ブラック冒険団を追放された回復術師。近接戦なら最強でした ~【正団員】にしてやるから戻って来いと乞われても、ホワイト冒険団にスカウトされたのでもう遅い~
上下左右
第1話
「かぁー、やっぱり派遣は使えねぇわ!」
魔物が蠢く【怪物の森】で、冒険団の団長であるクラフトが大声を上げる。他の団員たちも口元に嘲笑を浮かべていた。
派遣。それが誰の事を指しているのかは一目瞭然だった。
黒髪黒目の珍しい容貌と、凛々しい顔立ちの青年、アルフォード。冒険団【銀色の鷹団】で唯一の派遣団員であり、回復術師として働いていたが、冒険団での扱いは最悪だった。
「あ~、やっぱり正雇用しないと、ろくな人材がいねぇなぁ~」
「クラフトさん、可哀想ですよぉ~」
「派遣に期待しすぎるのが酷ってものです」
「それは違いねぇ」
腹の底から哄笑する冒険団の団員たち。悪趣味な笑いを、アルフォードは眉を顰めながらも黙って聞いていた。
「おい、派遣。何とかいったらどうだ!」
「……俺が活躍できないのは職責外の仕事をやらせるからだろ」
アルフォードは回復術師として派遣されていた。しかし任される仕事は攻撃魔法や強化魔法によるサポート、つまり後衛術師としての役割を主に担当していた。専門外の職務で力を発揮できるはずもなく、冒険団で無能扱いされていた。
「ぷっ、はははは、聞いたかよ。派遣のくせに団長である俺に反論してきやがったよ」
「能力もなければ常識もないとか」
「やっぱり派遣はやばいっすね」
冒険団の空気はアルフォードに冷たい。何を言い返しても、嘲笑が返ってくる。
「クラフトさん、次の派遣は後衛術師にしたらどうです?」
「そりゃ駄目だ。後衛術師は派遣のくせに単価が高いからな。だからこそ、アルフォードのようなヘッポコを採用しているわけだからな」
派遣は職責によって単価が異なる。
剣士や格闘家は危険度が高いが従事者も多いため、派遣料は月に金貨三十枚ほどあればいい。
だが後衛術師は前衛より危険は少ないが、従事者も少ないため、派遣料は月に金貨三百枚が最低でも必要になる。
この必要金貨の枚数は個人の能力によっても変動するが、裏技を使うことで、節約することが可能になる。
その裏技を成り立たせているのが回復術師の存在だ。回復術師は従事者も多く、危険も少ないため、派遣料は月に金貨十枚もあればいい。もちろん回復力に応じて単価は変わるが、それでもあらゆる職責の中で最安値といえる。
回復術師は本職の後衛術師ほどではないとはいえ、簡単な魔法なら扱えるため、後衛術師として代理運用するのだ。
これにより冒険団は最安値で後衛の魔術師を手に入れることができる。
本来なら規約で禁じられている手法だが、【銀色の鷹団】のような悪徳冒険団は御構い無しであった。
「俺を回復術師として使ってくれ。そしたら必ず結果を残してみせる!」
「無能にチャンスなんて誰がやるかよっ! それに俺たちの防御力を知っているだろ。この前なんてドラゴンのブレスを無傷で耐えきったんだぜ」
「それは俺の回復魔術の効果のおかげで……」
「おいおい、聞いたかよ、みんな。俺たちの強さは派遣様のサポートのおかげで成立していたそうだぜ」
冒険者は魔物を刈るうちに自信を付けていく。その内、自分の実力を過大評価するものも現れる。今までの成果を無能だと馬鹿にしていたアルフォードのおかげだったと認めるはずもなく、嘲笑がさらに強くなる。
「無能のくせに調子乗んな!」
「ブレスで負った傷を一瞬で治す回復魔術なんてあるわけねぇだろ、バーカッ」
「クラフトさん、やっぱりこいつクビにしましょうよ!」
冒険者たちによるクビにしろコールが森の中で響き渡る。一致団結した団員たちの要望を受け止め、クラフトは口元に嗜虐の笑みを浮かべた。
「なぁ、アルフォード。土下座して、全員の靴を舐めるなら残してやってもいいがどうする?」
「そんなことできるはずが……」
「ならクビだ。無能な派遣とはここでお別れだが、文句はないよな?」
「グッ」
「あ、そうそう。俺の慈悲を断ったんだ。自己都合の退団でいいよな? クビにすると、派遣元がうるせぇからな」
「勝手にしろ!」
アルフォードは怒りと共に【銀色の鷹団】に背を向ける。その背中に団員たちは心無い言葉を贈る。
「あいつがいなくなって清々するぜ」
「一生、俺たちの前に顔を見せるなよ」
「ははは、そもそも【怪物の森】から生きて帰れねぇだろ」
「違いねぇ」
容赦ない言葉は決別に迷いをなくしてくれた。だがこの時の彼らは知らなかった。【銀色の鷹団】の活躍はアルフォードがいたからこそ成り立っていたということに。
