第七十一話 報酬分配と反省会



「やあ、上手くまとまったみたいだね」

「ええ、助かりました」


 子爵領に撤収したクレインは、家臣を集めて会議を開いた。

 戦果に応じた褒賞を渡す場でもあるので、雰囲気は非常に明るい。


 しかし敵の首魁を討ち取ったとは言え、ビクトールがクレインの横で大きな顔をしているのを、面白くなさそうな顔で見ている者もいる。

 特に測量の時に突っかかった、若手武官の数名だ。


「それでは、功績に応じて褒美を渡していこう」


 普通に戦った場合にどんな問題が起きたのか、想像させるのは難しい。

 だからビクトールの作戦がいかに助かるものであったかは、クレインにしか分からないことだ。


 先生の功績を讃えにくいところがあるなと、一抹の不安を抱えての始まりとなった。


「まず平野部の会戦で、隊を率いて戦った者たちから。将を討ち取った部隊の長は正式な中隊長に任命する」


 軍事部門で立身できるとあって、数名が笑顔を見せた。

 その中で一番喜んでいるのは、やはり独立が決まったグレアムだ。


「はぁ、やっと勉強漬けから解放されるぜ」

「どれだけ座学が嫌いなんだ、お前は」

「……俺は戦場が専門なんだよ」


 ハンスにしごかれている場面は折に触れて目撃されていたので、喜ぶのは分かる。

 それでも勉強嫌いが過ぎるとからかわれて、所々から笑いが漏れた。


「特別報酬とは別に、全員へ金一封を出す」

「我が隊は、成果が皆無なのですが……」

「よろしいのですか?」

「ああ。今回功が無かったとしたら、次回は頑張ってくれ」


 指揮官が戦場から離脱したり、脱走兵の土産にされたりと、かなり数を減らしていた。

 そのため過去では功績があったのに、今回は無い人間もいる。


 士気を維持するために祝い金を配ることにすれば、これも喜ばれた。


「ハンスとバルガスは、別動隊の任務をよくこなしてくれた」

「いえ、楽な仕事でした」


 当主を討ち取ったのを楽な仕事だと言い切ったハンスだが、すぐに後悔する。


 現場を見ていない若手の一部から驚きと尊敬の眼差しが飛び、ハンスは「しまった」という顔をしてから俯いた。

 また無駄に虚像が膨れることを想像して、一瞬で意気消沈だ。


「グレアム隊が独立したから、ハンスには他の仕事を増やそうか」

「……はい」

「はは、大変そうだなハンス。ま、俺はこれきりにしてほしいですがね」


 一方のバルガスの方は戦功を与える場にいるのが違和感を覚えると、苦笑いをしていた。

 が、クレインはもちろん、古株の彼にも存分に働いてもらうつもりでいる。


「バルガスは来年まで鍛冶関係の仕事が増えるから、そのつもりで」

「……あの、坊ちゃん。俺は鉱山が専門なんですよ?」


 また、実際に手柄を挙げた補佐の二人には、内密に褒賞を渡すと話がついている。


 ハンスの補佐であるオズマは地道な仕事を好むので、変に脚光を浴びない方が有難いという返答が得られていた。


 そしてバルガスの補佐に回ったチャールズは、名門伯爵家の出身だ。

 元々侮られることは無いし、出世どころか閑職に回りたいというのが希望となる。彼も変な功績は求めていない。


 いずれにせよ利害調整は済んだので、古参に発言権を維持させるという名目は果たせている。


「敵軍への工作活動に従事した者たちには、手当を弾もう。極貧生活をさせて悪かったな」

「ここに来るまであんなもんだったし、別に……なあ?」

「くれるってんなら貰うけどよ、なんか懐かしかったっていうか」


 密偵の補佐にグレアム隊からも人員を割いていたが、特に苦労した様子は無い。

 里帰りした気分であり、むしろ羽を伸ばしていた。


「有難く頂戴致します」

「以後も精進致します」


