第六章 天秤にかけられる運命その三

 警察署の屋上で相対する、私達親子と響子。父になじるような視線を向ける響子は、銃口を向けつつ、口を開いた。


「私は真実を知りたいの、鳳来丈一。貴方と父との間でどんな諍いがあったのか、洗いざらい白状しなさい。でないと、ここで撃つ。内容によっては、話したとしても撃つ。やっぱり私は……もう後には引けないのよ。この場で決着をつけたいの」


 響子の顔を見れば、本気だと分かる。これは父と響子の間での問題だ。しかし、私にはどちらの言い分も聞き届ける義務があると思った。

 どちらに非があるのか。そしてこの一連のチェーンメール事件を引き起こした、黒幕は誰で、そいつは何を目的としているのか。

 由奈ちゃんの依頼が切っ掛けで追い続けてきた、真相がこれから明らかになる。そんな予感が……いや、確信があった。


「あいつの娘だけはあるな。己の望みを叶えるために、これだけのことをやってのける、大胆な行動力がある。真彦の奴も、そういう人間だった」


 父は私の隣からほんの数歩だけ踏み出し、立ち止まった。しかし、響子までは、まだ距離がある。父が攻撃を仕掛けられる間合いの外だ。

 銃で発砲されたら、いくら父でも一溜りもないだろう。そんなことは父も承知の上だとは思うが、何か作戦でもあるのだろうか。

 この時、いつの間にか、父を心配している自分に気付いてしまう。ずっと忌み嫌っていたあの父を……自分でも不思議な気分だった。

 警察署内で久しぶりに再会し、情が湧く程でもないごく短い間だけ行動を共にしただけだというのに。


「このままでは、私だけではなく、お前も恵も全員が死ぬことになるぞ。いいのか? 恵はお前をずいぶん慕っているようだが、お前の方は違ったということか?」


「違わないわね。恵ちゃんは、私が守ってみせるわ。呪いに取り込まれた父がこの事態を招いたというなら、娘の私には手を出さないはず。それを利用させてもらうの」


「甘い考えだな。呪いというのは、そんな生易しいものではない。その用紙を大人しく渡した方が賢明だぞ。真の利用法を知る私でなければ、恵は救えん」


 一向に本題に入らない父に、響子が少し焦れた表情を見せる。つまらない問答はやめて、早く口を割れと彼女の顔はそう言っていた。

 父もこのままでは埒が明かないと観念したのか、軽く溜め息を一つつく。そして重い口をようやく開き始めた。


「分かった、それがお前の望みなら話す。そのまま黙って聞け。私と真彦の出会いはな、大学時代から始まった。あいつは昔からオカルトに傾倒していてな。大学のオカルト同好会メンバー内でも熱の入れようは、常軌を逸していた程だった」


 父の言葉に耳を傾ける、響子。一呼吸おいてから、父は更に続ける。


「そして私達が大学を卒業した、ある日のことだ。私を含むオカルト同好会メンバーに、今回のように不幸が拡散していく出来事があった。それがアフリカで学んだ呪術だと知る私は、怪しんで真彦の家に行き、そこであいつと揉めて……」


 背後の扉が今まで以上に、激しく叩き付けられている。このままだと破られるのも時間の問題かもしれない。

 父はちらりと、そんな後ろを確認する。そして続きを話そうとしたが、そんな時、宙を舞っていた黒い憎悪の雪が、一つのまとまったものに形成されていく。


『殺せ……その男を殺せ、響子』


 どこからともなく、低い男性の声が聞こえた。

 やがて集まった漆黒は、成人男性の姿へと形成されていき、響子に覆い被さる。苦痛に顔を歪めながら、頭を抱えて苦しみ出す、響子。

 人を狂気に駆り立てる、あの悪意の漆黒に対し、必死に抗っているのだ。私は彼女を心配し、走り寄ろうとしたが、一発の銃声に遮られた。

 響子が持つ拳銃の銃口から、硝煙が出ている。彼女が私の足元近くに向けて、威嚇射撃をしたのだ。


「こ、来ないで……恵ちゃん。今の私は何をやらかすか、自分の意思でコントロールできないのよ。しかも、父の憎しみは貴方にも向いている、それだけは分かるの。私は、貴女を殺したくない」


