第6話 恋

 二人はそれから、毎日放課後には会っていた。

散歩をしたり、お茶したり、お金はなかったが、それでも、休みの日は少し奮発してお互いのバイト代を出し合って遊園地にいったり、映画を見たりもした。


「なかなか、良かったね」

「うん、正直あんまり期待してなかった分、いい意味で裏切られた感じ」

二人はさっき観た映画の感想を述べ合っていた。


「あ、あそこの公園入ろうよ」

「えっ?あーあそこね。了解!」

それは、小さな児童公園で、低学年くらいの子どもたちが、ワイワイと遊んでいた。

公園に入ると、少し奥まったところのベンチに腰掛けた。


「ちょっと待ってて」

宙は言うと、絵羽をベンチに残してどこかへ歩いていった。


「お待たせ〜」

戻ってきた宙の手には温かい缶コーヒーが握られてコンビニの袋に肉まんが入っていた。


「いただきまーす」

二人合わせて缶コーヒーの蓋を開けるとその音がシンクロした。


「うーっ、みるぅ」

絵羽が言うと宙も

「うん、この温かさが沁みるねー」

と答えた。

三月の末になり、いつもなら桜が咲き誇る季節だったが、今年は寒の戻りがあって肌寒い日が続いていた。


「おじさん、おばさんか」

絵羽が突っ込んだ。

「あはは、確かに。でも、おじさんおばさんになってもこんな感じで一緒にいたいな」


「そうだね。ずっと歳取るまで一緒にいて、おじいちゃん、おばあちゃんになったら、縁側でお茶をすすってたくあんとか食べるの」

「あー、いい、そういう人生。平凡だけど、それが幸せっていう感じ」


「そう、派手なことはなくて、淡々と日常が流れてくけど、その中に小さな幸せがある感じ」

「よかった」


「え?」

「絵羽と同じ価値観で」


「価値観?」

「そう、そういうのって大事だと思うんだ」


「……」

「恋愛してても、結婚してても、長く続くのは、なんか、心の底に流れてるそれぞれの価値観が一緒かどうかで決まる気がするんだ」


「そっか、うん、わかる気がする」

「だから、絵羽とはその心の底のほうでつながってる、そんな気がするんだ」


「宙……」

絵羽は冷たくなった手を宙の手に重ねた。

宙は冷えきった絵羽の手を温めるように、その手を優しく握った。


いつの間にか日が傾き、五時のチャイムを聞いた子どもたちが、次々と帰っていった。

二人きりになった小さな公園は、そのまま二人だけの世界になった。


「絵羽……」

絵羽の肩を引き寄せて、宙から優しくキスをした。

実は最初の強引なキス以来、デートをする度にチャンスは伺っていたが、なかなかタイミングが合わずずっと機会を逃してた。


「久しぶり……だね」

絵羽が、そっと唇が離れた後言った。

「うん」

宙は恥ずかしくて、チャンスを狙ってたとは言えなかった。


「ずっと……」

「え?」


「ずっと一緒にいてね」

「当たり前だろ」

宙は言いながら、絵羽の肩を抱き寄せると絵羽は宙の肩に頭をピタッとくっつけた。

宙はその絵羽の頭を優しくポンポン、とした。



別の日、宙は美樹生を絵羽に紹介した。


「あっ、は、初めまして、田中美樹生です。

絵羽、あ、一ノ瀬さんのことは、宙から伺ってます。よろしくお願いします」

そういうと美樹生は道の真ん中で絵羽に向かって深々と頭を下げた。


「プフゥ!」


宙と絵羽は同時に吹き出した。


「あはははは!美樹生おまえ、マジメか?」

「ククッ、苦しい、お腹痛い」

笑いすぎた絵羽がお腹を押さえて言った。


そのあと、三人でカフェに入った時は美樹生も緊張が解けて、いつもの調子に戻っていた。


「いや、マジで、絵羽ちゃん、宙には勿体ないっす」

「どういう意味だよ」

宙が不機嫌そうに問いただした。


「幼稚園から宙と一緒だけど、一度だって女の子と付き合うなんてなくて、いつも片想いで、自分から言い出せないから、俺がお膳立てして相手のコにアポ取ったりして……」

「ちょっと待て美樹生、確かに片想いは多かったけど、相談はしてもアポ取りまで頼んだことなんてなかったろ」


二人の漫才のようなやり取りを絵羽はニコニコしながら見ていた。


「て、ことで、絵羽ちゃんは宙ではなく、わたくし美樹生と付き合いませんか」

「なんで、そうなるんだよ!」


「あははは、美樹生くん、ありがとう。気持ちは嬉しいけど、ワタシ、宙が大好きなんだ」

言われた宙は自分の顔がみるみる赤くなるのがわかった。


「くー!振られた」

美樹生はわざとらしく言うと宙の肩をポンっと叩いて

「と、言うことで、宙は一生絵羽ちゃんと一緒にいるように」


「あははは!」

絵羽が笑う傍で、宙は『なんだこいつ』という顔をしながらも、絵羽の愛情を確かめてくれた美樹生に感謝していた。


帰りがけ美樹生は

「マジでいいコだな、絵羽ちゃんて。正直おまえには勿体ないって思ったけど」

「けど?」


「なぜか、絵羽ちゃんはおまえにゾッコンだよな」

「なぜか、は余計だ」


「でも、よかった。宙が幸せを掴んで。自分のことのように嬉しいよ」

「美樹生……」


「あっ、でも、絵羽ちゃんを裏切ったりしたら、即ぶん殴って、俺が絵羽ちゃんと付き合うから、そこはよろしく!」

「俺から裏切ることはないな、振られることはあるかもだけど……」


「確かに」

言われた瞬間、宙は美樹生に飛びついた。

でも、心から祝福してくれる美樹生に改めて感謝した。

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