 一方の密偵たちはマリウスがどういう人選をしたのか、覚悟が決まっている人間が多い。


 頼もしい反面少し怖いな、などとクレインは思ったが、評価に不備が無いとなれば次は外交部の番だ。


「敵地へ乗り込んで策を講じた、外交部の働きも大きい。ポストが少ない分は十分な金額で報いるよ」

「……光栄です」


 字面だけを見れば立派なものだが、あんな仕事で褒美を受け取っていいのかと戸惑う者が大半だ。


 しかし危険に晒されたことは間違い無く、責任者のエメットは素直に謝辞を述べて、功績と報酬を受け取ることにした。


 一番怖い思いをしたであろうエメットには、それなりに報いるとして。

 各種の評価はこれで終わった。


「作戦の企画、立案者。別動隊を率いて敵の盟主を討ち取った、ビクトール先生を第一功にする」


 最後は野心家から目の敵にされて扱いが難しい、ビクトールの番だ。

 しかしこれだけで済ませては、贔屓していると見る層もいるだろう。


「では先生、内容の共有をお願いします」

「そうだね。作戦の時系列順で解説していこう。質問は適宜受け付けるよ」


 だからクレインは横に立つビクトールへ、続けて作戦の振り返りを促す。


「まずは外交部に男爵家を訪れてもらい、子爵家は弱小勢力なので、恐れることは無いと力説してもらった」


 警戒しながらゆっくり進めば、山岳部に潜んだ伏兵や、平野で待ち構える軍勢を早期に発見される恐れがあった。

 だから初手は注意を逸らすために、調子に乗ってもらうことだったと彼は語る。


「先生! それにどのような意味がおありかッ!!」

「接敵した際に、事前情報との乖離が大きいほど敵を混乱させられる。まともな判断をさせないために、情報収集を怠らせたかったというのが本音かな」


 ランドルフからの質問以後は何も出なかったので、話は対陣の場面に移る。

 ついでだからと、演武をさせた理由から彼は述べた。


「今回の敵兵は、口減らしのために誘拐されたようなものだからね。元々士気が低いのだから、力の差を見せつけられれば早々にやる気を無くす」


 装備品や体格、練度の差は歴然だった。

 比べてみれば、誰から見ても敵の心情は容易に想像できる。


「敵の兵からすると、従わなければ殺される場面だけれど。従っても死ぬと確信させてから、逃げ道を用意してあげれば……当然、逃げるよね」

「まあ」

「確かにな」


 連合軍の首脳陣が降伏勧告を突っぱねたのは、いい条件で降伏したいからだ。

 できれば引き分けくらいを狙いたいという思惑があった。


 その考えを潜入工作員たちが吹聴して回れば、余計にやる気を無くす。

 賠償金を減らすために使い捨てられると聞いて、誰が真面目に戦いたいと思うのか。


 元々恩義など無きに等しいのだから、扇動するだけで簡単に兵が離反した。

 それは当然の結果だと、武官でも平民組の方が一兵卒の気持ちを理解できている。


「敵軍の崩壊までは既定路線だからね。事前の測量で逃げ場が無いと判断された地点に罠を張って、戦場から逃げ帰った当主を落石で討てば終了。というわけさ」


 細かい仕掛けは置いておき、大筋で言えばこんなところだ。

 作戦の概要は共有されたので、あとは反省会のような流れになる。


「先生! 別動隊の襲撃で、東西の家が離反しなかった場合はどうなりますかッ!」


 ランドルフは元気よく手を挙げたが、その点に関しても特に問題は無い。

 本拠地を見捨てて賠償金を狙いにきても、増える兵の数は1000人前後しかいないのだ。


「決戦前夜の投降兵が増えるだけで、野戦の結果はそう変わらないよ。元々子爵軍の方が、圧倒的に強いからね」


 戦場での負傷者が多少増えるというくらいだ。

 いずれは戦いに負けて撤退するか、その場で当主が討たれるかの二択が濃厚となる。