「大丈夫だ、君に憑りついたそんな亡霊は私が倒してやるよ。これまでのように。だから、心配ない。安心してくれ、響子」


 私は響子の忠告を無視して、一歩また一歩と近付いていく。響子の拳銃を持つ手が、小刻みに震えている。

 そんな彼女に纏わりつく、成人男性に見える漆黒。顔の形もはっきりと分かる。

 これもサカキさんの儀式で、右目に受けた呪いの影響なのだろうか。由奈ちゃんを自宅に送り届ける際に戦った人型の漆黒よりも、より姿形がはっきり見えている。

 どうやらあれが響子の父、鷹羽真彦の生前の姿なのかもしれない。

 そんな実の父の亡霊からの命令を、響子は強い意思によって跳ねのけようとしているのが、見て取れた。


『その親子は、俺を追い込み、死に追いやった。……殺せっ、殺せ……っ、響子』


「否定はしない。確かに、私はお前を殺したようなものだからな。お前が昔、私達に呪術をかけた動機も知っている。彼女を許せなかったのだろう? だから、呪いで殺そうとした。私達が行ったオカルト実験の事故で記憶を失った、私の妻を」


 私は思わず振り返って、父を見た。今、父の口から語られた、真実の一端。

 鷹羽真彦の自宅で漆黒に憑依されていた響子も言っていたが、あまり覚えていない亡くなった私の母も事件に関わっているというのか。

 そのことを父が口にするなり、突風が吹いた。空から舞い落ちて、ちらついていた漆黒の雪が激しく吹き荒れる。


「父さん、それってどういうことなんだよ? この場で説明してくれっ」


 父は少しの間、俯いていたが、やがて顔を上げる。そんな時、銃声が響き、父の太腿を撃ち抜いていた。

 響子の方を向くと、彼女が拳銃を発砲していたのだ。父は片膝をつき、こちらを見据えながら、話を続ける。


「いいか、よく聞け、恵。お前も聞く権利はある。……私達がアフリカで学んだ呪術は危険を伴うものだった……。それらのリスクを極力軽減し、実用に足るものにすべく日々、私達は実験を行っていたのだ。しかしな、そんなに上手くいくはずもない。高い効果を得るには、代償が必要になる。あの時も、トラブルは起きた……」


『がぁっ……! 殺……せ。早……く、殺……っ! あ、くぅあぁあああっ!!』


 激しい憎悪だけが鷹羽真彦を現世に繋ぎとめているのか、今の彼から理性は感じられない。そんな彼の姿を形作っている漆黒の靄は、精神状態を反映しているかのように、上空に向かって噴き上がっている。

 響子と親子関係が円満だったと聞く鷹羽真彦本人とは、もう別人に違いない。いや、そうでなければ、彼女があまりにも不憫だ。

 私は決意を固める。撃たれるリスクを取っても、この場を静めるために。

 私は床を力強く蹴って、一足飛びで響子に飛びかかった。そんな私に亡霊に支配されかかっている彼女は、引き金を引く。

 咄嗟に身を捻って躱し、たった今まで私がいた場所を銃弾が掠めていった。そして私は響子と揉みあう形で、屋上の上を転げまわる。


「落ち着いてくれ、響子っ。そんな奴の言いなりになるんじゃない! そいつはもう君の知っている、父親じゃないんだ!」


「分かってるっ! こんなのが父じゃないのは、実際の父を知る私が一番分かってるわ! だからこそ、恵……ちゃん、私から離れて。このままだと、貴方を傷つけてしまうの! もう抑えきれないのよっ!」