●
アルフォードの背中が見えなくなるのを見届けると、【銀色の鷹団】は森の探索を再開する。鳥の鳴く声が不気味さを演出していたが、団員たちに緊張はみえない。
「クラフトさん、派遣の奴がいなくなって最高の気分ですね」
「だろ」
「俺、正団員で本当良かったっす」
「派遣と違って簡単にクビにはできないからな」
正団員は王国法によって多くの権利が保護されている。不遇な対応をすればすぐに憲兵団が飛んできて、罰金刑や禁固などの処罰を受けるし、クビにすることも容易ではない。
一方、派遣団員は雇用の調整弁として採用されているため、簡単にクビにできるし、正団員と違って、粗雑に扱っても大きな問題に発展する可能性は低い。
「この冒険が終わったら、新しい派遣を雇ってもいいかもな」
「え? どうしてですか?」
「俺たちのストレスを発散するためのサンドバッグが必要だろ」
「ははは、クラフトさん、まじ鬼ですね」
「お前らも人の事言えないだろ」
人が集団を形成する時、似た者同士が集まる。【銀色の鷹団】は粗暴な性格のクラフトに惹かれた者たちによって構成されているため、性格の悪さも団長顔負けの団員達ばかりであった。
「クラフトさん、前方に魔物です!」
「シルバータイガーか」
【怪物の森】で出現する魔物の中では最強クラスの魔物だ。鋭い爪に、鋭い牙。銀色の毛は鋼のように硬い。
「恐れる必要はねぇ。なにせ俺たちはドラゴンでさえ倒しているんだからな」
最強種であるドラゴンを討伐したのだ。今更シルバータイガーに恐れる理由もないと、団員たちは剣を抜く。
「いくぞおおっ!」
剣を振り上げ、一斉にシルバータイガーへと襲い掛かる。
団員たちは皆、隙だらけの大振りの構えだ。彼らは自身の防御力に絶対の自信を持っていた。ドラゴンのブレスでさえ無傷なのだから、シルバータイガーの爪を警戒する必要はないと油断していたのだ。
「グオオオオッ」
しかし現実は違った。シルバータイガーが振るった爪が、団員たちの肉を抉る。血飛沫が宙を舞い、忘れていた恐怖が彼らを襲った。
「馬鹿なっ! 俺たちはドラゴンにさえ負けない最強の冒険団だぞ!」
だが最強であるはずの団員たちは、長らく見ていなかった仲間の重症に恐怖し、蟻の子を散らすように逃げ出した。
まるで新人冒険者のような振舞いである。唯一立ち向かえるのは団長のクラフトだけだった。
「俺たちは最強のはずだろ。いったいどうなってやがるんだ!」
ドラゴンのブレスよりシルバータイガーの爪の方が、威力が上だったのだろうか。いいや、そんなことはありえない。石造りの城壁さえ破壊したブレスを、ただの爪による引っ掻きが勝るなど考えられない。
「まさかアルフォードの奴が言っていたことは本当だったのか……」
高位の回復術師の中には一定範囲内にいる仲間を瞬時に癒す力を持つ者もいると聞く。だがそれほどの力を持つ術師は世界でも数えるほどしかいない。派遣だと馬鹿にしていたアルフォードが、伝説の力を有しているとは信じたくなかった。
「クソッ、考え事をしている場合じゃねぇ」
クラフトはシルバータイガーの間合いに入る。鋭い牙が肩に突き刺さり、痛みと出血が彼を襲う。
「俺を舐めるなよ!」
痛みに耐えながらも、シルバータイガーの眼に指を入れる。目から血が溢れ、噛みついていた口を離した。
目を潰されたシルバータイガーはクラフトに恐怖したのか、そのまま逃走を選択した。残されたのは彼一人。頼りになるはずの正団員の仲間たちは、森の中へと逃げ去ってしまった。
「いてええぇ! 回復術師に治療させねぇと! おい、アルフォード……って、あいつはクビにしたんだったな……」
傷を癒すため、クラフトは冒険を中断し、街へ戻る選択をする。彼の破滅への歯車が回り始めた瞬間であった。
●
アルフォードは【怪物の森】を一人で歩いていた。だがその歩みに恐怖はない。胸を張って歩く姿は、無能だと馬鹿にされていたとは思えないほどに堂々としていた。
「はぁ~、失業かよ。これはあいつらに何と言われるか」
アルフォードは派遣団員である。そのため派遣元となる組織にも所属していた。
【金色の獅子団】。世界最大の冒険者派遣組織であり、その団長は国王にさえ匹敵する権力を保持していると噂されている。
「集団行動が苦手だとか、コミュニケーションが下手だとか、いじられるんだろうなぁ。でも仕方ないだろ。あんなムカツク奴ら。一緒にいられるかよ」
思い出すだけで沸々と怒りが湧いてくる。気づかぬ内に拳を握りしめていた。
