第19話 おしゃれなんて何年ぶりか
私は今、悩んでいる。
今日はシルヴァンさんと街にお出かけの日なんだけど……何を着ていけばいいんだろう。
クローゼットの中には申し訳ないくらい色々な服を取り揃えてもらっているんだけど、どういう服装で行ったらいいのかよくわからない。
ドレスは除外、仕事着のもっさりチュニックもさすがに却下。
やっぱり無難にワンピースか、シャツとスカートかな。髪型は、このままでいい? うーん……。
って私、なんでこんなに悩んでるの。
これじゃあまるで初デートに浮かれてるみたい。ただの買い物なのに。
恥ずかしい。
とそこで、出入口のほうの扉がノックされる。
返事をすると、メイドさんが入ってきた。私より少し年上の、アニーさんという人。
「リナ様、おはようございます」
「おはようございます」
「ふふ、敬語はおやめくださいと申し上げておりますのに」
「ごめんなさい、癖で。何かありましたか?」
「はい、お仕度のお手伝いに参りました」
いつも身支度は自分でするから手伝ってもらうことってないんだけど、珍しい。
でもわざわざ来てくれたのに断るのも申し訳ないよね。
「ありがとうございます。でも、まだ服を決めてなくて」
アニーさんがなんとも言えない笑みを浮かべる。にや~っていう感じの。
「僭越ながら、お洋服を選ぶお手伝いをさせていただいても?」
「あ、はい。お願いします」
王都に長いこと暮らしているアニーさんなら、ダサくないけど気合入りすぎでもない、ちょうどいい服を選んでくれるかもしれない。
あまり変な格好だと一緒に歩くシルヴァンさんが恥ずかしい思いをするかもしれないし。
「そうですね、では春らしくこちらとこちらの組み合わせはいかがでしょうか」
そう言ってアニーさんが取り出したのは、白い半袖ブラウスと、ピンクに少しオレンジを混ぜたような色のやや厚手のフレアスカートだった。
ブラウスはまだしも、ピンク!!
鮮やかすぎるピンクじゃなくて、ベージュにも近いわりと落ち着いた色の……なんていうんだっけこれ、サーモンピンク?
落ち着いた色とはいえピンクなんて日本にいた時にも着たことない。
「こんな可愛らしい色は着たことがなくて、着こなせるかどうか」
「落ち着いた色ですから、問題ありませんわ。リナ様はお若い上にせっかくとてもお美しくていらっしゃるのですから、これくらい明るい色合いがお似合いかと思います。男性だらけの職場には普段の服でちょうどいいかもしれませんが、せっかくのお出かけなのですから」
暗に普段は地味だと言われている気がする。実際その通りなんだけど。
「騙されたと思ってまずはお召しになってくださいませ。さあさあ」
お手伝いをお願いした手前、断ることもできない。
結局アニーさんの迫力におされて、着替えた。
「まぁ~、なんて素敵! お似合いです!」
普段が地味な分、すごい頑張っておしゃれしたみたいで恥ずかしい。
でも言えない……一生懸命選んでくれたし……。
「リナ様は本当にスタイルが良くていらっしゃいますね。お腰は細いのに女性らしいラインで、脚もスラっと長く」
「いえそんな。というか、ちょっと体のラインが出るのが気になって……」
自分で言うのもなんだけど、胸は大きいほうだと思う。巨…ってほどじゃないけど。
日本で知らないおじさんにいやらしい言葉をかけられて以来、体のラインが目立たないような服装を選んできた。
でも今はいているスカートはハイウエストで、胸の下からウエストにかけてぴったりとしていてそこから控え目に膝下までフワッと広がっている作りだから、しっかりと上半身のラインが出てしまっている……気がする。
首回りがあいているしブラウスは少しゆったりした作りだから、パツパツ感はないんだけど。
「まったく問題ありませんわ。ご主人様もお喜び……ではなく、それくらいいたって普通でございます」
普通なのかぁ。
着慣れないから落ち着かないだけなのかな。
この世界の人は欧米人に近い感じだから、私より女性らしい体つきの人もたくさんいそうだし。
「では鏡台の前にお掛けくださいませ。髪を少しだけ結いましょう」
「あ、はい」
「そうですね、前髪は斜めに分けて額が少し見えるように。あとはサイドの髪を後ろで結いますね」
そう言うと、アニーさんはあっという間に髪をハーフアップにしてピンでとめて、前髪を少し流した。
普段より少し大人ぽく見える。
さらにアニーさんは小さな容器を取り出した。中身は、口紅!?
