさんは震える手でそっと包帯を外していく。
右頬から首、肩にかけて、ひどく赤くなって水疱もできている。
真皮までダメージを負っている、いわゆるⅡ度の熱傷だと思う。
跡が残るかどうかはダメージを受けた真皮の深さによるんだけど、そこまでは私では判別できない。
「やっぱり……跡が残りそうですか……?」
「はっきりとしたことは言えません。時間とともに消えるかもしれませんし、ひどい跡ではなくても、茶色っぽくなったり逆に白く色が抜けたりする可能性もあります」
「ただでさえ美人でもないのに、顔に跡なんて残ったら一生お嫁にいけません。あなたにひどいことを言っておいて図々しいのはわかってます。でもお願いです、なんとか助けてもらえませんか……お願いです……」
魔法薬。
火傷に効く魔法薬はたしかにある。
でもそれは皮下組織まで及ぶような火傷の治療のために調合されるもので、傷跡が残らないようにするためのものじゃないから、それに関してはどこまで効果が見られるかわからない。
魔法薬といっても、それこそ魔法のように傷をなかったことにはできるものではないし。
でも火傷を早く治す効果はあるから、跡に関しても一定の効果は見込めるかもしれない。
「一応、魔女の薬の中に火傷に効く薬はあります。でも、それで火傷の跡が残らないとは言い切れません。ダメ元でよければ、試してみますか?」
「ありがとうございます! 少しでも望みがあるなら、それに賭けたいです。魔女の薬は高価だと聞いたけど、少しずつでも必ずお支払いします。どうかお願いします」
彼女は騎士団の詰所で働いているけど、騎士団に所属しているわけじゃないから、いわゆる労災は適応されない。つまり医療費が自費になってしまう。
たしかに魔法薬は手に入りづらい素材を使うから、高額になる。
でも、家に帰れば素材がそろっているし、彼女にとっては一生がかかった問題だから、なんとか力になってあげたい。
「ひとまず、今手元にはないので家に帰ったら調合しますね。明日また来てください。お金は、効果が見られるようでしたら支払ってください」
望む効果が出なかったものに高いお金を払えというのは気が引ける。
ダメだったら、素材の費用は私の貯金から捻出しよう。研究費だと思えばいいかな。
主原料のサフラリスの花はラトンの森から採ってきたものだから、そこまで痛手にはならないし。
「ありがとうございます。あなたにひどいこと言ったのに、こんなに優しくしてもらえるなんて。あのときは本当にごめんなさい。みんなに慕われるあなたが妬ましかったんです」
「そんなにひどいことを言われたと思っていないので、大丈夫ですよ。薬についても、うまく効果が出るかどうかわかりませんし」
「顔に火傷跡が残るなんて絶望して、私……死のうかとまで考えてたんです。でも、たとえ効果が出なかったとしても、こんな私のために優しくしてくださる方がいるんですから、ちゃんと生きていこうと思います。そして一生懸命働いてお金を支払います」
「よかった。今はつらいと思いますが、命を大事にしてくださいね」
「はい……」
ミーナさんが下を向いてポロポロと泣き出す。
今日はひとまず通常の火傷用の薬を塗って、水ぶくれはなるべく破かないように伝えて治療を終えた。
その日の夜に魔法薬を調合して、翌日。
再度医務室を訪れたミーナさんに、魔法薬を塗った。
「経過を見たいので、これから毎日医務室に来てください。私やミーナさんがお休みの日は、この容器に入ったものを塗ってください。一回分を取り分けたものです。突発的な休みなどの予備として四回分お渡ししておきますが、一日一回、今くらいの時間に塗るというのを守ってください」
「わかりました。不思議と痛みも和らいでいますが、薬にはそういう効果もあるんですか?」
「強くはないけど鎮痛作用もあります」
「すごく助かります。何から何までありがとうございます」
ミーナさんは何度も何度もお礼を言って頭を下げると、医務室から出て行った。
きれいに治るといいんだけど。
今回作った魔法薬は薬効を保てるギリギリである二週間分だから、また作らなきゃいけない。
でも、素材の一つである、サフラリスの葉を使い切っちゃった。
魔法薬の素材は栽培が難しくて、自生しているのを取りにいかなきゃいけないものが多い。サフラリスもその一つ。
今回の薬はサフラリスが主原料だったから、大量に使ってしまった。
でも幸いなことに、ラトンの森にたくさん自生している。そろそろオルファのお墓参りに行こうと思ってたから、ちょうどいいや。
次の休みに行ってこよう。
夕食時にその話をすると、シルヴァンさんは渋い顔をした。
「どうかしましたか?」
「次のリナの休みと、俺の休みが合わない」
「そうみたいですね」
「今までは俺が一緒に行っていたが……」
月に一度オルファのお墓参りと小屋の掃除に行っていたけど、いつもシルヴァンさんがついてきてくれた。
彼の今の忙しさを考えれば、決まった日以外は休み取れないだろうと思う。ただでさえ彼の休みは少ないし。
だから今回は一人で行こうと思ってたんだけど。
「もう少し後にすることはできないか?」
「すみません、ちょっと急ぎで薬の材料が必要で……次の休みに行っておきたいんです。王都付近は街道警備の騎士団も見回りをしているし、治安がいいので一人でも大丈夫ですよ」
「女性の一人旅などさせられない。とはいえ俺も外せない案件があるし、アレスも任務で動いているし……。ひとまず、馬車は用意しよう。貴族用ではない地味な馬車だから安心してくれ」
貴族用じゃないと言っても、馬車を所有しているのはそこそこ裕福な人しかいない。
ただ貸馬車や乗り合い馬車もあるから、馬車に乗っているイコール裕福とは限らないんだけど。
「ありがとうございます、助かります」
「あとは護衛だな。団員の中から一定以上の腕で既婚でなおかつ安全そうな男を手配するか」
「騎士の方に私用でご一緒してもらうわけには」
「そこは心配しなくていい。俺がそうしてほしいから手配するし、騎士にも損がないようにする。これは俺のわがままだと思って聞き入れてくれ」
なんだか申し訳ないなあ。
でも心配をかけたいわけじゃないし、なんでも遠慮して断ればいいってものじゃないから、ここはありがたく受け入れておこう。
「わかりました。ありがとうございます」
そう言うと、シルヴァンさんはほっとした顔をした。
「本当はそれでも心配なんだが。万が一に備えて薬は色々持っていってくれ。連絡用、護身用、傷薬、解毒薬……できれば魔法薬のほうがいいな」
「はい」
一泊する程度の旅にしては多いなと思ったけど、それでシルヴァンさんが安心してくれるならいっか。
「それから、先日細工店で依頼したものが届いた。それも身に着けていってほしい」
え、あのとき何か依頼してたのって私のだったの?
たしか作るのが難しいみたいなことを言っていた気がするけど……なんだろう?
「食後に渡して説明する。リナにぴったりのものだ」
ますますわからない。
シルヴァンさんは「使う機会がないに越したことはないが」と苦笑した。
「あれこれと口を出してすまない。ただ、いつでもリナのことが心配なんだ」
「お気遣いありがとうございます」
私を見つめる真摯な瞳が、気持ちを落ち着かなくさせる。
なぜか直視できなくなって、目をそらした。
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