「銀色天使」
サカシタテツオ
□銀色天使
金曜日の朝。
まだ8時前だというのに教室の中は騒がしかった。現段階で出席率70パーセントといったところだろうか?
理由は分かっている。
今日が2月12日だから。
ーーあさましい
なんて思うけれど僕自身もソノ期待に乗っかっているので人の事を言えた義理ではない。
教室のあちこちで友人同士が集まって談笑しているのはいつもの事だけど、普段より大きめな声で喋っているのは緊張なのか照れ隠しなのか。
どちらにしても下心がバレバレで面白い。
それはきっと自分も同じなのだろうけれど。
「おはよ」
スマホを眺めるふりをしながら教室の観察をしていた僕の背中に声がかかる。
隣の席の手島さんだった。
「おはよ。それとお疲れ」
僕からの言葉に手島さんは即答してはくれなかったけれど・・・
「本当めんどくさい」
席につき手袋を外しながら手島さんは心底面倒そうな顔をしながら返事をくれた。
「結構嵩張るんだね」
僕は手島さんの机の上を占拠する大きな紙袋を見ながら素直な感想を伝えてみた。
「そりゃ全員分だからね」
手島さんは机に置かれた大きな紙袋の中身を覗き込みながら答える。
全員分のチョコ。
クラスメイト全員がお金を出して全員分の義理チョコあるいは友チョコを購入してクラスメイト全員に公平に分配する。
その提案は男子からではなく女子達からのモノ。
そこに隠された意図なんて僕には解らないけれど、決してモテない男子の救済のためではないと思う。
最後の返事あるいは不満を口にした後ずっと紙袋の中身をガサゴソと検分し続けていた手島さんから小さく声が漏れる。
「あった」
その言葉と共に顔を上げた手島さんと目があった。
「んじゃ委員長の仕事をしてくるよ」
手島さんは眼鏡の下のダルそうな目を委員長モードのキリッとした目に切り替えてニッコリ笑う。
「はい、コレ。まずは畑中の分。学校で開けるなよ?」
そう言って委員長モードの手島さんから可愛く小さな包みを手渡された。
「わかった。ありがとう。いってらっしゃい」
そんな僕の返事を待たずに手島さんはスタスタと教壇へと歩いて行く。
手島さんが教壇に到着すると教室内の喧騒はさらに大きく膨れ上がった。
学校で開けるなと言う手島さんの怒鳴り声が響く中、あちこちでペリペリと包装を解く音がする。僕はそんなクラスメイトの様子を見ながら違和感を覚える。
ーー配られている包みは僕が受け取ったモノより大きくないか?
僕はカバンに放り込んでしまった包みを取り出し改めて見直してみる。
ーー間違いなく他より小さい
ーーそして凄く軽い
包みを軽く振ってみるけれどカサカサと小さな音をたてるだけで中身の重さを感じられない。
ーー気になる
僕は手島さんに見えないよう体を丸めて小さな包みを開封しようと試みたけれど、その試みは失敗する。
「学校で開けるなって言ったよね?」
他のクラスメイトに注意するよりも大きな声で僕は手島さんに怒られた。
「ゴメン」
僕は謝罪の言葉を口にしながらカバンの中に包みを放り込む。
その日、手島さんと言葉を交わしたのはソレが最後だった。付け加えると、その日の僕にソレ以上のイベントは起こらなかった。
まぁ当然だけど。
僕がその可愛い包みを開封したのは寝る準備を終えてからになってしまった。
帰宅後、母と妹からの『チョコ貰えた?』という無神経な質問攻めにあったせいで大きく精神を削られたからなんだけど。
ーーそれに
どうせクラス全員がお金を出したモノ。
ーーだけど
僕のだけ小さくて軽いパッケージ。
期待と不安がせめぎ合う。
僕はドキドキしながら包装を解く。
リボンを外し、包装紙を破らないよう丁寧にラッピングテープを剥がす。
そして。
包装紙の中から出てきたクリーム色の小さな箱。
ーー過剰包装だな
なんて思いながら小さな箱の蓋をそっと開ける。
「なんだこれ?」
さきほどまで期待と不安でドキドキ高鳴っていた心臓が落ち着きを取り戻し、血流量が安定した脳味噌が箱の中身についての分析を始める。
小さな箱の中身はソノ9割が細くカットされた紙製の緩衝材。そしてその真ん中にクリップで止められたよく知ってるけれど滅多に目にする事のない紙製の物体。
「銀色天使だ」
とあるチョコレート菓子のパッケージの一部。
「しかも5枚」
何度確認しても5枚ある。
「え?どう言う事?」
色々と考えてみるけれどサッパリだった。
ただヒトツ解るのは昨日今日なんていう短時間で集められるモノではないと言う事。準備には相当の期間が必要だったはず。
ソレはそうとう前から練られ計画されたモノ。
ーー!!!
「参りました」
と思わず声に出てしまう。
僕は手島さんのメッセージをぼんやりと理解した。
銀色天使が5枚。
集めて送ればプレゼントが貰える。
送れば返ってくるのだ。絶対に。
もれることなく。
時計を見ると23時を回ったところ。
「フーッ・・・」
僕は大きく息を吐きスマホを手に取りメッセージアプリを起動する。
「起きてればいいけど」
そう呟きながら手島さんへのメッセージを考える僕の顔はきっと真っ赤で世界で一番だらしないに違いない。
「銀色天使」 サカシタテツオ @tetsuoSS
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