第1章 ~動乱の始まり~
1-1 ウィレム -シャングラの王子-
「門を開けよ!獅子王アーサー様の凱旋だぁ!!」
首都オルカの石でできた正門が大きく開き、獅子王アーサーと呼ばれた男と彼に従う兵士たちが悠々と街に帰還すると、街の民衆は「獅子王、万歳!」、「こっち向いてぇ、アーサー様ぁ!」、「シャングラ連合国に栄光あれ!」などの割れんばかりの歓声と拍手で彼らを迎えた。
武芸、教養、家柄、民を思いやる心。全てに優れ、若くして立派に国を治めるアーサーを民は慕っており、シャングラの国旗に描かれる
アーサー達が両サイドを民衆に囲まれながら正門から続く大通りをしばらく進むと、首都オルカの中心に位置する大広場に着いた。その広場には大きな噴水が設置されており、獅子の口をかたどった発射口から噴出される噴水は獅子の咆哮のように高く舞い上がり、その近くには小さな虹が形成されていた。
アーサーが噴水の近くまで来ると、そこで待っていた五大諸侯の一人、ベティアが深々と頭を下げる。彼女は丸いレンズの眼鏡をかけた理知的な女性で、少しおずおずとした態度でアーサーに話しかける。
「あ、、、アーサー様。この度は街道に出現した巨大モンスターの盗伐、ご苦労様でした」
アーサーは馬から下り、しっかりとベティアに相対して丁寧に礼を言う。
「ありがとう、ベティア公。俺の留守の間、変わりはなかったか?」
「万事問題ありません。そ、、、そんなことよりも本日は弟様のお誕生日ですよ」
緊張しているのかベティアが少しどもりながらそう言うや否や、彼女の後ろから年端も行かぬ少年が飛び出してきてアーサーに抱きついてきた。アーサーもまたその少年をがっしりと抱きしめながら、頭をくしゃくしゃとしてやる。
「アーサー兄さん!お帰りなさい!」
「ウィレムゥゥ!元気にしていたか!?」
ウィレムと呼ばれた少年はアーサーの実の弟。アーサーと比べると恵まれた体格ではなく引っ込み思案なところもあるが、心優しい少年だ。耳が隠れるくらいには長い茶色の髪が特徴で、少し垂れ下がった目じりと眉がその優しさを象徴しているようでもある。兄の鋭い眼光とは正反対だ。
「兄さん、今日は何して過ごしましょうか?」
兄の手で頭をくしゃくしゃされ続けるウィレムが屈託のない笑顔で兄に尋ねる。彼は今日が15歳の誕生日で、この日をアーサーと一緒に祝おうという約束をしており、それはそれは楽しみにしていたのだ。
「そうだな。猪狩りでも行くか?自分で狩りした猪は格別に美味いぞ?」
「ほっほっほっ。それは良い考えですな。私も同行しましょう」
自慢の白い口ひげをピンと伸ばしながら歩み出たのは、二人の執事を務めるアルフレッド。ウィレムが生まれた時からずっと一緒に過ごしており、親を早くに亡くしたウィレムにとっては育ての親と言える存在だ。年齢的にはもはやお爺ちゃんではあるが。
「もう、坊ちゃまはやめてくれよ。僕も今日で15歳なんだよ。立派な成人じゃないか」
ウィレムが口を尖らせ文句を言うと、執事は待ってましたとばかりに語り始める。
「ふふふ、私にとってはウィレム坊ちゃまはずっとウィレム坊ちゃまです。15年前に生まれたばかりの坊ちゃまを抱いたあの感触は今でも忘れませんよ。そうあの日は、激しい嵐の日でした。今は亡き、、、」
またアルフレッドの語りが長くなりそうだなぁとウィレムがアーサーの方を見ると、どうやら彼も同じことを思ったらしく、ウィレムの方を見てきて、同時に顔を見合わせたことに思わず二人して大笑いしてしまった。
「坊ちゃま!そんなに大笑いしなくても。。。アーサー様もお人が悪い」
アルフレッドがそう恥ずかしそうにしたのは一瞬のことで、元々細い目をさらに細めて自分でも笑い始めた。
