5-2 ウィレム -誓い-
次の日の朝。ウィレムとヘレンはアルフレッド、フォーゲル伯爵、フィーナの3人に見送られながら、セレスフィアの街を出発しようとしていた。
寂しそうにしているフィーナを見て、ヘレンが
「大丈夫だ、フィーナちゃん。すぐ帰ってくるから。な、アラム君」
と大きな声で声を掛ける。
「はい、えーとぉ、、、」
「カレン姉さんだろうが、バカ」
「ヘレン殿。坊ちゃまに向かってバカとは何ですか!」
3人のやり取りを見ていたフィーナは思わず涙を流して笑う。
「ふふふ!うちのアラムをよろしくお願いしますね、カレン姉さん」
「何だ、未来の嫁の方がよく設定を理解しているぞ、アラム君」
「うぅ、、何でフィーナもノリノリなんだ…」
と、ウィレムが困っているその時だった。
「きゃぁぁぁ!!」
という大きな叫び声が街の外から聞こえる。
「今のは!?」
ウィレムはすぐさま剣を掴み、叫び声の方へ急ぐ。他の4人もウィレムの後に続いた。
その場所に着くと、一人の男性が血まみれの状態で倒れており、そばでは女性がうずくまっている。この女性が叫び声を上げたのだろう。
そして何より目に付いたのは、人型だが鳥のような羽毛を生やし、翼も持つモンスターだった。そのモンスターは今にも女性の方を襲おうとしている。
ウィレムはすぐさま女性とモンスターの間に立ち剣を構える。
「爺!倒れている人の様子は?」
アルフレッドはすぐさま脈を確認したが、ただ黙って顔を横に振った。
「そう…」
ウィレムが肩を落とすと、翼を生やしたモンスターはウィレムに向かって鉤爪を立てながら体当たりしてきた。
ウィレムが間一髪それを避ける。アルフレッドも加勢しようとするが、ヘレンがそれを制止する。
「これはウィレムが成長するのにいい機会だ。今回はこいつ一人にやらせよう」
「ヘレン殿。何を言いますか!坊っちゃま一人でなど危険すぎます」
アルフレッドかそんな馬鹿なという顔をする一方、ウィレムは
「爺、僕なら大丈夫だ。爺はこちらの女性とフィーナ達に攻撃が及ばないよう守っていてくれ」
と毅然として答える。
「僕の剣はあの男オリアクスに全く届かなかった。このモンスターくらい一人で倒せるようにならないと、あの男を倒すなんて夢のまた夢だ」
「よく言った、ウィレム。まぁ本当にヤバいときは爺さんが助けてくれるさ」
ウィレムの毅然とした態度に比べると、少々気楽な態度でヘレンが答える。ウィレムが自分でやると言ったため、アルフレッドも
「何で私だけなのですか。。ヘレンが殿も坊ちゃまが危ないときは助けるのですよ」
と言い、いったん抜いた剣を鞘に納める。
そんなやり取りをしていると、翼を生やしたモンスターがウィレムに再度体当たりをしてくる。
ウィレムはギリギリのところでそれを躱し、羽に向かって斬りつけるが、相手は翼に生えた鉤爪で受け止める。
ウィレムは剣を握る手に力を入れるが、敵の鉤爪の力はそれ以上に強く、力負けしたウィレムは簡単に吹っ飛ばされてしまった。
「坊ちゃま!」
「ウィレム!」
アルフレッドとフィーナが思わず飛び出そうとするが、ウィレムは立ち上がりながら「大丈夫だ」と言う。
その言葉の力強さに戦いを見守る一同もひとまず安心する。
ウィレムは再びモンスターに立ち向かうが、敵の鉤爪、さらには足の大きな爪の連携攻撃に苦戦する。
「それにしても、あいつはモンスターに勝てるのかね?剣筋自体は悪くないと思うけど、どうも分が悪いようだからさ。自分でお前一人でやれって言っておいて不安になってきたよ」
ウィレムとモンスターの戦いを見ながらヘレンが心配そうに尋ねると、アルフレッドが一言だけ答える。
「実戦経験、、、でしょうか」
「実戦経験ねぇ。。確かにウィレムはあの剣バカ兄貴と毎日稽古はしていたみたいだけど、モンスターと戦うのは初めてだよな。ははーん。あんたの言いたいことが分かってきたよ、爺さん」
ヘレンは得心した様子で答える。
二人が話している間もウィレムとモンスターの戦いは続いていた。
「くっ、、別に相手の方が速いわけじゃない。けど、一撃一撃の重さで負けてる…」
ウィレムが自分なりに戦いを分析しながら、オリアクスとの戦いを思い出していた。
「あの時も、オリアクスは手負いだったにも関わらず、僕は簡単に打ち負けた。一体僕に何が足りないっていうんだ?」
その時、アルフレッドが叫ぶ。
「坊っちゃま!稽古と実戦の違いは何だと思いますか!?」
「稽古と実戦の差…?」
ウィレムがアルフレッドの言葉の答えを探し求めて心を奪われている間にも、敵の鉤爪攻撃が襲ってくる。
「ぐっ!」
敵の攻撃に集中していなかったウィレムは肩に攻撃を受け、切り傷を負った。
ウィレムは剣を握る手の力が弱くなり、後ずさりする。
そこへアルフレッドが再び怒鳴り声を上げる。
「坊ちゃま!引いてはダメです!」
その言葉にウィレムは後ずさりをやめる。しかし、このままでは距離を取れず、敵の追撃をもろに受けてしまう。
「稽古と実戦の違い、、引いてはダメ。。。そうか、そういうことか!」
何かに気づいたウィレムは覚悟を決め、敵に向かってダッシュする。
そのままスライディングにより、鉤爪による攻撃を間一髪で避けたウィレムは、下から一気に斬り上げる。
胴体を深く斬られたモンスターは血しぶきをあげてその場に倒れた。