「さすがにお化粧までは」
「ご心配なさらずとも、口紅をうーっすら塗るだけですわ。大人ですから、このくらいは身だしなみのうちでございます」
身だしなみと言われてしまうと反論できない。
されるがままに筆で口紅を塗られ、綿棒でぽんぽんと調節されていく。
「さあ、出来上がりましたわ。なんてお美しいのでしょう。ご主人様にお似合……いえ、どうか楽しんできてくださいませ」
「ありがとうござます」
鏡の中には、明るい色の服を着たいつもより大人びた自分。
口紅は淡い色合いのものを本当にうっすら塗っただけど、つやつやと色づいてきれい。
おしゃれしたのなんて、どれくらいぶりだろう。自分でも不思議だけど、ちょっとわくわくするような気分。
目立つのも男性に変な目で見られるのも怖くていつも地味でいたけど、私も女なんだなあ。
「バッグはこちらのものを」
バッグ小さい。
お財布とハンカチ、あとは緊急用の薬だけいくつか入れておこう。
「リナ様、ほかに準備されるものなどはありますか?」
「いえ、これで終わりです」
「承知いたしました。ではご主人様に声をかけさせていただいてもよろしいでしょうか」
アニーさんに返事をするよりも早く、続き部屋の扉がノックされた。
「はい、……どうぞ」
うわ、なんだか緊張してきた。
「ではわたくしはこれで」
アニーさんは、シルヴァンさんがこちらに来る前に素早く出て行った。
続き部屋の扉が開く。
「リナ。準備は終わっ……」
不自然に言葉を切って、ドアノブに手をかけたままシルヴァンさんが固まる。
ものすごく見てる。
そ、そんなに見ないで……。やっぱり気合入れすぎた人みたいに思われたかな。
恥ずかしくなって、目をそらす。
「あっ……いや、いつもと違う感じで驚いて。リナ、すごくかわいい。きれいだ」
ひえええ。
男性にこんなにストレートに褒められると、どうしていいかわからない。
おしゃれした女性は褒めるのが文化なのかもしれないけど、こんなかっこいい人にそんなことを言われるなんて。
「えっと……ありがとうございます」
ここで、こんな色着慣れないから変な感じとかお世辞でも嬉しいですとか言うのは、褒めてくれた人に失礼だよね。
思考が死ぬほど後ろ向きなのは自覚してるけど、なるべくそれを口に出さないようにしてる。
言われたほうは困るだけだから。
でも。
「本当に美しいし、服も髪型も似合っている。こんなに素敵な女性と街を歩けるなんて光栄だよ」
ううっ、もう許して。
「ああ、すまない。前のめりすぎたな。でも本心なんだ」
あぁぁぁ
「シルヴァンさんも素敵、です……」
こういう時に男性を褒め返すのってどうなんだろうと思いながらも、それしか思い浮かばなかった。
お世辞じゃなく、シルヴァンさんはかっこいい。
シャツにズボン、薄手の黒いジャケットというシンプルな服装なんだけど、そのほうがかえってシルヴァンさんのスタイルのよさとかっこよさが際立つ。
「ありがとう、うれしいよ。じゃあ行こうか」
「はい」
ふう……変な汗かいちゃった。
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