第17話 モヤモヤ
カレンさんから「合格」をもらったと聞いたのが昨日の夜のこと。
こんなに早く答えが出ると思っていなかったから驚いたけど、素直にうれしかった。
一応もう少しだけ様子を見て、問題がなければ正式採用になるとか。
よかった。仕事があるってやっぱりうれしいし、安心する。
今日はカレンさんはお休み。
妊婦検診があるとか。
お腹はあまり出ていないと思ったけどもう七か月ときいてびっくりした。もとがスラッとしてるからあまり目立たないのかな。
これからは少しずつ休みを増やしていくとか。初産だし無理しないほうがいいよね。
カレンさんが安心できるよう、私も頑張ろう。
……と思ってはいるんだけど。
目の前にニコニコと座るライアスさんをどう扱っていいのかいまだによくわからない。
私に興味がなさそうなのに、どうして毎日医務室にくるんだろう。
監視?
「今日はどうされましたか。お通じですか」
「ああ、昨日でかいのが出たからそっちは大丈夫。アドバイス通り朝に水も飲んでるよ。食事はまあおいおい」
「そうですか。では今日はどうして?」
「いやー、今朝女の子が家に乗り込んできてさ。その時別の女の子と一緒にいたから修羅場になっちゃって、一緒にいた女の子をかばってナイフで切りつけられちゃった」
ほら、と袖をまくって見せられた腕には、たしかに血がにじんでいる包帯が雑に巻かれていた。
なんて言っていいかわからず、無言になってしまう。
そんな昼ドラみたいな展開が、朝から……。
たしかにモテそうな人ではあると思う。
人懐っこそうなたれ目気味の大きな瞳に、ふわっとしたくせ毛。整ってると思うし、体つきも騎士だから引き締まってる。
とはいえ、乱れた生活をしてるなぁと思う。でもプライベートだし口出ししないでおこう。
「ひとまず傷口を診ます。包帯を取りますね」
そっと包帯をとると、ざっくりと切れた傷口から血が流れた。
縫うほど深くはないけど、まだ血は止まっていない。
「縫う必要はないと思います。薬を塗りますね」
「よろしく。ほどよい感じで切られてるでしょ? 深すぎないし、切りつけたほうがびっくりして逃げ帰るくらいには血が出る。女の子を制圧するわけにはいかないし、いい方法だと思わない?」
「思わないですね……」
彼の腕をボウルの上に乗せ、水をかけて傷口を洗う。
「しみる」
「ごめんなさい。この布で傷口を押さえておいてください」
彼が傷口を押さえているあいだに、容器に水を少量入れて傷薬の粉を入れて練る。
それを彼の傷口に塗った。
「うわっ何このネチャネチャしたやつ」
「傷薬です。止血の作用があります。お昼前にはネチャネチャが乾燥してくるかと思いますが、その頃にはもう血は止まっているはずなので包帯ごと取ってしまってください。完全に乾燥する前に必ず取ってください」
言いながら、硬そうな筋張った腕に包帯を巻いていく。
彼はじっとその様子を見ていた。
「なかなか手際がいいね」
「ありがとうございます」
「なんでこいつ毎日来るんだろうと思ってるでしょ」
思ってます。
「リナちゃんに気があるからって言ったら?」
「そうは見えません」
「手ごわいね。やっぱり超絶かっこいい団長の側にいるから、ほかの男なんて目に入らないのかな?」
やっぱりシルヴァンさんのファンなんだなあ、この人。
どう答えるのが正解かわからないから、あえて何も答えない。
「団長と一緒に住んでるのは、解呪のため?」
「そうですね」
「解呪が終わったら出ていくの?」
「……そうなるかと思います」
とりあえず一緒に住んでいることが気に入らなそう。
隣の部屋に住んでるなんて恐ろしくて口が裂けても言えない。
「まあそうだよね。王太子殿下が即位すれば団長はいずれ爵位を授かるかもしれないし、そのためには貴族のお嬢さんと結婚しておいたほうがいいだろうし」
爵位。
貴族の女性との結婚。
やっぱり、私とは違う世界の話。
そっか、この人は尊敬するシルヴァンさんにそういうふうになってもらいたいんだ。
