第八十二話 分かち合う者たち



 店舗から接収した財貨はアースガルド邸の庭に運び込まれた。

 ここから仕分けをして、友好的な商会に払い下げるところは過去と変わらない。


 その動きは既に始まっており、今日はトレックが経過報告なども兼ねて、クレインの屋敷まで打ち合わせに来ていた。


「過去の事件を持ち出していきなり接収とは、相手も驚いたでしょうね」

「現在進行形の事件もいくつかある。過去の問題というわけじゃないさ」


 南の風説流布で攻防を繰り広げているため、ヘルメス商会が暗躍していることはトレックにも分かっている。

 確かに過去の事件ではなく、今も継続して嫌がらせをされていることに違いはない。


 少なくとも友好的な関係でないとは、彼も改めて確認していた。


「まあ、在庫の補充ができて良かっただろ?」

「そうですね。買い付ける手間が省けました」


 小領主たちの連合軍と戦う際に、近隣の店舗からも日用品の在庫を集め切っていた。

 近隣の工房などに無理な生産を依頼してもなお、地域単位で品薄が発生している。


 しかしヘルメス商会から没収した品物で、放出分の補填はいくらか進んだ。


「領内の店舗を潰すなら、もう少し拡大していてもらえた方が助かったくらいです」


 サーガによる暗殺事件以降、ヘルメス商会はアースガルド領での積極的な拡大を取りやめていた。

 過去と比較すると商売の規模が小さく、在庫もいくらか少なくなっている。


 2つの事情を合わせると、多少スペースは取るものの、品物を引き取っても在庫過多とまではいかない状況となった。


「こうして見れば、先日の戦いは丸儲けだったな」

「そうですね、儲けさせてもらってますよ」


 4000人ほどの難民を留め置いて、新しい街を作る計画が動いている。

 そこで大量の受注が発生したため、バブル景気と言えるほど儲けているのだ。


 更に言えばアースガルド軍への軍需物資や、旗などの生産でも潤った。

 しかも失った在庫の大半は捨て値で仕入れ直せたので、利益は莫大だ。


 その上で商売敵まで減ったのだから、友好商会の面々は誰もが得をしている。


「クレイン様も丸得だったようですが」

「そうだな。色々と得な事件だったよ」


 没収した現金で戦費のほとんどを賄えたし、利権も無料で子爵家に取り戻せた。


 戦略資源という生命線から敵組織を排除できたことは、政治的にも勢力的にも大きな意義がある。

 

