第二話 レーア・レヴトゲンは新兵の認識に頭を抱えます!

 難題であると、レーア・レヴトゲンは深慮を巡らせる。

 彼女の聡明な頭脳は、生きることや戦いと一見して関係性が薄そうな哲学においても、それなりの回転を発揮していた。


 例えば何故――亜人同士で争う必要性があるのか?


「どうして俺たちが戦わなくちゃならないんだ! ヒト種なんかのために、命を張る理由はない!」


 目前で若きエルフが叫ぶ。

 一定の理解を示せる言葉だ。

 だが、タイミングとしては最悪である。


 アシバリー方面は、魔王軍が不気味な沈黙をはじめたことで膠着こうちゃく状態に陥った。

 これを契機とみて、軍上層部はレーアに対し辞令を発する。

 後方にて直々に新兵の練成を行い、すぐさま223連隊を再編せよ、というのだ。


 かくしてレーアは数名の古参兵を連れ、中継基地にして辺境都市リヒハジャへとやってくることになったのだが……。


「これが〝選りすぐり〟とは笑わせる」


 言葉とは裏腹に、苦み走った色がエルフの表情を染めた。

 彼女の眼前では、いま十数人の新兵代表だという亜人たちが喚き立てている。

 どれもこれも世を知らない若造ばかりで。

 それが古参兵たちに突っかかっている形だ。


 反駁はんぱくの理由は「何故戦わなければならないのか?」というもの。


 何故、亜人がヒト種のために、命を捨てなければならないのか。

 何故、同族である亜人たちと事を構えなければならないのか。


 青すぎる考えだと、切って捨てることはたやすい。

 事実として、新兵たちはなにも知らないのだ。


 同族と彼らが呼ぶ亜人たちが、魔王軍にくみしたことでなにが起きたのか。

 その悲劇を――彼らは若さゆえに知るよしもないのである。

 深呼吸を一つ。


「ならば新兵諸君、私の問いに答えてみせろ!」


 レーアは声を張り上げた。

 歴戦の勇士が放つ、他を圧倒するための声音だ。

 そんじょそこらの胴間声とは格が違う。


 事実、先ほどまでいきり立ち、野坊主に騒ぎたてていた新兵らは、ピタリと静まりかえった。

 視線が集中するのを待って、続ける。


「貴官らに問う。マンザーナ・デミを、知っているか?」

「……い、否であります! 耳にしたことはありますが、具体的には……」


 若き亜人の返答を受けて、レーアは「そうだろうよ」とこぼしかけた。

 それでも鷹の目を揺るがさず、厳粛な態度で、辛抱強く問い掛け続ける。


「ならば、貴官らの出身はどこだ?」

「隠れ里に」

「亜人街」

「遠方の森より参った」

「鉱山都市の――」


 うんざりする。

 つまりはヒト種の手が及ばない僻地へきちで暮らしてきた田舎者が、無知をひけらかしながら戦う理由がないと命を惜しんでいたに過ぎないのだ。

 安全な場所で、亜人とヒト種の問題など知らなかった者ばかりが徴兵されてきて、今喚き立てているのである。

 彼らは己が当事者だという意識すらない。

 兵役を拒めば・・・・・・どうなるか・・・・・という想像力すら無いのだ。


 頭痛がした。

 しかし、愚かだとは思わない。


 223連隊とは志願兵の集まりであり、とどのつまり、差はそこにあるのだ。

 彼らはただ、無知なだけ。

 無知は、罪ではない。

 しかし、それが同胞への災いとなるなら、毅然とした対応が求められた。


「言葉にてさとすか」


 ヒト種の世界において、亜人がどんな扱いを受けているのか。

 魔王に与した者がいた結果、なにが起きたのか。

 貧民窟のごとき亜人街ですら、恵まれた環境でしかないという事実を告げようとして――


「ふむ。百聞は、一見に如かずとも言うな」


 思い直す。

 かつて〝応急手当〟を侮ったのは、自分が無知だモノを知らなかったからだ。

 奇術にしか思えなかったものは、その実奇跡にも近しく、連隊を何度も救ってきた。

 ならば、言い聞かせるよりも実際に瞳へと刻み込む方がよほど早い。


「ダーレフ伍長!」

「はっ」


 側に控えていた巌のような顔をしたドワーフを呼び寄せ、彼女は告げる。


「我々は、これより若人たちに現実を突きつけることとする」

「……つまり、アレですな?」

「ああ――強制収容所マンザーナ・デミへ、彼らを招待するとしよう」


 レインの悪魔。

 愛すべからざる黄金。

 レーア・レヴトゲンは。

 いつもに増して兇猛な笑みを浮かべると、全隊に対して出発の命令を発したのだった。


 こうして跳ねっ返りの若き亜人たちは。

 己と、亜人全ての立場を、思い知ることとなる――

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