田舎出身の魔女がそれを邪魔するんじゃないかと。だから私を探ったりやんわりと遠ざけようとしてるんだ。
ライアスさんに言われなくても彼から離れるつもりでいるのに、どうして胸のあたりがモヤモヤするんだろう。
「いつ俺がお前に未来を決めてくれと言った?」
冷たい声に顔を上げると、入り口のところにシルヴァンさんが腕を組んで立っていた。
「……団長」
ライアスさんが気まずそうな顔をする。
「俺の将来は俺が決める。お前が言ったようなことには少しも興味がない。リナに無駄に絡むな。不満があるなら俺に言え」
叱られた子犬のようにションボリするライアスさん。
たしかにシルヴァンさんがいつになく怖い。ひどく冷めた目をしている。
空気が重い。
なにか、話題を……。
「そうだ、ライアスさん」
「なに」
「お通じが悪いようですから、このお茶を試してみてください。薬で出すより体に優しいので」
そう言って、持ってきた茶葉を渡す。
「……お気遣いどうも……」
無気力に言って、ぺこりと頭を下げて去っていく。
シルヴァンさんが、ため息をついた。
「すまない、リナ」
「なにがですか?」
「ライアスは昨日も一昨日も来ていたんだろう。アレスから聞いた。今まで女性に対してこんなことはなかったのに、しつこくリナに絡むとは。俺の見通しが甘かった」
「実害はないし、ひどいことを言われてるわけでもないので大丈夫ですよ」
今まで女性に対してこんなことはなかったのに、か。
シルヴァンさんの周囲の女性……つまり恋人に対してってこと?
私が貴族でもなく、彼の隣に立つのに相応しい女性でもないからライアスさんは気に入らないのかな。
私は恋人ですらないのに。
……だめだ。
なんだかモヤモヤするから、この件について考えるのはやめよう。
「いやな思いをさせてすまない。あいつは少し俺にこだわりすぎるところがあるんだ。よく言い聞かせておく」
シルヴァンさんの前では子犬みたいなんだよね、ライアスさん。
そう考えればかわい……くはないけど微笑ましい気もする。年下だし。
「お気遣いありがとうございます。でもきっとどこで働いてもいろんなことがありますから。いい環境で働かせていただいて感謝しています」
街で働けば、ジャックさんみたいな人にしつこく絡まれることもあるかもしれない。
以前町の酒場で見かけたように、突然お尻を触ってくるような酔っ払い客だっているかもしれない。
それを考えれば、シルヴァンさんの管理下で安全に働けるんだから、この上なくありがたい。
ライアスさんはちょっと対応が難しいけど、私に興味はなさそうだし、乱暴なわけでもない。
「リナはしっかり者だな。もっと俺に愚痴を言ったり甘えたりしていいのに」
何も答えられず、誤魔化すように微笑する。
お父さんにも言われたなあ、こういうこと。つらいときはつらいって言っていいんだと。
「ライアスのことも含め、何かあったらすぐに言ってくれ。リナがしっかりしているのはわかっているが、自分でなんとかしようとせず必ず俺を頼ってほしい」
「わかりました」
私もなんでもかんでも自分で対処できるとは思っていない。
シルヴァンさんも私に仕事を紹介した立場もあるだろうし、甘えるのが得意とか不得意とかじゃなく、少なくとも騎士にかかわることはちゃんと相談しないとね。
「ところで、リナ」
「はい」
「今度の休み、一緒に街に出て買い物でもしてみないか? リナが好きそうな店を見つけたんだ」
街にお出かけ!
何度か買い物しに行ったことはあるけど、王都は広すぎて何がなんだかよくわからなかった。
私が好きそうな店ってなんだろう。やっぱり薬関連かな。
「はい、ご一緒させてください」
「よかった。楽しみにしているよ」
「よろしくお願いします」
シルヴァンさんは優しく微笑むと、「では仕事に戻るよ」と医務室から出て行った。
空いた時間をカルテづくりに費やしながらその日一日を無難に過ごして、医務室に鍵をかけて帰ろうとしたとき。
後ろから「ねえ、ちょっと」と声をかけられた。
振り返ると、二人組の女の子。
詰所の食堂で働いてる女の子たちだったかな?
