第十二話 そしてエルクが動きます!

 上半身裸で鍛錬へと打ち込んでいたエルクは、侍従からタオルと一通の書状を受け取った。

 清らかな汗が太い首筋を伝い、発達した大胸筋へと滑り落ちていく。

 かつて紅顔の美少年と謳われた貴族の嫡子ちゃくしは、美しさをそのままに好漢こうかんへと成長を遂げようとしていた。

 侍従を下がらせながら、青年は書状――手紙へと視線を落とす。


「舞踏会の招待状には飽き飽きしていますが……」


 差出人の名前を確認して、彼は小さく口元に笑みを作る。


「レーアさんのお誘いとあらば、大歓迎ですよ」


 戦火あかと、策謀くろがよく似合う金色。

 エルク・ロア・ページェントは、エルフの特務大尉をそのように評価する。

 彼女自身は明確に政争と貴族を嫌っているが、戦いの中で示される所作はむしろその嫌っているものにこそ適性が見え、洗練されているとさえ青年の目には映るのだ。

 なにより、


「レーアさんって、ドレスがよく似合うんですよね」


 脳内で傷だらけのエルフに煌びやかな衣装を着せて悦に入ったのち、エルクは文面を読み込んでいく。


「ブランデー、ですか」


 試されていることは瞭然りょうぜん

 戦場へと突然流れ込んできた教会産のブランデーは、本当に聖女が生まれた年から仕込まれたものなのか。


 調査は容易だ。

 当時、産出国のブドウがどれほど実っていたか、聖女の所属数はどのように増減しているか、そこからアルコールへの還元率を計算すればいいだけだからだ。


「と、手紙には書いてあるわけですが」


 簡単なわけがない。

 汎人類圏は、文字通りいくつもの国家が人類王のもと団結している緩やかな連合体だ。

 いくらエルクが辺境伯の嫡男ちゃくなんであっても、他領の情勢――それも国勢に近いものを調べるとなると、どうしても角が立つ。

 しかし彼は聡明であり、用心深かった。

 このような日が、いつか来るだろうと踏んでいたのだから。


ダンスの相手パートナーに認めて貰うためならば、苦労など惜しみません」


 彼は準備していた計画を、一気に進めることにした。

 侍従へと指示を出し、服を着替え応接間へと向かう。

 そこには、三つの人影があった。


 一人は肉感的な身体を持つ自称〝魔女〟。

 一人は筋骨隆々とした身体を全身鎧で武装した両斧使い。

 そして、もうひとりは。


「いけないなぁ、いけねぇよ大将。客人を待たせちまうなんて……なってないよなぁ、ほんとなー!」


 赤い髪に、炎の魔術式が封入された魔剣を二振り腰に差す、歴戦の冒険者。


「あなたたちは客人ではないでしょう? ねえ――烈火団の皆さん?」


 エルクの前に。

 かつて魔族四天王と壮絶な戦闘を繰り広げた冒険者達の姿があった。



§§


 冒険者とは、単なる便利屋を指す言葉ではない。

 無論、繁忙期の農家や増えすぎた害獣を始末するのも彼らの仕事だ。

 あるいは鉱山の調査、貴族の道楽を満たすための動植物採取、傭兵としての用途など様々あるが、最たる役目は魔族の討伐である。


 汎人類生存圏においても、魔族が発生する場所というのはある。

 多くの場合、それは人の立ち入りが難しい場所であり、未開拓な地域だ。

 ただ、例外もあって、突如ヒト種の集落を襲う魔族もいる。

 そういった災難に遭う人々からの依頼を受けて、遊撃的な戦力として機能するのが冒険者だ。


 ゆえに、その性質は軍隊よりも民間に寄っている。

 平時は多くの者が一般人として生活し、地域や組合ギルドに根を張り時を待つ。

 逆説的に、彼らは独自のネットワークを持つ情報通でもあった。


「つまり、なにかぁ? 大将は俺たちに他領と教会を調べて来いってのかよ? 隠密で?」

「はい」

「おいおいおい、冗談じゃねぇぜ」


 赤い髪の冒険者――ドベルク・オッドーは、大げさなリアクションをとりながら訴える。


「隠密ってのは解る、こっそりやれってことだ。調査ってのもわかる。調べろってことだ。だが――隠密の調査ってのは、解らねぇ。よしんば相手は翼十字教会? いくら命があっても足りないじゃんよぉ?」

「予算の糸目はつけません」


 ドサリと、手渡された革袋の重さを感じて。

 ドベルクは動きを止めた。

 それから烈火団の面々へと振り返り、革袋を開けて中身を確認し合う。

 三者が三様に首を縦に振る。


「烈火団のご利用、誠にありがとうございますってな! なりふり構わねぇ男は好きだぜぇ、大将!」


 エルクへと向き直ったドベルクの顔は、喜色満面だった。

 それもそのはずだと紅顔の貴公子は内心で頷く。

 冒険者とは報酬で動き……なによりも、危険と冒険を愛するのだから。


「いいとも。この依頼、しかと烈火団が引き受けた。〝やつら〟も使っていいんだろ?」

「もちろんです。そのための私兵団ですから」


 姉が最前線を走り回り、そして一つの兵科の長にまで成り上がり。

 金色エルフが命を賭けて人類を守ってきた貴重な時間。

 エルクはなにも、それを浪費してきたわけではない。

 己を鍛え上げ、来るべき日に備え準備を進めてきた。


 そのひとつが、冒険者を活用した私設調査兵団の確立。

 各地でより抜きの英傑えいけつ達が、いまエルクの下に集っている。

 純粋な戦力としては、どうしても軍人に一枚劣る冒険者。

 しかし何でも屋としては、これ以上無いパフォーマンスを発揮することを、すでにエルクは何度も確かめていた。

 であるならば、どれほど禍根かこんがあろうとも、エルクは使う。

 清濁併せのむ度量も、防人の後継者たる自分が身につけるべき資質の一つであると知っているから。


「今回のミッションは、葡萄の生産数と教会に所属する聖女の調査。資材金銭流通の洗い出し。そうして、可能ならばもうひとつ」

「厄介事はごめんだぜぇ、リンゴの収穫に間に合うぐらい楽な仕事をくれ、贈らなきゃいけねぇー相手がいるんだ」

「それは難しいですね。最後の任務はこうです」


 エルクは、冒険者達に告げる。

 最大の対価である、冒険リスクを上乗せして。


「教会がぼくらに語って聞かせる〝歴史〟。それが本当かどうか、確かめてきてください」

「――――」


 ドベルク達は面食らったように目を丸くし。

 そして、ニヤリと笑う。


「得意なんだよねぇ、そういう仕事。任せときな、大将!」


 かくて、全ての陣営が動き始める。

 人類王。

 軍上層部。

 翼十字教会。

 諸侯。

 ……衛生課。


 戦場では、南方イルパーラル、北方アシバリー、そしてレイン戦線を含めた三正面作戦が決行を間近にしており。

 嵐のような季節が目前に迫っていることを、誰もが感じていた。

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