第30話 母にバレる
その夕方、帰宅した私を母は待ち構えていて、あれは誰だと聞くので、エドワード・ハーヴェスト様だと答えておいた。
「一体どういう人なの?」
「あら、結構すごいのよ。最優等で卒業して財務卿のアレンビー卿のお気に入りらしいわ。それにエクスター殿下の家庭教師を務めていたことがあるの」
私はペラペラ話した。
なぜか、母はエクスター殿下の家庭教師の方に喰いついた。
「まああ。それは出世街道ね。エクスター公爵家とご縁があるなんて。でも、どうしてお茶に呼ばなかったの?」
エクスターの名が付けば、家庭教師でも食いつくくらいだ。本人と踊るとわかったらどんな顔をするだろう。なんだか胃が痛んできた。
「だって、ただダンスの相手だけですもの。うちがもてなすほどのことじゃないんじゃないかしら?」
母は思っていたような返事でなかったので、かなりびっくりしたようだった。
母の中で私は、おとなしくて引っ込み思案で、こんな、男をまるで手玉に取るような発言をする娘ではなかったのだろう。
「あなたがそんなことを言うとはねえ……」
母は、妙に感心した。
「疲れたので、お部屋に戻りたいわ」
部屋に引き取ると私はメアリに父がいるかどうか確認させた。まだ書斎にいることがわかったので、父と話をしに行った。行かなくてはいけないだろう……。
「お父様……」
「フロレンス? めずらしいな。どうしたのだ?」
どう話したものやら……
「お父様、私が、エクスター殿下と結婚したらどうなるの?」
父はビックリしていた。
「もちろん……ウッドハウス家は全面的にお前を支えよう。エクスター殿下は父君の王弟殿下より、ずっと思慮深く優秀と聞いている。エクスター殿下から結婚の申込みでもされたのか?」
「いえ、まだです」
辛気臭く私は答えた。
「え? え?」
父は驚いた。
「冗談だよね? フロレンス?」
あの調子だと、いつ申し込まれるかわからない。超不安だ。
「普通、申し込まれてから騒がないか?」
父はもっとも至極なことを聞いた。
真面目で謹厳実直で、母一筋の父はもう五十を回っていた。頭は半白で、娘たちのことはおおむね母にまかせていたが、私たちを可愛がっていた。
父は、母と違って社交的な催しにはほとんど出なかった。仕事がありすぎて暇がなかったのだ。
だが、父は、私の話を真面目に聞いてくれた。
「申し込まれた後では遅いような……気がします」
「それは確かに。断りにくいな」
「何とかフェードアウトするか、黙って受けるかしか方法がないような気がします」
父は降ってわいたこの話にあ然としていた。
「……父親として、そのような相談を受けるとは思わなかった。お母さまは御存じなのかい?」
私は首を振った。
何か、大騒ぎになるような気がする。
「マイラの時は私は出番がなかった。あの伯爵と結婚しますの一点張りで、議論にも何もならなかった。反対したわけでもないのに、すごい剣幕で結婚すると力説して、あんなに派手な結婚式なんか要らないんじゃないかと思ったのだが、どうしてもと頑張るので無駄な出費だと私は思ったのだが、お母さまと本人の好きなように任せたのだ」
この時点で私は確信した。私は父に似たのだ。
母は感激して涙を流していて、素晴らしいお式だったと言っていたが、私はどうも派手なような気がしていたのだ。
「エクスター公爵家か……」
父は考え込んでいた。
「正直なところ、お前には別な人を考えていた。お申込みはいくつかあったのだよ」
私はびっくりした。
「伝えても仕方がないと思ったのでな。今の学園には、エクスター公子を始め、選りすぐりのメンバーが通っている。マイラと同じように、学園で別なよい縁があるかも知れないと考えたのだ」
「似つかわしくない方とご縁ができたら困るのでは?」
「無理を言う方がおられないので、呑気にしていたのだ。亡くなられた王太子殿下などは、女子生徒にとっては大変な脅威だった。娘を学園へ通わせる貴族がいなくなってしまったくらいだ」
「どういう方だったのですか?」
「まあ……」
父はため息をついて言葉を濁した。
「亡くなられた方のことをどうこう言っても意味はないだろう。今の学園のトップのエクスター殿下は常識的なことしかしない。女子生徒に人気なのは、彼が変なマネをしないからだ。トップがきちんとしていれば、それ以下の者は無茶が出来ないからね」
前の王太子が亡くなられたのは5年ほど前だ。私が何も知らなくて当然だ。
だが、どんな方だったのか知らないが、エクスター殿下だって、結構やらかしているような気はするけど。
「この話、エレノーラとマイラにばれると、いろいろ困ったことになるような気がする」
父の言葉に私はうなずいた。絶対、出しゃばって、推進してくるに決まっている。エクスター公子なんか、母と姉の大好物に決まっている。
それを皿に載せて目の前に持ってこられて、さあ、お食べなさいと勧められているのに、うさんくさそうに検分して手を出さないなんて、なんてもったいない、今すぐ口にしちゃいなさいとか、もう頭ごと皿に突っ込まれる勢いだろう。
そして翌日には姉もやって来て、二人であちこちのお茶会やパーティでさんざん自慢している様子が目に浮かぶようだ。
父も同じことを考えたらしい。
「エクスター殿下からお申し込みがあったことは、当分お母さまには黙っておいて……」
その時、バーーーン!と書斎のドアが開いた。
父と私は、それこそ、心臓が飛び出そうなくらいびっくりした。
そして、嫌な予感に震えながら、おそるおそるドアを振り返った。
母がいた。案の定。
満面の笑顔で、でも、ちょっと怒っているようにも見える。目が笑っていなかった。
「オズワルド! フロレンス!」
ああ。
これはダメだ。
当家にもアンドレア嬢が住んでいたのだ。
「どうしてそんな素晴らしいお話を母の私に黙っておこうだなんて考えるの?」
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