 まともに戦おうとする兵士が誰もいなかったのだから、遅かれ早かれ同じことだった。


「討ち洩らしてた当主を確実に始末できるポイントになるから、その場合でも罠が有効に機能するかな。戦場に出てきた時点で、包囲は完了していたんだ」

「なるほど……。これが頭を使うということか」


 子爵家が別動隊にも大部隊を割いたという虚報は使えなくなるが、大勢に影響は無い。

 戦場の兵士が増えるだけ負傷者が増えるものの、過度な抵抗が無ければ死者数は抑えることができる。


 そんな解説のあとに、戦いへ参加しなかったエメットからも質問が飛んだ。


「あの、偵察を出された場合はどうなりましたか? こちらの兵数を確認してから、すぐに逃げる可能性もあったかと思いますが」


 失敗の可能性を探る質問なので、彼は気まずそうに聞く。

 が、ビクトールは笑顔で弟子の質問に答える。


「では斥候を出されて軍勢が見つかったとしよう。すぐに引き返した場合でも、罠の地点を過ぎていれば当主は討てるよね?」

「ええ、その通りです」


 慢心させて、罠と本隊が早期発見される確率を下げること。

 それが目的ではあるが、仕掛けるポイントさえ通過してしまえば――帰路で討たれるという結末は変わらない。


「仮に落石が看破されても、僕らは山伝いに逃げるだけさ」


 高所に陣取っている上に地の利があるのだから、途中で発見されても別動隊に被害は出ない。

 それに軍勢を見て逃げ帰っても、罠さえ発見されなければ、男爵のように帰り道で仕留められる。


「罠を破壊しながら進軍されても、戦場での被害が多少増えるというだけで……結果は変わらないね」


 戦力差など初めから分かり切っているので、野戦で勝つことは大前提だ。

 どちらかと言えば、敵の当主を討ち取るための仕掛けを発見させないのが主目的だった。


 策が一つ見破られるごとに戦果は薄くなっていくが、どれか一つが失策しても、全体が破綻することは無い作り。

 これが作戦のコンセプトとなっている。


「もしも罠が見つかって、警戒した敵が退いた場合はどうするおつもりだったので?」


 しかしこれらのケースは、敵の索敵で罠が発見されなかった時の話だ。

 ここまで用意したのに、戦わずに終わっては大損害になる。


 そう考えた跳ねっ返りの若手武官は、策が不発になりそうなポイントを突いてみた。


「そうだね。戦いが起こらないだけで、それでも結果は変わらないかな」

「……と、言うと?」


 しかしビクトールからすれば、策など不発でも構わない。

 その場合でも結果には、何ら変わりないと見ていた。


「彼らはプライドが高かった。逃げ帰るという選択肢は無いだろうし――」


 何を当然のことを聞いているのか。

 そう言わんばかりに微笑んで、彼は言う。


「その段階で退いたところで、「王家が庇護する重要拠点に兵を向けた」という事実は消せないからさ」

「ああ」

「まあ……」

「うむ……」


 国が抱える貨幣不足問題を解消するための、戦略資源がある地点が子爵領なのだ。


 王家も重要視しているし、クレインは銀山からの利益を献上する代わりに庇護と助力を得ている。

 戦いの前提を語る前に、子爵家としても大前提がそこにあった。


「今回は敵を怯えさせるために王家の旗だけ借りたけれど、宣戦布告の時点で、本当に国軍を借りることもできたのだからね。彼らは相手を間違えたよ」


 過去のクレインは流れのままに、単独で迎え撃つことを選んだ。


 あの頃のアレスへ借りを作りたくないという事情もあったが、元々はこの状態を危険視して後ろ盾を欲したことになっているのだ。


 周辺の勢力が欲をかいて攻めて来たら、王家が守る。

 その約束の下に利益を差し出したのだから、助けを求めれば本当に国軍が参戦してきただろう。