 揉みあいながら、響子が右手で握る拳銃が私に突き付けられる。即座に銃口を掴んで射線を逸らしたことで、二発目の銃弾も私の頬だけを掠めていった。

 細身の響子の力とは思えない程、凄まじい力だ。このまま至近距離でやり合えば、いずれは銃弾をまともに受けてしまうだろう。

 やむを得ない、許してくれ……と、私は心の中で響子に詫び、私は思いっきり彼女の腹を蹴り上げた。

 自分がやったこととはいえ、宙を舞って吹っ飛んでいくそんな彼女を見て、私の怒りはいよいよ沸点に達する。


「よくも、よくも私に響子に手を上げさせたな、亡霊め……っ!」


 鷹羽真彦を罵りながら、立ち上がる。今ので私達の間合いは、大きく開いた。

 しかし、今、蹴った時の感触。彼女は女性とは思えない程、重量感があった。もしかしたら、呪いが彼女の肉体を強化しているのかもしれない。

 そう考えている間にも、響子が向こうで着地。獰猛な動きでこちらに駆けてきた。

 口の端から泡を吹き、何かを叫んでいる。そして全身からは、黒い靄が勢いよく凶暴に噴き出ていた。

 鷹羽真彦が響子の肉体を操って、そうさせているのだ。いや、現世に恨みを持ち、亡霊と化した、化け物によって。

 彼女を復讐のための道具として利用していることに心底、腹が立った。そしてこいつとの戦いが、決して避けられないことを悟る。


「上等だっ! 来いよ、すぐにお前を響子の身体から追い出してやるからなっ!」


 響子に憑依した鷹羽真彦は、何も答えない。弾を全部、撃ち尽くしたのか、拳銃を捨て、言葉にならない奇声を上げながら、鷹羽真彦がただ走ってくる。

 その動きはまるで残像を残しながら、一挙に間合いを詰めてきているようだ。しかし、徒手での格闘ならば、こちらも望む所。

 いよいよ双方共、間合い内に入り、互いが攻撃を放った。相手の拳が私のこめかみを掠め、私が繰り出した蹴りが土手っ腹に入る。

 だが、蹴り飛ばした響子は、何度かバックステップしながら衝撃を殺し、停止した地点で力を充填して、さっき以上の速度で突進してきた。


「野性的な動きだな。技術もくそもないけど、野生動物に技なんて必要ないかっ」


 接近と同時に、私達の拳と拳が激突。続け様に放たれた響子からの追撃の蹴りを、私は態勢を低くして回避する。

 頭が一瞬前まであった地点を、彼女の容赦ない一撃が通過していた。命中すれば、昏倒は避けられなかっただろう。

 次の瞬間、私は反射的に右腕を振って、防御姿勢を取る。鈍い痛みが走った。直感的に予想した通り、響子が鋭い爪を立てて、私の右手首を掴んでいたのだ。

 瞬く間に血が滲み出て、袖が鮮血で染まり始める。


「痛いだろっ! 放せよ、化け物がっ!」


 私は響子の姿をした亡霊の頭部を左手で掴むと、顔面を床に目一杯叩き付ける。更に真上から背面に蹴りを喰らわせる、追い打ちを仕掛けた。

 血が床に広がっていき、人間なら背骨が折れて死んでいただろう。こいつは響子じゃない。化け物なのだと言い聞かせることで、私は戦意を保った。


「響子……っ。響子っ! 今、助ける……からっ!!」


 私はうつ伏せで倒れている響子の顔を両手で挟んで、持ち上げる。自身の中から激しい殺戮衝動がこみ上げてきていることに、この時ようやく気付いた。