するとその場にいたもうひとりの五大諸侯、ドレースが顔をしかめる。彼は39歳と中年に差し掛かる年齢でお腹も出てきていたが、一方のアーサーは25歳とまだ若く、がっしりとした体型であった。はた目には彼らがシャングラ連合国を治める同じ五大諸侯同士であることは言われなければ分からないだろう。
「しかし、アーサー様。猪狩りも結構ですが、今日は王宮の警護など緊急で討議したい要件もありまして…」
ベティアはドレースの後ろで「あ、そうだった。忘れてた…」と申し訳無さそうな顔をしている。
「むぅ、そうか…。緊急なら仕方ないな。すまない、ウィレム。本当はお前と過ごしてやりたかったんだが、どうやら難しそうだ」
アーサーは口ではそう言いながら今しがた降りたばかりの馬に再び乗ろうとしたため、ベティアとドレースが「アーサー様!言ってることとやってることが違う!」と慌ててアーサーの両脇を抱きかかえる。
屈強な体格をしたアーサーが「あぁ~、ウィレム~。また後でな~~!」と情けない声を上げながら、半ば連行のような形で王宮へと連れて行かれるのを見たウィレムは再び大笑いしたが、兄が行ってしまうとその笑いは寂しく乾いた笑いへと変化した。
「あーあ。兄さん、行っちゃったなぁ。爺、どうしようか?」
「そうですなぁ…」
残念そうな顔をしながら尋ねるウィレム。それに対してアルフレッドが思案していると、二人の後ろから大きな声がする。
「おい、お前ら!暇か?」
驚いて二人が声のした方を向くとそこにいたのはヘレンだ。
彼女は口が悪く、男のような口調で話し、ウィレムにはもちろんアーサーにも敬語を使ったことがない。そのような無礼が許されているのは彼女が大陸でも5本の指に入る程の大魔術師だからだ。
ウィレムが物心ついたときから、魔法はもちろん、このロストガリア大陸の地理や歴史、政治のことまで何でもウィレムに教える教官として王宮に仕えている。黒の美しい長髪に対する、全身を覆う赤のローブと赤い瞳のコントラストが特徴的だが、教え始めた当初からこれまで全く老けていないように見える。
要するに年齢不詳で、若さの秘訣について周りの人は皆不思議に思っている。王宮内では魔法で若作りしているのではないかというのが専らの噂だ。
「先生!どうしたんですか?」
「ばーか。今日はお前の誕生日だろ?せっかくだから私が祝ってやろうと思ってな」
彼女は得意そうな顔でそう言うが、
「え!先生から"祝う"なんて言葉が聞けるなんて」
「ふむ。。。これは大変です。季節外れの雪が降るやもしれませんな」
と、ウィレムとアルフレッドが二人してからかうので、
「お前ら!せっかくの私の好意を。。。ふん!もういいぞ。せいぜい二人で寂しい誕生日を過ごすんだな!」
と大股でその場を去ろうとする。しかし、二人が特に止めない様子を見て、
「おい、ばか!こういう時は止めるんだよ!分かれよ、それくらい!」
と顔を赤らめて恥ずかしそうに言いながら戻ってきた。
大陸を代表するほどの魔術師なのに、ヘレン先生のそんな子どもっぽい人間性がウィレムはとても好きだった。
こうしてヘレンに連れられて、王宮の外のあまり人のいない小道にやって来たウィレムとアルフレッド。王宮を囲む堀の水は太陽に反射し、銀色に輝いている。今から何が始まるのだろうかと二人ともワクワク楽しみに待つ。
「あんまり人には見られたくないからな。この辺でいいだろう。万物を運びたる風よ、今こそ精霊として顕現せよ。召喚魔法:
すると体長10ミルヤーン(≒20cm)程の小さな女の子の精霊が現れ、「ウィレム様~。初めまして。今日はシルフがあなたの誕生日を祝っちゃうよ♪」とウィレムを祝福する歌を歌ってくれた。