 だからこそ、騎士数名と旗だけを借りたいと言われた騎士団長は、不可解そうな顔をしていた。


「話を戻そう。彼らが兵を挙げた時点で、外交的には勝利が確定するんだ。彼らは裁判のやり方を知らないのだから、申し開きをさせても今と似たような結果になる」

「……それなら、敢えて発見させる作りにした方が、無用な損害が出なかったのでは?」


 小貴族たちの失策は、何よりも情報収集不足に尽きる。

 しかし仮に罠を看破して早期に退いた場合でも、それで裁きの結末は変わらない。


 では何故、罠や本当の戦力を隠して、戦いの方向に舵を切ったのか。

 これは簡単な理屈だ。


「攻め込まれた慰謝料としてなら、領地の獲得交渉がやさしくなるからね。そこを確実にできることを考えれば、子爵家としては戦えた方が得だったんだ」

「た、戦えた方が、得?」


 強いて言うなら、戦えた方が得。

 立案側の温度感はその程度だ。


 宣戦布告を仕掛けた時点で、既に滅亡以外の道は残されていなかった。

 つまり後の展開がどうであれ、連合軍の末路には大した違いが無い。


「うん。まあ、どちらでも構わなかったということさ」


 戦っても戦わなくても着地地点が同じと聞いて、突っかかった方の武官が言葉を失っていた。

 周囲の反応も、納得するか失笑するかのどちらかだ。


「そんな話が、あるのか」

「政治的な勝ち筋が無い相手に喧嘩を売ると、こうなるんだよ」


 ここまで話が進めば、クレインの望みが領地を広げることであり、そのために被害を抑えたかったのだという認識は共有できた。


 では被害者の数を少なくしたまま、賠償金獲得と領地の割譲という結果を捥ぎ取るためにはどうすれば良かったのか。


「用意した作戦をなるべく多く成功させるか、それともいっそのこと全部失敗してしまうか。完全勝利の条件はこんなところかな」


 犠牲者が少なくて済む道は、策を成功させていくか、または途中で策が露見するかのどちらかだ。


 作戦が成る毎に成果は増えていくし、最終的にそちらの方が得をする。

 しかし作戦が見破られて、逃げ帰られた場合でも完全勝利だ。


 挙兵の責任追及で済むなら、交渉次第だが一兵も損なうことなく領地は手に入る。


 アースガルド家には交渉を成功させる材料がいくつかあるのだから、いずれにしても敗北は無い。


「まあまあ、攻めてこなければ呼び出す手間があるし、建て直しに時間がかかるからね。今回の道が最上だとは思うよ」


 失敗した場合の想定はクレインも聞いていなかったが、どこをどう失敗しても、どう成功しても彼の望みに近い結果が得られる。


 これはまた随分と手厚い策だなと、頼んだ本人が苦笑いするほどだ。


「それぞれが独立した作戦だけど、成功すれば複合する。まあ、こういう作戦もあるということで」

「なるほどなぁ……」


 ギャンブル性が強い代わりに効果が高い作戦。

 それを成功するまで無限に繰り返せるのがクレインの強みだ。


 一部が失敗しても影響は限定的な、複数の策を同時進行で使い、手堅く成果を拾いに行く戦法はあまり使ったことがない。


 これも新たな知見かとしみじみ頷く彼に――ビクトールは作戦の主目的を明かす。


「以上が計画の前段階だ。これから始まる本命の作戦についても、まとめて説明しようかな」

「え?」


 しかしこの先はクレインも聞いていない部分だ。

 本命とは何の話か。


 大半の家臣は驚きで動きを止めたが、予想外の展開に、クレインまで固まった。



――――――――――――――――――――


 ※更新する話が一話抜けていました。

 前話を追加した上で、今日中にもう一話アップします。

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