 どうやら空から降ってきている漆黒の雪が、私にも影響を与え始めているらしい。

 しかし、それが分かっても衝動を抑え込むのは容易じゃなかった。なぜなら、今の私は平常心じゃなかったから。

 響子に憑依し、利用する鷹羽真彦の亡霊に対する怒り。それが私の内からの衝動を抗い難いものへと変えていたのだ。


「……響子を、私の響子を、返せ! うお、おああああぁっぁっ、化け物がぁっ!」


 響子の身体を渾身の力を込めて、頭部から床に叩き落とす。頭蓋骨が砕ける嫌な音がして、血が辺りに四散した。

 この時、私はもう響子の身体は動いてはいないことに気付く。そして私は、取り返しがつかないことをしてしまったのだとも。

 大きな喪失感と悲しみのあまり、私の両目からは涙が絶え間なく流れ出す。


「あ、ああっ……きょ、響子っ。すまない、響子! 私は、君に何てことを! う、ああああっ……!」


 響子の亡骸を抱き締めながら、私は号泣した。そんな私の足元では、あの黒猫が座り込み、こちらを見上げている。

 結局、この黒猫は何だったのか、分からないままだ。黒い感情と共に現れ、私の危機を救ってくれたこともあったが、今は妙に苛立ちを覚えた。


「何が、守り神だ。ふざけるな、役立たずっ!」


 私の苛立ち任せの蹴りを躱し、黒猫は屋上の向こうへと走り去っていく。そんな黒猫を追ってまで痛めつけようとは思えず、私は響子の胸に顔を埋めた。

 向こうでは屋上の扉を破ろうと、暴徒達が叩きつけている音が今も続いている。しかし、しばらくは何も考えたくなかった。ただこのまま響子と、こうしていたいと。


「恵、そのままで……いい。聞くんだ」


 背後から聞こえたのは、今にも消え入りそうな父の声だった。顔だけ振り向くと、さっき撃たれた太腿を押さえた父が床に蹲っている。

 さっきの予感、ここで父か響子のどちらかが死ぬというのは現実になった。天秤にかけられて生き残ったのは、どうやら父の方だったらしい。


「いいか、恵。……時間がない、彼女のポケットからあの用紙を……取り出して、解呪の法を使うのだ。私達が助かるには、もうその道しかない。扉はまもなく破られ、暴徒共が押し寄せてくる、からな……」


 そんな父の言葉を、私は冷めた感情で聞いていた。もう心底、どうでもいいと。しかし、そのことでせっかく生き残った父の命が助かるならば……。

 そう思い直し、響子のポケットを探って、あのオカルト稀覯本のページの一部である用紙数枚を取り出す。


「これか、これを読み上げればいいんだな、父さん?」


「ああ、六芒星が書かれたページを床に置き、左手を添えながら書かれている文章を読むだけでいい。それを十回、繰り返せ。それだけで……効果は発動する」


 確かに父が言った通り、用紙の最後のページに六芒星が描かれていた。そしてその前のページには、解呪の法とやらを発動させるという、幾つかの言葉も。

 私は言われるがまま、口に出してそれらの言葉を読み上げる。


「欲するのは、足掻く生者、漆黒の闇に蠢く悪霊、業火に焼かれし亡者、無念多き屍なり。血と肉の苦痛を取り除き、古の契約に従いて、生命の息吹を唱えし者の身に吹き込まん。引き換えに、闇に染まりし大地母神の御力を借り、他の魂を浄化せん」


