第二十一話 全て投げ売り



「吐け! 何を考えていた!」

「吐けコラ!」

「……」


 屋敷の敷地内には、犯罪者を閉じ込める牢屋がある。

 目立たないような位置――というよりは、使われるのが十数年ぶりなので、普段は意識すらされないボロ屋だ。


 即刻処刑すると言ったクレインだが、実際にするつもりはない。

 これから行うのは、ヘルメス商会を疲弊させるための下準備だ。


「……取り調べは要訓練だな」

「そうですね、クレイン様」


 取り調べにはまだ慣れていないのか、ハンスたち衛兵部隊は囲んでから大声で怒鳴る以外の尋問方法を採っていないようだった。


 これにはクレインも呆れ顔をしていたし、微笑みを浮かべて控えるブリュンヒルデも何とも言えない顔をしている。


「まあいいや、早速始めよう」


 両手と両足を縛られて床に転がされた中年が、四方を囲んだ兵士たちから一心不乱に罵声を浴びているところを見たクレインは笑いそうになった。

 が、今はそんな場合ではない。


「さて。どうして俺の暗殺を企んだのか、聞いてもいいか?」


 何度見ても慣れないと思いつつ、サーガの間に立った彼は落ち着いた声で言う。


「ワインに異物が混入されているなどと、私は知りませんでした」

「やはり、シラを切る方できたか」


 クレインから見たサーガは、計画が露見した瞬間は大層な小物に見えていた。しかし生き残る道を考えついたのか、彼はいくらか落ち着きを取り戻している。


 サーガが頼れるとすればヘルメスか、それとも東伯か。


 黙秘して救出を待とうとしているとはクレインにも分かるが、残念ながら両者共にサーガを切り捨てる気でいるのだ。

 恐らく彼は何も知らないのだろうなと思いながら、クレインは言う。


「どうせジャン・ヘルメスの助けでも期待しているんだろうが、あの爺さんはお前をもう切ったよ」

「なっ、何を!?」


 どこまで裏事情を摑んでいるかは分からないにせよ、まずは揺さぶりだ。

 そしてここからの展開が、過去と全く変わる。


「……なあ、ドミニク・サーガ。どうしてあの毒・・・が選ばれたのかな」

「えっ」


 ここでクレインは、ずっと気になっていた部分を。

 暗殺事件の中で不可解だった部分を彼に問う。


「ヘルメスが毒入りワインを用意して、お前に暗殺を実行させたことは既に知れているんだ。でも……わざわざあんな物・・・・を用意した意味は、何だと思う?」


 予想外の質問が飛んできて、サーガは一瞬呆けた顔をしていた。

 しかし理解するにも前提の確認からだと思い直し、クレインは続ける。


「あのな、子爵領の特産品は銀だぞ。製造計画は始まっていたんだし、俺が会食の席で銀食器を使う可能性は十分だろうが」

「それは……」


 今の時期であれば、ヘルメス商会はヨトゥン伯爵領でも手広く商売をしている。


 南伯も警戒を強めていない頃であり、アースガルド領にも本格的な防諜体制は無い。つまり間者はどこにでも入り放題だ。


 南伯の紹介で技術者を招き、子爵領で銀製品を作る計画があること。ヘルメスならばそんな情報は簡単に手に入る。


「銀の採掘が盛んな街で、銀で見破られる毒を使うのは不自然じゃないか?」

「……」


 それどころか、彼は子爵領内で既に製品作りが始まっていることも摑んでいた。

 更に言えば、今日の返礼品として用意していたことも知っていた。


 めでたい席での、折角のプレゼントだ。

 商談の成就を願うなら、繁栄の象徴である銀食器の使用を求めるかもしれない。


 用心深い貴族であれば、自前の食器を持ち歩くことも普通だ。

 それらの可能性に、ヘルメスは思い至らなかったのか。


 ヘルメス商会の規模ならば、何でも・・・手に入る。同じような効能を持ち、銀に反応しない毒は即日で入手可能だろう。


 冷静に見れば、今回使われた毒は絶望的なほど、クレインの暗殺に不向きだった。


「いや、仮にヘルメスが情報を摑んでいなかったとしてもおかしいんだよ」

「……おかしい、とは?」

「俺が銀の杯で乾杯しようと言っているのに、銀に反応するワインをそのまま裏から持ってくるわけがない」

 