「うわぁ~。可愛いなぁ、よろしくね、シルフさん。それにしても、ヘレン先生がこんなことするなんて意外だな…」
「おい、後半部分声に出てるぞ」
ヘレンにそう指摘され、「あっ!先生、ごめんなさい!」と、てへっとした表情になるウィレムであった。
その後もアルフレッド、ヘレンに加えて
「こんなところにいたのか、ウィレム。さ、飯の時間だぜ」
「はい、兄さん!」
「お、ヘレンさん。今日はウィレムのためにありがとな。一緒に食事でもどうだ?」
「はは。私はいいよ。あとは兄弟水入らずで過ごしなよ」
アーサーがヘレンに声をかけるが、彼女は照れくさそうに断る。
「そうだろ、爺さん?」
「む。。そうですな。アーサー様、坊ちゃま。ご兄弟の時間をお楽しみください」
と、アルフレッドは本当はもっとウィレムと一緒にいたいのをやせ我慢しながら答える。
「そうか。二人共、気を遣わせてしまってすまない。わざわざありがとな」
「爺、ヘレン先生!今日は素敵な誕生日を本当にありがとうございました!とっても楽しかったです!」
ウィレムに満面の笑みでお礼を言われたアルフレッドはウィレムと同様満面の笑みで、ヘレンはまんざらでもない顔で兄弟を見送った。
その後兄弟は、水入らずで食事の時間を過ごした。兄から食事の後に何をしたいか聞かれたウィレムが食後の運動がてら剣の稽古をつけてもらいたいと答えたため、二人はそのまま稽古場へと向かう。
稽古場は薄暗くひんやりとしていたが、アーサーが壁のたいまつに火を点けると、稽古場全体に生命の火が灯ったかのように明るくなった。
ウィレムは、アーサーが王宮にいる時は毎日のように稽古をつけてもらっている。兄は大陸で一、二を争う程の剣士であり、その厳しくも優しい指導がウィレムは大好きだった。
何より好きなのは、兄の剣舞に押され尻もちをついてしまったウィレムを、立たせるために伸ばしてくる兄の手だ。
アーサーの手は大きく、温かく、そして優しい手で、その手を取りながら立ち上がる度に兄の偉大さを感じるのだった。
今夜も尻もちをついてしまったウィレムに、手を伸ばしながら兄が優しく語りかける。
「それにしても、毎日強くなるなぁウィレムは」
アーサーはそう言ってくれるが、いまいち実感がないウィレムは立ち上がりながら間の抜けたような返事をする。
「えー、本当ですか?」
「あぁそうだ。日々成長するお前に合わせて俺も少しづつ加減を緩めて行ってるんだ。この稽古を始めた1年前とは段違いに強くなっているぞ。ウィレムよ」
「そうですかぁ。でも僕はこれまでモンスターを退治したことすらありません」
「はっはっはっ。大丈夫だ、ウィレム。そういうのはこれから経験していけばいいんだ。それまでは、何があってもお前のことは俺が守ってやる。大船に乗ったつもりでいろ」
アーサーがウィレムの肩に手を置きながら力強く答える。
やはり兄さんの手は大きくて温かい。
「兄さん、ありがとう。僕は兄さんの弟で本当に良かったです」
と幸せそうな表情でにっこりと笑うウィレム。
(いつまでもこんな穏やかな日常が続けばいいなぁ)
ウィレムはそう思わずにはいられなかった。
弟に礼を言われ、相好を崩していたアーサーだったが、その表情が急に険しくなる。
「ウィレム。お前はあの柱の裏に隠れていろ」
「え?」
「早く!」
兄の険しい顔を見たウィレムは慌てて部屋の隅の柱の裏まで移動する。すると、稽古場の扉が開き、男が入室してきた。大きな黒いフードをかぶっており、ウィレムからはよく顔が見えない。
「獅子王アーサーか。お命頂戴する」
「頂戴すると言われ、やすやすとくれてやるほど俺の命は軽くないぞ」
「そうか。では仕方ないな…」
フードの男が腰の剣に手をかけると、稽古場の壁にかかるたいまつは怪しくゆらゆらと揺れ、不穏な雰囲気を醸し出す。