 繰り返し、繰り返し、私は書かれている文章を読み続ける。そして十回、読み終わったと同時、六芒星から空に向かって閃光が一直線に迸っていった。

 それは目を覆う程の、眩い光の束。しかし、やがてそれが収まった時、恐る恐る目を開いてみると、空から降っていた闇色の雪が止んでいた。

 暴徒達の屋上への扉を叩く耳障りな騒音も、ぴたりと聞こえなくなっている。

 いや、それだけじゃない。上空で絶えず渦巻いていた、あの悪意の塊が跡形もなく四散してしまっているのだ。


「……ずいぶんあっけないじゃないか。終わってみれば、あっけないけど……呪いの連鎖はこれで、本当に収まった……のか?」


 そう呟く私の右目に、奇妙なものが見えた。それは映像、夢で幾度か見た鷹羽真彦の自宅、それもあの部屋だった。

 映像の中で父が儀式を行っている、前と同じように。それは今、私が唱えた解呪の法とまったく同じものだった。

 つまり夢の中の父は、鷹羽真彦が昔、オカルト同好会のメンバーにかけたという、呪いを解いていたのだ。夢と現実が、いよいよ繋がりを持ち始めた。

 そう思っていると、映像は暗転し、今度はこれまでの夢には出てこなかった、違う場面が映し出される。場所は、私が家出するまで住んでいた自宅だった。

 父は誰かを抱き抱えている。父に抱き抱えられた幼い誰か、その人物の姿を見て私はハッとした。


「わ、私……!? だけど、死んでいるのか? な、何なんだよ、これ……」


 父が抱き抱えている幼少期の私の顔は、死人のように青ざめている。外傷はどこにも見当たらないが、ぴくりとも動く様子はない。

 更に父の足元には、もう一人、妙齢の女性が横たわっていた。物心ついた頃には亡くなっていたからあまり覚えていないが、この人は写真で見たことがある。

 心許ない記憶から自分の母親のことを手繰り寄せようとしていた時、映像は途切れ、私の意識は元の警察署の屋上に戻っていた。


「恵、よくやってくれたな……。これでお前は、助かる」


「と、父さん……?」


 さっきまでの場所で、横になったままの父が絞り出した声は弱々しい。銃で太腿を撃たれたとはいえ、あの武に長けた屈強な父のイメージと現実は隔離している。

 息も絶え絶えな父の姿に、私の胸中をそんな思いが支配していた。しかし、今は父を助けるために、ともかく行動するしかない。

 私は痛みに耐えながら身を起こし、父の元にふらつきながら歩いていった。

 致命傷じゃないが、父は出血が止まっていない。そして呼吸も荒い。いや、それ以上に父の身体からは生命力と言うものが感じられなかった。

 慌てて父を抱き起こすと、全身の体温が恐ろしく低くなっている。


「……助かるのはな、解呪の法を唱えた者だけだ。呪いを受けた他の者は……すべて生贄として捧げられる。この私も、かつてその事実を知らず……経験したことだ。母さんと俺が繋いだ命だ、大事に使うんだぞ、恵……」


「おい、嘘だろ、父さんっ。響子だけじゃなく、あんたまで逝くっていうのか?」


 父とはこれまで募りに募った蟠りがあった。だが、最後に少しだけ共に戦い、父としての存在感を僅かとはいえ、感じていた所なのだ。

 まして唯一の肉親と死に別れてしまうとなれば、その事実は考えていた以上に、無視できない衝撃となって私を襲った。


「最後に、この手帳を受け取れ……。こうなることを見越して、予め書いておいた。なぜ母さんは……死ななければならなかったのか。そしてなぜ……お前が共感覚と呼ぶ異能が、私とお前に発現したのか。すべて書いてある……」


「おい、おいっ、父さん。もう喋るなっ! 血が、洒落にならない量だ……いいから喋るな、喋らないでくれっ。そんな話、もう聞きたくもないんだ……」


 俯いた顔の下に、水滴が落ちた。私はポタポタと零れ落ちて父の服に染み込んでいく水滴、涙を見つめる。

 そこから先は、時間はかからなかった。私の瞳から、とめどなく涙が溢れ出す。父が死んでも泣けるかどうか、自信がないと思っていた。しかし、実際はどうだろう。

 今、底知れない悲しみが、私を襲っている。一時、どんなに心が離れていたとしても、やはり私達は血の繋がった親子なのだ。


「……どうして、どうして……こんなことになった? 響子だけじゃなく、あんたまで死ぬなんてさ、父さんっ! ……駄目だ、逝くな。私を置いていかないでくれ。私を一人に、しないでくれ……っ」


 父を抱き締めながら絞り出した私の声は、ただ嗚咽へと変わっていく。そんな私に慰めの言葉をかけてくれる者は、もうこの場に誰一人いなかった。

 警察署の屋上は、誰も彼もすでに物言わぬ屍だらけとなっていたのだから。

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