鍋と白熱電球と道路標識

犬丸寛太

第1話鍋と白熱電球と道路標識

 今日も今日とて俺は深夜の路上ライブを行う。

 場所は人気のない丁字路。チカチカと俺を照らす白熱電球のスポットライトの下、観客は二人だけ。といってもそれは人ではなく歩行者専用の道路標識に映る大人と子供。巷では子供を誘拐しようとする場面を示しているという都市伝説があるらしい。確かに、にょろりと不気味に伸びた大人の手を少女が振りほどこうとしているようにも見える。明滅する光量の少ない白熱電球に照らされ余計に不気味だ。しかし、昨日もその前も二人は俺の路上ライブを楽しみに聞きに来てくれている。俺にとっては大事な観客だ。

 俺はチューニングもそこそこに昔に貰った真っ赤なギター、“ボロ”と名付けられたギターをかき鳴らす。実に気分がいい。

 昔はバンドをやっていた事もあった。そこそこ名の通ったバンドだったが俺にとってはそれがいけなかった。観客の人数、売り上げ、そんな数字ばかりの音楽に何の価値があるのか。俺は嫌になってバンドをやめてしまった。

 音楽もやめようと思ったが、どうにも部屋の隅で埃をかぶる“ボロ”が夜な夜なまた私を抱いてくれなんて言うもんだから仕方なし俺は人気のない場所を選んで路上ライブを始めた。

 人の目も、数字も、メンバーの事も何も考えずただひたすらに思うままにギターをかき鳴らし、声を張り上げるのはすこぶる気分が良かった。

 流行りの歌やら往年の名曲やらひとしきりやった後、軽くMCを入れる。

 

 「今日は冷えるな。手がかじかんで上手く演奏できねぇや。だがよ、お前らの情熱、伝わってくるぜ!」


 叫びながら俺はポケットに忍ばせたカイロで手を温める。カッコ悪い事この上無いが口を利く観客がいるでも無し。やりたいようにできる。

 

 「今日はお前ら二人の為に曲を用意してきたぜ。聞いてくれ。」


 俺は再び“ボロ”を構え、Gコードの形に指を押さえる。勢いよく振り下ろされたピックが“ボロ”めがけて突進する。その刹那、“ボロ”の一弦がはじけ飛んだ。哀れ“ボロ”が歌うはずだったGのハーモニーは落ちの無いヘンチキ音となって鎮まり帰る辺りに響き、やがて勢いを失った。

 

 「すまねぇ、今日は相棒の機嫌が悪いみたいだ。また明日やるから来てくれよな!」


 一先ず別れのMCを言って俺は撤収することにした。

 やれやれ相棒よ。いい所だったのに連れねぇじゃねぇか。

 “ボロ”をギターケースにしまい、おひねり入れとして置いておいた鍋を掴みその場を後にしようとした時だった。


 「キャーーーーー!」


 さっきの“ボロ”の比じゃねぇ不協和音が俺の耳を劈く。なかなかロックだ。

 白熱電球の弱弱しい明かりが届くかどうか、丁字路の俺が陣取る正面の先に薄ぼんやりだが人影が見える。

 大人と子供だ。しかし、見慣れた道路標識とは違いえらくすったもんだしている。

 間違いない、誘拐だ。カウンターカルチャーを愛する俺は、弱いものいじめが大嫌いだ。

 俺は右手の鍋を力強く握り、走り出す。

 近づいてよく見ると男は山高帽に厚手のコート。いかにもだが、何か変だ。コイツ、それ以外身に着けてねぇ。露出狂だ!

 男は俺に気が付くと脱兎のごとく走り出す。ちらりと見えてしまった露出狂のソレは悔しいが俺のよりまぁまぁデカかった。鍋を持つ手に一層力が入る。

 俺は叫んだ。


 「これがぁ!弱者の力だぁ!」


 もはや少女を救うという目的は俺の尊厳を守る方へすり替わっていたが、マジョリティへの反逆という大義は失っていない。

 男の脳天をぶっ叩いた鍋はゴンと鈍い音をたて、男はよろめきながら逃げていった。

 

 「見たか、変態野郎!弱者を舐めんじゃねぇ!」


 スッキリした俺は、少女に語り掛ける。


 「男はデカさじゃねぇ。魂だ。」


 少女はきょとんとしていたが、危機が去った事は分かったのだろう。俺にぺこりと頭を下げてきた。

 

 「お嬢ちゃん、まだ何にも詰まってねぇ頭を下げるのもいいが、ここはひとつギブ&テイクといこうじゃねぇか。」


 「なにそれ?」


 「お嬢ちゃん百円、いや二百円持ってない?ギターの弦が切れちゃって。」

 

 「おじさんビンボーなの?」


 「うん、まぁ。」


 「しょうがないなぁ。」


 チャリンチャリンと二枚の硬貨が鍋の中に入れられる。よく見ると一枚は五十円だ。ちゃっかりしている。

 

 「それじゃあねおじさん。助けてくれてありがとう。」


 「送っていかなくていいのか?」


 「家、近所なの。おじさんの歌、私結構好きだよ。」


 言った通り、少女はすぐ近くの家へ入って行く。

 取り残された俺はあることを考えていた。

 音楽を嗜むものなら誰でも知っている伝説。クロスロードの悪魔。とある男が十字路で悪魔と契約し超越的な音楽センスを手に入れるという話だ。

 

 「丁字路の天使か。」


 随分ちっこくてしけた天使だったが、悪くない。

 俺は天使がくれた百五十円を握りしめ楽器屋へと向かった。


 「やっぱ音楽は聞き手あってこそだぜ。」


 これは明日から適当できないな。


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鍋と白熱電球と道路標識 犬丸寛太 @kotaro3

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