そして、アーサーと謎の男は同時に剣を取り、二人の戦いが始まった。
二人の戦いは達人同士の領域にあり、もはやウィレムではその剣戟の速度を目で追うことができなかった。
(アーサー兄さんは大陸でも一、二を争うほどの剣の達人のはず。。。その兄さんと互角なんて)
ウィレムが目の前の光景に思わず動けないでいると、アーサーが何者かに向けて尋ねる。
「貴様、何者だ?どうやって侵入した?」
相手が冷ややかで意地の悪い微笑みを口元に浮かべながら
「ニルヴァーナ、、、と言えばわかるだろう。この王宮に商品を納入する予定だった行商人を襲撃し、荷馬車ごと奪った。その行商人になりすましたら、易々と入ることができたよ。警備がまだまだ甘いな」
と返すと、アーサーは苦々しげに答える。
「ニルヴァーナか。ご忠告どうも。貴様を倒して警護を強化するとしよう。行くぞ!」
ただでさえ、常軌を逸する速度で放たれるアーサーの剣戟がさらに速くなる。ウィレムが瞬きする間に、何回の斬撃が放たれているのかすら数えることができない。
それにしても王宮内でこんな激しい戦いが行われているというのに、衛兵が一人もやってこないなんてどういうことだろう?ウィレムは誰かに助けを呼びに行くべきだと考えた。そうだ、アルフレッドも剣の達人だったはずだ。彼に助けを求めに行こう。
そう考え、急いで移動しようとした時だった。
アーサーの渾身の一太刀で大きく後ずさりし「ぐっ。。。流石は獅子王か」と呟いた男は、「本気で行かせてもらおう」とフードを脱いだ。
男の顔が明らかになった時、アーサーは「お前は…」とその男が何者なのかを悟った。
その時同時に、ウィレムは思わず「ひぃ!」と声を上げてしまった。男の顔の右半分には大きな火傷の痕があり、人間の顔とは思えなかったからだ。
その声を聞いたアーサーも火傷の男もウィレムの方を振り向いた。
火傷の男はそこにいたまさかの人物に一瞬驚いたが、二人はほぼ同時に動いた。一人はウィレムを殺すため、もう一人はウィレムを守るため。
ウィレムは自分を確認するや否や瞬間的にこちらに向かってくる二人の勢いに圧倒され、その移動速度に反応することもできず、ただただ立ち尽くしていた。
そしてウィレムが立ち尽くしていたその僅かな時間で彼とアーサーの運命は決定した。
フードを脱いだことで力を解放した火傷の男は、ほんの少しばかりアーサーの速度を上回った。そして、そのほんの少しは火傷の男の方が先にウィレムの元にたどり着くのに十分な差だった。
火傷の男が振り下ろした剣がウィレムの命を奪おうとした時、追いついたアーサーがウィレムをかばい、その剣はアーサーの胸を深々と突き刺した。
「ぐうぅっ!」
「バカな男め。弟をかばい、命を落とす羽目になるとは」
火傷の男が勝ったと嘲笑した瞬間、アーサーは僅かに残る力で自身の剣を相手の腹に刺す。
「油断したな。オリアクス。。。お前はいつもそうだ…」
「ぐはぁあっ。く、くそ、、この死にぞこないめが…」
オリアクスと呼ばれたその男はアーサーに刺された剣を抜いたが、大量の出血に後ずさりし、アーサーとほぼ同時に倒れた。
ウィレムは倒れる兄を抱きかかえ、
「兄さん!兄さん!しっかりして!」
と叫ぶが、アーサーは息も絶え絶えにウィレムに最期の言葉を残す。
「ウィレム。。。すまない。俺はここまでのようだ。でも、お前なら、、立派な王になれる。お前は優しい子だ。その優しさで民に寄り添い、民と共に生きる道を選ぶことができるだろう。。。この不肖な兄を忘れないでく、、、れ、、、」
そして、、、アーサーは息絶えた。
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