第32話 エドワードの話 その1
学園の休みは終わり、試験結果が発表され、生誕祭のパーティーは三日後に迫ってきた。
テスト結果はどう考えてもダンスパーティーより重要だろう。
学務課で封筒をもらい、中身をこっそり確認して、私は胸をなでおろした。
思っていたよりずっといい。私はなんと十位以内に入っていた。
ダンスなんかに縁のない平民の特待生は、結果に目の色を変えていた。成績如何によっては次学年の学費免除がなくなる可能性があるらしい。そうなると自動的に退学せざるを得ない。死活問題だ。
したがって上位は当然彼らにより占められていたが、貴族連中にとって成績は重要ではなかったから、学園側は気兼ねなく上位百位までをあっさり貼り出し、それを物見高い連中が見物していた。
自分の名前も張り出されているのだろう。それは気になる。ちょっとドキドキする。
成績順位表は廊下の隅っこにでも飾っておけばいいものを、あろうことか、とても目立つ食堂に堂々と張り出されていた。
これを励みに(貴族たちも)勉学に励んで欲しいと言う意味が込められているそうだ。
二十位以内のほとんどが、名前も知らない平民で占められ、よくわからないが貴族連中は数人だろう。
うん、すばらしい。父に自慢しよう。多分、母は聞いてくれない。
だから、最高学年の表のトップに、エクスター殿下の名前を見つけた時は衝撃だった。
その紙のまわりだけ、いつまでも人が集まってざわざわしていた。
「エクスター殿下はすごいな」
本当にそうだ。すごい。
絶対に勉強しなくてはいけない平民の特待生と違って、彼はそもそも勉強する必要がなかったし、仕事がいろいろあって勉強に割く時間はあまりないはずだ。
「平民のやつら、どうなってんだよ? 特待生のくせに殿下に負けてどうするんだ?」
自分の名前ではなくてエクスター殿下の名前をしげしげと眺めることになってしまった。
それは私だけではなくて、噂を聞きつけたらしい何人かの令嬢たちも、あきれたように成績順位表を見つめていた。
だが、彼女たちの関心は成績にはなかったらしい。
「最終学年なのよ? 勉強ばかりして、踊らないつもりかしら?」
「今後のお相手を占う上で重要なのに……」
「でも、ご本人はパートナーは決まっているとおっしゃっているそうですわよ!」
一人が事情通らしく声をひそめて告げると、少女たち全員がその情報をもたらした令嬢に顔を向けた。
「本当なの?」
私はそろりそろりと動いて彼女たちの脇をすり抜けた。心の底から心配になってきた。
「じゃあ、どうしてパートナーのお名前が出てこないの?」
もう、こんなところにはいられない。体に悪い。こっそり庭に出ようとしたところで、声をかけられた。
「フロレンス嬢」
物陰からすっと姿を現したのは、エドワード・ハーヴェスト様だった。
「ちょっとお話ししませんか?」
「ど、どこで?」
エドワードは学生ではない。
「庭で……と言いたいところですが、庭も人目があります。こちらへどうぞ」
庭から回って案内されたのは、例のフランス窓のついた小食堂だった。
「どこから入るのですか?」
エドワードは、あっさり窓を開けると中へ誘った。なるほど。フランス窓なら窓からの出入りが可能だ。盲点だった。
「ここの鍵はいつも空いているのですか?」
「そんなわけないでしょう。私は学生ではないですから、普段は、学園そのものに出入り出来ませんしね。今日は成績発表の日なので、特別に家族が入れます。誰かの家族の一員と言うわけですよ」
彼は私を中に入れると、用心深くあたりに目を配ってから窓を閉めた。
「さて、ダンスパーティーは、明後日に迫りました」
私は不承不承にうなずいた。
「エクスター殿下と踊ることに話は決まったのですね?」
「エクスター殿下とじゃないわ。ジルと踊るの」
エドワードは、眉を上げて驚いた様子を示した。シワが多めの額に、余計にシワが増えた。
「エクスター殿下はジルですよ。説明は聞きましたよね?」
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