たぶん私よりも年下。
「なんでしょうか?」
茶色い髪を後ろでひとつに結い上げている女の子が、一歩前に出る。
気の強さがうかがえる表情。友好的には見えない。
「あなた魔女なんだって?」
「……はい」
この世界では魔女というのはそう珍しくないし、迫害の対象でもない。
オルファみたいに特殊な能力を持っている人はごく稀で人里離れたところに住むことが多いらしいけど、薬づくりを生業とするだけの魔女なら普通に街の中に住んでいる人もいる。
だから魔女かと聞かれて素直に答えたんだけど。
「あなた怪しい薬でも使ってるの?」
「はい?」
「とっ、とぼけないでよ」
紺色の髪を三つ編みにしている女の子も、参戦してくる。
おとなしそうな子に見える。私が言うのもなんだけど。
「あのシルヴァン様が特別扱いするなんて。ライアス君や他の団員、怖いアレスさんまで……惚れ薬でも振りまいてるんじゃないの?」
茶色の髪の子にとんでもない言いがかりをつけられ、一瞬言葉につまる。
ライアスさんみたいな人も対応が難しいけど、こういうのは女の子のほうが手厳しいんだよね。
「そんなことはしていません。私が不慣れだから皆さん気にかけてくださってるだけですよ。あと惚れ薬というのは存在しません」
「えっ、そうなの……。じゃなくて、それじゃあ納得できないわ」
紺色の髪の子が、ちょっとかわいく思えてしまった。
それに、こうして直接文句を言ってくるだけまだいいほうだと思う。ちゃんと面と向かって否定できるから。
聞こえるようにヒソヒソ言われるというのが、反論すらできなくて一番堪える。
「リナさんの言う通りですよ」
その声に振り返ると、副団長のオスカーさんが廊下の角から出てきた。
「彼女は何も怪しいことはしていませんし、団長の恩人ですから皆色々気遣うのは当然です。納得しましたか?」
「でも……」
まだ不満そうな女の子たちに、オスカーさんが優しい笑みを浮かべる。
「かわいらしい女の子たちが争うのは見ていて心が痛みます。それぞれ大切な役割があるのですから、その役割を果たすことに集中してくださいね」
口調は優しいけれど、余計なトラブルを起こさずちゃんと仕事しろと言っているように聞こえてちょっと怖い。
「はい、じゃあ解散」
ぽんぽん、とオスカーさんが手をたたく。
女の子たちはこちらをチラチラ見ながら帰っていった。
「気を遣わせてしまってすみません、オスカーさん」
「そこはリナちゃんが謝るところじゃないでしょう。むしろ申し訳なく思うよ」
「いえ、こういうことはどこでもありますから。そんなにひどいことを言われたとは思ってませんし」
たしかに彼女たちが言っていたことは言いがかりだしちょっと好戦的ではあったけど、味方のふりをして裏でこそこそ悪口を言われるよりはよほどいい。
日本ではそういう経験もあったから、感情をストレートに出す彼女たちがまだかわいらしく思えてしまう。
オスカーさんが苦笑した。
「君は昔のカレンに少し性格が似ているね」
「カレンさんに、ですか?」
カレンさんはうらやましいくらい強くて、さっぱりしていて。私に似ているところなんてないような気がするんだけど。
「光栄ですが、似ていますか?」
「カレンはストレートに気が強いけど、君は内側に秘めるタイプだよね。その点では似ていないけど、しっかり者で甘え下手なところは似ているよ」
ほかの男性には厳しいけど、あんなにオスカーさんに心を許している人が甘え下手?
昔のカレンさんっていうことは、オスカーさんに出会う前は違ったんだろうか。
そんな私の考えを見透かすように、彼は穏やかに微笑んだ。
あ……この笑い方。少し、お父さんに似てる気がする。
お父さんも眼鏡をかけていたからかな。
「リナ」
オスカーさんとは別の、私を呼ぶ声。
「あ、シルヴァンさん」
「退勤時間だろう。送る」
「え? でもお仕事は……」
ちらりとオスカーさんを見ると、苦笑していた。
「仕方がない。ただし裏門までですよ」
「わかっている。リナを見送ったら戻る。行こうリナ」
そう言って、シルヴァンさんがゆっくり歩き出す。
私は笑顔で手を振るオスカーさんに「お疲れ様でした」と頭を下げると、シルヴァンさんの背中を追った。
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