 金銭面を見ても、銀山開発にかかる債権の半分ほどをヘルメス商会が保持していたので、利払いなどは結構な金額になっていた。


「支払いが消えたから継続的な黒字になったし、取り戻した利権をどこかに売るのもいいな」

「今は金庫も満杯でしょうし、入用になった時に考えればいいのでは?」

「そうしようか」


 彼らは大いに利益を分かち合っており、損をしたのは敵だけだった。

 足元の掃除が一段落したので、クレインは先の展望に目を向ける。


「さて、そこで次の発注は砦作りの資材だ。今回と同じように集めてくれ」


 余計な動きを挟んだものの、本来の予定で言えばクレインは婚約の用意と並行して、東伯の挙兵に備えるつもりでいた。


 北部領地の同化政策を行いながら、砦の建築にも早めに手を伸ばしていく時期だ。


「集めるのは構いませんが、建材の調達は大変そうですね……」


 トレックも大まかな戦略は把握しているものの、日用品なら馬車で運べても、建築資材を運ぶとなれば一仕事になる。

 労力と経費を削減するために、彼も頭を回した。


「住宅不足との兼ね合いもありますし、大森林の製材所を増やした方が今後のためになりそうです」

「そうだな。官民で協力していこう」


 遠方から木材や石材を取り寄せるよりも、近場で確保できた方が安上がりだ。

 しかも領地南方を開拓して出る副産物で賄えるなら、そちらの方が得となる。


 建築費だけでなく、建材そのものを集める労力が大きい。

 近場で確保できるようになれば輸送コストと時間の節約になるだろう。


 開拓計画と資材の仕入れについて長々と話し込み、次回までの商談がまとまった辺りで――クレインは別件の確認も入れていく。


「そうだトレック。例の作戦はどうなった?」

「行く当てが無い人がほとんどだったので順調ですよ。ほぼ全員が応じましたし、何人かはこちらに来る頃だと思います」


 トレックはクレインが人材収集病を患っていると見ていた。

 有能な配下を集めることに生き甲斐を見出しているのではないかと、前々から疑っていたのだ。


 だが、今回呼ぶのはクレインが家臣として欲しがっている者たちではない。

 誰とも面識は無いし、活躍を聞いたことも無い層を呼ぼうとしている。


 言われた通りに声を掛けてはみたが、クレインの真意はまだトレックも聞いていないので、微妙な顔をしたままだった。


「あの、クレイン様」

「どうした?」

「……どうして没落商会の関係者なんて集めるんですか?」


 クレインがトレックやブラギ、ヘルモーズなどに頼んだお使いとは、近年潰れた商会の会長や番頭、その親戚や家族の招集だ。


 リストはマリウスが調べた情報を基に作成してあり、風説流布とは別に、主に王都方面で人集めをしていた。

 それ以外にも本職である、トレックたちが推薦する形式を取って人を集めている。


 この動きによって何がしたいのか。

 クレインには明確な目標が設定されていた。


「これからヘルメス商会を本格的に、一気に潰す。その用意だ」


 クレインからすると最後の一手というよりは、その先を見た作戦となる。

 だが、目標と手段が重ならない気がしたトレックは、重ねて聞く。


「没落済みなんですから、集めても大した力はありませんよ?」

「そうかな」

「ええ、影響力も無いようなものです」


 集めたところで戦力にはならない。

 そんなことはクレインとて百も承知だ。


「外の情勢に詳しい人間は、いくらいてもいいじゃないか」

「私たちだけでも足りそうな気はしますけどね。……他にも理由がありそうですが」


 ヘルメスの謀略に遭って、没落した人間を参集させようとしていること。

 その意図には、最近になって啓蒙を受けたことも考慮されていた。


「言ってしまえば被害者の会かな。楽しいことは皆で分かち合いたいだろ?」

「また酔狂なことを……」

「そう言うな。あの商会のせいで路頭に迷った人間を、全員保護していこう」


 ヘルメス商会のせいで人生が破滅した者たちなら、万が一にも裏切らない。

 それに、ある意味ではクレインの同志だ。


 人の属性とクレインの個人的な感情を、半々くらいに織り込んだ人選ではあった。


「集めた人間からの推薦も受けてくれ。費用は全て出す」

「原資はヘルメス商会の資金、ですか」

「ああ。ツケを支払う時が来たというだけさ」


 ヴァナルガンド伯爵と因縁を抱えている人物は、クレインが知っている限りで自分だけだ。

 ヘルヘイム侯爵も同様で、東から出てくる気配すら無い。


 彼らが恨みを買っている勢力と言えば、滅ぼされた東方異民族くらいだろうか。

 ――だが、ヘルメス商会は違う。


「中央部や北部、果ては南部やアースガルド領と、全国各地で好き勝手に暴れていたみたいだからな」


 金や権力の力で多くの人間を破滅させてきたため、そこかしこに恨みを持った人間がいる。


 戦力を増やそうとするならば、アースガルド家の味方を探すよりも、ヘルメス商会の敵を探す方が容易なくらいだった。


「文官枠で採用して商業部門の管理者にしてもいいし、融資して商人に復帰させてもいい。そちらで従業員にしてもいいんだから、集めても困らないさ」

「まあ、手が足りないので、経験者の味方ができるのは歓迎しますよ」


 外患を誘致するのは悪手とした上で、東伯らへの尖兵になりそうな勢力も見当たらない。

 東方面の各勢力は一枚岩で、切り崩す難易度は非常に高いと言えた。


 だが、ジャン・ヘルメスはそこに入らない。


 東西とは目的のために手を組んだだけであり、利害や意見の衝突は必ず起きる。


 大枚を叩いてまで反乱勢力に肩入れする理由はまだ判明していないが、あくまで各自に利益があるからと、打算的な同盟が組まれているに過ぎない。


 過去と照らした時に、以上がクレインの推論となった。


「東側へ介入すると要らない刺激を生みそうだからな。近い敵から順に対処していこう」


 クレインが抱える不安は、王女の動向に尽きる。

 あまりに追い込めば、時渡りの術を早期に発動してくるという懸念があった。


 そこを回避する意味でも、目指すは勢力間の争いではない自業自得の自滅。

 個人的な作戦に留めなければならないという裏側がある。


「ということは、そろそろですか」

「そうだ」


 今回クレインが目指す先は、ヘルメス商会の直接的な没落となる。

 それも急速に、急激に叩き潰す算段でいた。


 しかし彼の商会は建国された当初からの老舗で、資金力には皆目見当もつかないほどの組織だ。

 店舗数も多く、数多の貴族家にまで深く入り込んでいる。


「あれだけの商会をまとめ上げる、手腕だけは認めてもいいけど……それだけだな」


 外国にも支店を持ち、国王が気を使わなければならないほどの巨大組織を潰すならどうするか。

 それを考えた結果、下準備として必要になったのが今回の号令だった。


「義理や人情とは無縁のお方ですからね」

「ああ。招集に応じた人数を見ても分かるけど、ジャン・ヘルメスはやり過ぎたんだよ」


 絶対的な独裁者が操る、強大な組織は脅威だ。

 権力を一手に集めており、全ての判断はヘルメス個人の裁量で下される。


 動きが早く的確な上に、手下を倒しても無限に尻尾切りをされるだろう。

 内部の人間は誰も逆らえず、自浄作用にも期待できない。


 正攻法で組織を潰すのは、現実的に不可能。

 それなら取る手は一つしかない。


「あの爺さんには、そろそろ歴史の表舞台から退場してもらおうか」


 会長、ジャン・ヘルメスを排除する。

 それはクレインの悲願でもあり、果たすべき使命でもあった。


 加えて言うなら、クレインとしてはヘルメスを東とも西とも、王女とも別な勢力と見ている。


 倒したところで東伯らが本気の弔い合戦に出ることはなく、アースガルド領に与える歴史的な影響は薄いと判断していた。


 だからこそ、彼の最終目標。

 その一歩目は死の商人が標的となった。


「これも一つの区切りだ。完遂のために必要な支援があれば教えてくれ」

「承知しました。ヘルモーズ会長とブラギ会長にも聞いておきますね」


 全国に支部があるのだから、どこから攻撃されるか分からない。

 やがて来る決戦の刻に、横槍を入れられても厄介だ。


 そう考えたクレインは予定を前倒しして、怨敵の一人をここで消すと決めた。


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