「爺、稽古と実戦の違い。。それは、命のやり取りをするということ、、だよね?」
ウィレムがぜいぜいと息をしながらアルフレッドに質問へ回答すると、執事も満足顔で主人に応える。
執事は既に鞘から剣を抜いており、いつでもウィレムを助けることのできる状態であったが、その剣を再び鞘に納めた。
「さすがですな、坊っちゃま。あの土壇場でそれに気づきましたか」
「うん。。僕は実戦経験がなくて稽古しかしたことがないから、どうしても相手の攻撃を捌ききればいいって考えてたみたいだ。でもそれだけじゃ勝てない。引かずに、もっと自分から攻めていく。それが命のやり取りをするということだよね」
ウィレムの答えにアルフレッドは
「そのとおりです、坊ちゃま。坊ちゃまは稽古でもアーサー様の剣を受けきるほどの剣術をお持ちです。しかし、それはあくまで捌くだけ。自分から攻めるということを普段はしていないからこそ、防戦一方になり、命のやり取りにもならなかったのです」
と口ヒゲをピンと上に伸ばす。
「あはは。。。さすがは爺だね」
と自分のことを何でもお見通しなアルフレッドに対して、ウィレムは苦笑いするしかなかった。
一方ヘレンは、ウィレムが倒したモンスターの死体をまじまじと観察していた。
「ヘレン先生、どうしたの?」
「こいつは少し変だな…」
ヘレンはそのモンスターに対し、違和感を感じているようだ。
「いいか、ウィレム。モンスターとは本来、野生動物や昆虫、植物が突然変異したものなんだ。だから大抵のモンスターには原型となる生物が存在していて、一目見れば、何が原型なのかわかるはずなんだ。だが、、、」
ヘレンはいったんここで息を吸う。
「あのモンスターは、
「やはり、ヘレン殿もそう思われましたか」
アルフレッドも呼応すると、フィーナがさらなる疑問を呈す。
「え、じゃあさっきのモンスターは人間が突然変異したものなの?」
「その可能性もあるが低い。もう一つ。私はこっちの方が大いにありうると思うんだが、
ヘレンの言葉にその場にいた皆が衝撃を受ける。
「そんな」
「なんて酷い…」
「あれ、ちょっと待ってくれ。じゃあさっき僕は人間を殺してしまったのか?」
ウィレムが気づいたように呟くのを、ヘレンが優しく諭す。
「いや、元人間とはいえあれはモンスターだ。倒す以外、どうしようもなかったさ」
「そっか。。そうだよね。ありがとう、先生」
ウィレムはヘレン先生の言葉で、自分の中のモヤモヤを払拭した。
あのモンスターは人間を元に人為的に作られた可能性がある。
そんな悪逆非道な行いをしている奴がいるなんて、ウィレムにはにわかには信じられなかったが、自分の目で見て、戦い、そして殺したのだ。信じない方が難しい。
「その人為的にモンスターを作っている者の目的は何なのでしょう?まさかニルヴァーナとも関係が…?」
アルフレッドが顔を曇らせるが、ヘレンはいつもの表情のまま
「さーな。黒幕はロクなやつじゃないなのは確かだな。まぁ今考えても仕方ない。行くぞ」
と出発しようとするが、今しがた助けた女性がウィレムたちに声を掛ける。
「ウィレム様、助けていただきありがとうございました。そして、フォーゲル伯爵、私はザザーランドに密偵していた者です。ご報告したいことがございます」
「おぉ、ウィレム様の戦いに夢中で気づくのが遅れてしまってすまないね。それで報告とは?」
「ドレースですが、奴は10,000の兵士を集める費用を捻出するために領土内の多くの街に重税を課しているようです。ここに帰るまでに立ち寄った街の人たちは中々疲弊しているようでした」
「なるほど、報告ありがとう。君も帰ってゆっくり休むといい。亡くなった方は丁重に埋葬しておこう」
フォーゲル伯爵が女性の密偵を丁寧に労うと、彼女は街の中へと入っていった。
「ドレース…戦争のために民を苦しめるなんてどうかしてるわ」
「全くです。為政者の風上にも置けません」
フィーナやアルフレッドが憤慨する中、ウィレムは
「爺、ヘレン先生、フォーゲル伯爵、そしてフィーナ。僕決めたよ」
と四人を改まって見据える。そして、
「アーサー兄さんの跡を継いで立派な王になってみせる。そして、ドレースの悪事を暴き、シャングラ連合国に平穏をもたらす。だからみんなには色々と協力してほしい。そりゃ、僕はアーサー兄さんとは違って、剣の腕も頭の良さも何にもないから、すごい迷惑かけると思うけど、、、僕頑張るからどうかよろしくお願いします」
と固く決意し、その覚悟を四人に伝えた。
ウィレムの決意を聞いたアルフレッドは
「坊っちゃまの口から直接王になるという言葉を聞いたのは初めてですな。私も命の限り尽くしましょうぞ」
と顔をほころばせ、フォーゲル伯爵もまた
「私も命の限りウィレム様に仕えましょう」
と力強く答えた。
ヘレンは
「ふん。まぁせいぜい頑張りな。最後まで見届けてやるよ」
と相変わらずぶっきらぼうな感じで答えたが、フィーナは
「何言ってるの!私は今までもこれからもずーっと死ぬまであなたの味方に決まってるでしょ!」
とウィレムを抱きしめたため、一同大いに幸せな雰囲気に包まれ、ウィレムとヘレンは何だか出発するのが名残惜しい雰囲気になってしまった。
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