 発覚を恐れるなら、「従業員の不手際で割ってしまった」とでも言えばいい。

 レストランがヘルメスのものなのだから、適当な理由を付けて露見は回避できた。


 しかも暗殺を完璧に成功させたいのなら、もっと確実な毒は用意できるのだ。

 わざわざハイリスクな代物を用意するには、当然ながら理由がある。


 わざわざ見破られやすい毒を用意したのは何故か。


 銀のコップで乾杯しようと言っている人間の前に、銀で見破れる毒が入ったワインを運んできたのは何故か。


 答えは、むしろサーガが暗殺に失敗した方が、ヘルメスの得になるからだ。


 東側の事情を知るクレインからすると、切り捨てる前提と見れば明確にメリットが見える。


「東伯とあの爺さんは、既にお前を用済みだと見ているんだ。俺が見破り、お前を始末するところまでが奴らのシナリオだよ」

「そんな、ことは……」


 サーガを合法的に後腐れなく処理してしまえば、ヘルメスは労せずして東側での基盤を固められる。


 商会長が利益に目が眩んで貴族を暗殺しようとした。

 そんな事件の直後に敵対買収を仕掛ければ、相当やりやすいだろう。


 それを見立ての一つとして、更にクレインは問う。


「だったらもう一つ聞こう。暗殺に成功して、北の販路をお前が任されたとしたら……東側の勢力が北侯と戦う時に、どうなる?」


 未来で北侯、南伯と同盟を組んだ直後にトムから聞いた話だ。


 左遷されるような人物ではないとされる、有能な人間。それが一斉に、人事異動で北部から消えた。


 言い換えればヘルメス商会にとって有益な人物は北から避難させている。

 残るのは、消えても特に困らない人材たちだ。


「お前が東伯のお抱えだったなんてことは、北侯も知っているだろう。北で商売をしていたら確実に粛清されるだろうが」

「うっ……」


 関税の不自然な値上げや、謎の盗賊に襲われる回数が増えたサーガ商会は急速に業績を悪化させていた。

 そして、その裏にいるのがヘルメス商会と東伯だと、サーガも既に気づいている。


 膝を屈してヘルメス商会の下請けとなり、北と東を繋ぐ行商路の管理を任される予定ではあったが、彼らの計画を考えればこれも危険な橋だ。


 北と戦争する予定で動いているのだから、北を中心に活動していればいずれは命脈が尽きる。

 今回生き残れたとしても、将来的に北侯からの苛烈な制裁が待っているだろう。


 北侯からすれば相手がトカゲの尻尾切りだろうが、見せしめは必要だ。

 財産没収以上の罰が待っていることは確実だった。


「何故、子爵がそのことを」

「それが重要か?」


 サーガとて、東伯たちが何をしようとしているのか。その大筋は知っている。

 だが、それこそ極秘事項だ。


 東で御用商をやっていた彼ですら詳細を知らされていないのに、何故クレインが話を知っているのかという疑問は当然のものだった。


 サーガは東の防諜体制、情報統制が完璧なことも知っている。

 だからこそ、田舎子爵がそんな機密を知っていることが衝撃だった。


 目を丸くしたサーガへ平坦な口調で返しながら、至極どうでもよさそうにクレインは言う。


「情報を得る手段ならいくらでもある。だが、今お前が考えるべきは今後の身の振りだ」

「処刑を待つだけの私が、何を考えろと」


 貴族への毒殺を目論み、現行犯で捕まったのだ。

 ここから先に待っている未来は、全てを奪われて殺される未来だけだ。


 そう考えて投げやりな返答をしたサーガへ手を伸ばして、クレインは縄を解く。


「別に殺すつもりはないぞ?」

「は、え?」

「使い潰されて終わるのは不本意だろう。助けてやるよ」


 事実として、クレインはサーガを殺すつもりはない。

 それどころか、彼を助けることでヘルメス商会に打撃を与えるつもりだった。


「奴らに一泡吹かせる作戦があるんだ。乗るなら手を貸そう」

「乗らない場合は、どうなりますか」

「路銀を持たせて放逐ってところかな。その後は知らない」


 全財産を諦めれば、命は助かる。

 この処置は無罪放免に近く、サーガから見れば美味しすぎる話だ。


 しかし殺すならこんな回りくどいことをするわけがない。クレインの言葉に嘘は無いのだろう。

 そう判断したサーガは少しの沈黙を挟み。考えをまとめて、まずは聞く。


「……協力の、内容によります」


 元々ヘルメス商会にも東伯にも、不満どころか恨みのあったサーガだ。どう転ぶかは全く不明だとしても、話くらいは聞いていいだろう。

 そう考えて、彼はクレインの方へ身体を向けた。


「難しいことはない。少し商売をしてもらいたいだけだから」

「商売を?」

「ああ。安値どころか、捨て値で構わない。もっと言えばタダでもいい」


 南伯に頼んだ事前準備。ハンスにやらせた大森林の調査。

 これらは全て、サーガを東へ帰すための前準備である。


 前準備の数々は、計画のために必要だったことだ。

 それを終わらせたクレインが、今回サーガにやってほしい行動とは。


「一度東に戻って、サーガ商会の在庫を全て投げ売りしてくれ」

「……え?」


 それはサーガにとっては、意味不明な頼みでしかない。

 しかしクレインにとっては。ヘルメス商会を叩きのめす第一歩となる、必殺の作戦だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る