名探偵なんていない。
人生
プロローグ
0 悪夢への序章
名探偵――それは主にミステリー作品に登場する、わずかな手掛かりをもとに推理を行い真実を見つけ出し、警察も手を上げるような事件を解決に導く――空想上の存在である。
今や行く先々で事件に遭遇し、なんなら名探偵がいるからこそ事件が起こるとまで言われる厄介者だ。
……そんなものに、なりたいのだという。
進路希望に堂々と「名探偵」などと書いたのだそうだ。
夢を見るのは大いに結構。仕事の傍ら、趣味の一環として推理を嗜む程度ならまだ見過ごそう。最近主流の名探偵は概ねそうした趣味人や何かしらの専門家である。
しかし、一見何の変哲もない大の大人が、『名探偵』などという胡散臭い肩書を名乗っていたら、どうだろう。
実際の推理能力はどうあれ、まず不審な目で見られるはずだ。
名探偵というものは自称に過ぎず、警察のように証明できるものもなければ、そもそもそれはなんの役職を示すものでもないからである。
言ってしまえば、ニートも同然だ。
引きこもりこそしないものの、むしろ場合によっては他人様のプライベートに土足で踏み込み、その人生を勝手に引っ掻き回す厄介者に他ならない。
そんなものになろうとする――高校生にもなって将来の夢は名探偵などとのたまい、そのままなんの職にも就かず、一円にもならない知識だけを身に着けていく――幼馴染みの存在を、
このままでいいはずがない。
現実に引き戻さなければ――まだ夢を見ていられるうちに。
(おれに実害が出る前にも――)
夜、自室の机でノートに向かいながら、陽木蒼詩は考える。
なんとかしなければ――今日までに起こったいくつかの「事件」を振り返ると、どうしてもそうした焦りを覚えて仕方ない。
それらには常に自称・名探偵の影がある。いや、名探偵なんてものじゃない。あれは推理ジャンキーのマッチポンプ中毒者だ。先日の学級裁判も集団欠席も誘拐未遂も――
(いやまあ別に全部が全部あいつのせいって訳じゃないけど――)
なんにしろ、あの探偵志向さえなければ、陽木蒼詩はトラブルに巻き込まれることもなかったはずだ。
自分のためにも、幼馴染みの将来のためにも――とりあえず、直近起こりそうなトラブルへの対策を考えなければならない。
何か起こるとは思いたくないのだが……嫌な予感がして仕方ないのだ。
(あの『手帳』――あいつの耳にも話は届いてる――明日あたりに行う例の計画に絡んでこないよう――)
ノートを睨む。何かが起こるとしたら、そこには必ずそれに至る原因がある。書き連ねたのはここ数日の出来事と、関係者たち。この中に犯人が――
「はあ。……俺が探偵思考になってどうする。何が犯人だよ……」
「おや」
と、声がしたので振り返れば、部屋のドアがわずかに開いていた。
「明日は学校ですよね、そろそろお休みになった方がいいのでは?」
「そっちこそ大学があるのでは? なぜまだメイド服など着てるんですかね」
「それはともかく――小説でも書いているんですか? ならこの私に良いアイディアがあるんですが、そちらのパソコンでも開いて早速プロットなどつくってみてはいかがでしょうか」
「いや別に小説なんて書いてないけど――アイディアは聞こう」
現実でなく、架空の事件に目を向けさせる――既存のミステリー小説は読み飽きたなどと抜かす幼馴染みへの対抗策の一つだ。オリジナルのミステリーを書いて、その謎を推理させる。その推理通りの結末を描いて満足させるのもありだし、あえて異なる解決を見せてその自信を打ち砕くことも出来る。
ただ、書こうと思って書けるものでもない。アイディアがあるというなら歓迎だ。
「今すぐにでも執筆できるようパソコンを開いては?」
何か胡散臭いものを感じつつ、無視してノートのページをめくる。
「まあいいでしょう。ではまず決め台詞ですが、」
「真面目に聞こうとしたおれが馬鹿だった」
「『冥途の土産に教えてやる』とかどうでしょう」
言いながら、メイド服姿の女性が部屋に入ってくる。
「……メイドだけに?」
「ええ、主人公は美少女メイドなのです」
「美少女」
「……何か?」
「いや別に。というか、決め台詞って容疑者集めて推理を披露する場とかで言うやつじゃん? 冥途の土産って何? 聴衆死ぬの?」
「犯人に向かって告げます。冥途の土産に教えてやる、犯人は――」
その後、犯人を崖から突き落とすのだろうか。
「犯人は、私だ、と。実は事件を仕組んだのは主人公で、犯人役に罪を押し付けて殺す訳です」
「探偵が真犯人ってミステリ的にNGなんじゃないの?」
「そこで、メイドのご主人様の登場です。真の主人公、名探偵役です。名探偵が、メイドの起こした完全犯罪を紐解いていくという二重構造。……どうですか? 斬新じゃないですか? そしてこのストーリーにはこういう教訓が込められています――刺激的な事件を求めるご主人のため、メイドが自ら事件を起こした……。このまま名探偵を目指していると、いつか蒼詩さまが罪を犯す恐れがあるぞ、と示唆する訳ですね」
「なるほど……。
話のアイディアはともかく、こちらの意図をしっかりと取り入れていることに不覚にも感銘を受けた。何を企んでいるかは知らないが、閉じたままのノートPCを開いてあげてもいいだろう。
「気の利くメイドでしょう。気が利くついでにお茶を淹れてきたので、どうぞ」
「それはどうも――」
言われるままに受け取りながら、片手で起動したPCにパスワードを打ち込む。
「……で? パソコンつけたけど――」
何か用でもあるのか、と。
「ん――」
振り返ろうとしたところで、蒼詩は急激な眠気に襲われた。
「あんた、何を……、」
「もう夜も遅いので、どうぞごゆっくり――お休みなさいませ」
そうして、陽木蒼詩は眠りに落ちた。
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