「この気配、魔物かな?」
進んだ先から獣臭がする。喉を鳴らすような鳴き声も小さく聞こえるため、敵はシルバータイガーだと予想が付く。
だがアルフォードは進行方向を変えない。気にせず直進する。
「お、いたいた。やっぱりシルバータイガーだ」
銀色の体毛が陽光によって輝く魔物。【怪物の森】における最強種である。威嚇するように鋭い牙を剥き出しにしていた。
「確かシルバータイガーは炎の魔法に弱いんだよな」
アルフォードは手の平に小さな炎球を作り出す。だがこのサイズではシルバータイガーに致命傷を与えることはできない。
「はぁ~、やっぱり後衛術師にはとことん向いてないな」
炎による攻撃を諦め、シルバータイガーに鋭い視線を向ける。
アルフォードは苦手な魔法ではなく、本来の自分の戦闘スタイルを貫くと決めて、ゆっくりとシルバータイガーへと向かう。
「グオオオオッ」
牙を突き立てようと、シルバータイガーが口を開いた。しかし次の瞬間、首から上が胴体から消え去っていた。
血飛沫を散らしながら、シルバータイガーは倒れ込む。団長であるクラフトが追い払うので精一杯だった敵を、彼は一撃で屠ったのである。
「思った以上に弱い敵だったな」
倒した魔物に興味はないと、アルフォードはそのまま森を抜ける。街道を通り、街へと辿り着くと、その街の中心に位置する【黄金の獅子団】の本拠地を訪れた。
「よぉ、戻ったぞ」
アルフォードが扉を開けると同時に、懐かしい仲間たちに声をかける。ここには【銀色の鷹団】と違い、彼を馬鹿にする者はいない。彼の顔を見ると、受付の奥にいた女性が目の色を変えて、駆け寄ってくる。
「アルフォードさん、お帰りなさい♪」
女性の名はクラリス。絹のような金髪と白磁の肌。それに吸い込まれるような青い瞳が特徴的だった。メリハリのある体つきは女性なら憧れ、男性ならば心惹かれることだろう。
だがクラリスに手を出そうと考える者は少ない。なにせ彼女こそが構成人数十万人を超える【金色の獅子団】を指揮する団長であるからだ。
「初めての派遣業務はどうでしたか?」
「クビになった」
「ええええっ、アルフォードさんがですかっ!」
信じられないと声をあげる。その声に反応して、【黄金の獅子団】の仲間たちも驚嘆するように顔色を変えた。
「アルフォードさんをクビにするって、どこの冒険団だよ!」
「人を見る目がないって罪ですね」
「マヌケって言葉はそいつらのためにあるんですよ!」
アルフォードの人望のおかげか、暖かい言葉が投げかけられる。無能だと馬鹿にされていた彼の心に染みる優しさだった。
「アルフォードさんの派遣業務体験は失敗ですか?」
「そういうことになるな……馬鹿にしてもいいぞ」
「しませんよ。私を何だと思っているんですか?」
「え、でもさ、俺のこと、コミュ障だって馬鹿にするだろ。そもそもそれが今回の件の発端だし」
アルフォードが【銀色の鷹団】に派遣されたのは、クラリスに集団行動に向いていないと馬鹿にされたことが発端だった。
なら結果で示してやると、売り言葉に買い言葉で、たまたま回復術師を募集していた【銀色の鷹団】に出向したのである。
「それは私も反省しています。まさか本当に派遣団員として働くなんて思いませんでしたから……アルフォードさんを弄るのは反応が楽しくて、ついやっちゃうんですが、これからは一日三回までに留めます」
「まだ多くないかっ」
「ふふふ、そんなことより次はどうしますか? また団長に戻りますか?」
「いや、それはクラリスに譲った椅子だ。もう俺が座ることはない」
「あらあら、残念です」
【金色の獅子団】はアルフォードが立ち上げた組織であり、初代団長も彼が就任していた。しかし団長が派遣されるわけにもいかないと、【銀色の鷹団】に出向する際にクラリスに立場を譲ったのだ。
「これからの俺は自由にやるさ、また新しい出向先でも探すよ」
「アルフォード様ならすぐに見つかりますよ。なにせ世界に三人しかいないSSSランク冒険者であり、【近接最強のアルフォード】の勇名で知られる、あなたなのですから」
アルフォードは派遣切りにあったことなんて気にせずに前を向く。やる気に満ちたその顔は、新たな冒険を予感させるのだった。
ブラック冒険団を追放された回復術師。近接戦なら最強でした ~【正団員】にしてやるから戻って来いと乞われても、ホワイト冒険団にスカウトされたのでもう遅い~ 上下左右 @zyougesayuu
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