第3話
◇
メイクをしっかり落とした僕とマコトは、帰り道の途中にあるコンビニまで一緒に歩いた。
「マコトはさぁ……どうして女装を始めたの?」
「うーん、中学生の体育祭の応援合戦がきっかけかな? 男子は余興で女装したんだよ。そしたら皆に褒められてさ……」
なんてことはない、巷でよく聞く理由だった。
「ユウキは?」
マコトと違って、僕には明確な理由はなかった。
けれど小さい頃、母の洋服や化粧に自然と目がいき、自分も大人になったら、あんな服装がしてみたいと人知れず思っていた。
昔から、男の子が電車や車に、女の子が人形やぬいぐるみなどに、まるで決められているかのように興味を持つことに疑問を持っていた。
「僕は……うーん、単純に男臭いのが苦手なのかな。これぞ男っていう」
「それってユウキのお父さんみたいな人じゃん」
そう言われれば、そうかもしれない。
父は、あまり口数の多くない昔気質の人だった。
父は僕に男が好きになるべき、あれやこれやを刷り込もうとし、ことごとく失敗した。
最近は、自分が勧めたものを受け入れない僕のことを嫌いになったのか、ろくに話しかけてもくれなくなった。
僕は親の期待に応えられていないことを申し訳なく感じていたが、母は男らしくない私でも、幼い時からずっと変わらず愛してくれていて、そのお陰か、僕は家の中で孤独を感じることが、あまりなかった。
母は美しく、優しく、そして実は父よりも気が強い。
僕は女性を恋愛対象として好きになったことはないが、母のような女性を心から尊敬していた。
◇
家に帰ると母が一人、台所でコロッケを揚げていた。
「ただいま」
「おかえりなさい。お父さん、今日も残業ですって」
父は定時で会社から帰ってきたことが殆どない。
「いつものことじゃん、母さんも少し息抜きしたらいいのに……」
「ううん、お母さんはユウキと、こうして話せれば楽しいからいいの」
放課後から夕方まで図書館で勉強していると母には伝えている為、少し罪悪感がある。
本当は、あんな場所に出入りして女装を楽しんでいるのだ。
母がそんなことを知ったら、嘆き悲しむことだろう……
父なら勘当もあり得るかもしれない。
自分の部屋で制服のネクタイを緩める。
両親に女装の趣味を見抜かれぬよう、いつも店から帰った時は、見た目に不自然な点はないか念入りに鏡でチェックした。
ベットの下に隠してあった女性ファッション誌をペラペラとめくる。
普段、着られない可愛い洋服を見られるだけで楽しかった。
――コンコン。
いきなりドアをノックされ、慌てて雑誌をベット下に投げ入れる。
「はーい」
「お夕飯できたわよ」
母がドアの外で一言だけ言い、階段を下りていった。
僕は胸を撫で下し、味気ないスウェットに着替える。
自分の筋肉質な脚を見て、ぞっとした。
(マコトみたいな綺麗な脚になりたかった……)
受験勉強に集中しなければならないのに、僕は女装のことばかり考えていた。
夕飯を食べながら、母と他愛もない会話をする。
母とは昔から気が合った。
僕には反抗期がなく、
「ユウキは手がかからない子で……」
というのが母の口癖だった。
知らず知らずのうちに溜まったストレスによるものなのかは定かではないが、もっと父とも仲が良かったら、女装趣味を両親にカミングアウトできたんだろうか。
夕飯を食べ、早々に部屋に戻る。
受験勉強を終えたらマコトと、もっとあの店に通って、思う存分、女装を楽しみたい。
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